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契約結婚・1

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「――契約をしないか?」

 貴族学院の卒業式も間近に迫った、とある日の夕方。二人しかいない生徒会役員室で。レイガルド公爵家の嫡男・アルバート様がそんな提案をしてきた。

 いや、先日レイガルド公がご逝去なさったから、もうじき『レイガルド公爵』になられるのか。

「契約ですか?」

 書類から目を離し、私はアルバート様に視線を移した。

 ――相変わらず、とんでもないイケメンだ。

 男性に対して『美貌』という言葉は相応しいのかどうか分からないけど、それでも美貌という言葉を使わなければならないほどの美しさ。

 短く切りそろえられた銀色の髪は少し暗い室内にあってもキラキラと輝くようで。少しつり上がった目の中に浮かぶ瞳は南の島の海を思わせる紺碧色。貴族らしくその肌に日焼けは一切なく、くすみやホクロもなし。

 背が高く、姿勢は正しく、良く通る声で、魔力量も多い。しかも剣を握らせれば現役騎士を相手に一歩も譲らない。など、など。およそ『完璧』としか表現できない男性だ。

 さらに『完璧』さを積み上げるなら、実家は国政にも大きな影響力を持つレイガルド公爵家。成績優秀で学年主席の座を譲ったことはない。眼鏡が似合うクール系だけど冷たい人間ではなく、むしろ優しい人だと思う。

 あまりに完璧すぎるからこそ、逆に「もしかしたらいい雰囲気になれるかも!?」系の妄想をしなくて済んだのは幸運だったような。うんうん、こんな完璧超人が、こんな地味な私を相手にするはずがないものね。

 なにせ私は貴族としては中級の伯爵令嬢。実家は領地経営の失敗と浪費によって没落気味。目立たないよう、トラブルに巻き込まれないよう前髪を長く伸ばし、ビン底眼鏡を掛けている地味女。
 父と継母から疎まれ、持参金も準備できないのでまともな婚約も望めない。むしろ厄介払いで卒業後は修道院に入れられる予定。そんな私にとってアルバート様はまさに雲の上の存在。生徒会の仕事でもなければこうしてお話をすることすら憚られる存在だ。

 さて。そんな完璧超人が提案してきたのは……契約? 契約と言われても、そんなものが必要となる未来に心当たりはない。

「え~っと、契約といいますと、『これからは二度とアルバート様に近づきません。約束を破ったら無礼討ちしてもらってもかまいません』みたいな感じですか?」

「……なぜそうなるのかな?」

 とても冷たい目を向けてくるアルバート様。普通の人ならそれだけで涙目になり、隠していた罪を白状し始めてもおかしくはないけれど……生徒会役員として付き合いが長い私には分かる。あの冷たい瞳はただ単純に疑問を抱いているだけということに。

 ……いや本当にそうかな? ちょっと自信がなくなってきたかな。同じ生徒会役員とはいえ、仕事以外での交流なんてほとんどなかったから。

「え、え~っと、じゃあ、『修道院に入れられそうになっても、助けは求めないことを誓います』とかですか?」

「……シャーロット嬢は私のことを何だと思っているのかな? 君が望まないまま修道院に入れられるというのなら、私は迷うことなく助けるというのに」

 はい出ました。天然のイケメン発揮です。ここで勘違いしてはいけないのが、アルバート様にとって私が特別だから助けてくれるわけではないということだ。

 本当に困っているのなら王太子殿下であろうが浮浪者であろうが救いの手を差し伸べるのがアルバート様という人間だ。なんてできた・・・人間でしょう。まさしく高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ。食うや食わずの伯爵令嬢からはもう理解の及ばない存在だ。

 こんな私と会話をしていては時間の無駄だと思ったのか、アルバート様はさっさと本題に入ってしまう。

「知っての通り、私は急に公爵の地位を継承することになった」

「ご愁傷様です」

「ありがとう。父も浮かばれるだろう。……本来なら卒業後してから徐々に引き継ぎをされる予定だったのだが、そうも言っていられなくなった。私は早急に『公爵』としての仕事を習得しなければならない」

「ははぁ」

 読めてきた。つまり、仕事をサポートしてくれる事務要員が欲しいってところでしょう。
 なにせ私は前世で・・・キャリアウーマンをしていたからね。そこら辺の生徒よりは事務仕事をこなせる自信があるし、今までの生徒会活動でもそれを示してきた。

 伯爵令嬢という確かな身元で、事務仕事ができる。なるほど公爵家の仕事を手伝わせるなら丁度いい人材でしょう。契約と言うからには雇用条件とか給与とかの話し合いになるはず。

 と、私は考えたのだけど。

「私と結婚契約を結んで欲しい」

 …………。……はい?

「けっこんけいやく?」






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