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入学準備
しおりを挟む「――あら、我ながらいい感じね」
王立魔法学園の制服に袖を通した私は、姿見の前でくるりと一周してみた。
姿見に映っているのは≪転生≫してからすっかりなじみ深くなってしまった銀髪赤目の美少女……いやゴメン嘘ついた。前世と比べて顔面偏差値が高くなりすぎてまだ慣れないわ実際。
窓からの光を反射してキラキラとした輝きを発する銀糸の髪。人の立ち入れぬ山々に積もった初雪がごとき肌。そして、いかにも≪魔王≫っぽい、血を啜ったかのような赤き瞳。
ちょっと吊り目気味なところが気になるし実年齢と比べて大人びた印象はあるけれど、それでも百人中百人が美少女と評するであろう美貌だ。
うん、やっぱり慣れないわね。転生してから十八年はこの顔で生きているのだけれども。
そんな私の心の内は置いておくとして。客観的に見た『美少女』に王立魔法学園の制服はとても似合っていた。貴族が着るドレスをアレンジしたような上着に、足首まで隠すロングスカート。銀髪も相まって神秘的な深窓の令嬢に見えなくもない。と思う。
「陛下、とても良くお似合いです」
「まったくです。これはまた見合いの問い合わせが増えてしまいますな」
後ろに控えていた宰相と執事長がうんうんと頷きながら褒めてくれた。まだ十八歳なんだからお見合いは結構です。魔王は世襲じゃない実力主義だから無理して後継ぎを作る必要もないし。
ちなみに。宰相は眼鏡が似合う美人さんであり、魔族の中でも珍しい吸血鬼族。
執事長は白髪の交じり始めた髪を後ろになでつけたナイスミドルなオジサマで、人間族。我が魔王国では種族に囚われない雇用を行っております。
と、執事長がどこか憂うような顔を作った。
「陛下、無礼を承知で申し上げますが……本当に魔法学園に入学されるおつもりですか?」
執事長からの問いかけは『魔王』の決定に異を唱えるものなので宰相が不愉快そうに目を細めた。そんな彼女を右手で制してから私は執事長に向き直る。
「あら? 心配してくれるの?」
「……自分もかつてはあの学園に通っていましたから。あそこは貴族社会の縮図であり、身分制度の縮図でもあります。平民に対するイジメも平然と行われるような中に『魔族』が入学してきたとあっては……」
「イジメられてしまうと?」
「陛下であれば無用の心配であると理解はしておりますが……」
私は『魔王』としてではなく『魔族の平民』として学園に入学するからね。執事長の心配は分かるというか、むしろイジメられてプッツンした私のやらかしを心配されている可能性が……?
「陛下。人間とは弱い生き物ですから、どうぞ手加減を」
宰相も同じ可能性に思い至ったのか心底真面目な顔で頭を下げてくる。いくら私でも年下相手(私は18歳だけど15歳と偽って入学するのだ)に本気は出さないわよ。……たぶん。きっと。おそらくは。
まぁ未来のやらかしは未来の私に自制してもらうとして。今は執事長を説得しなくちゃね。
「あなたの不安は分かるけど、この話はもうフューリアス王国の国王も承知していることだからね。今さら中止するのも難しいのよ」
表向きは『魔法学園に本格的に受け入れる前の魔族差別実態調査』という名目で潜入捜査することになっているからね。生徒や教師には秘密だけど王国の上の方には話が通してあるのだ。
魔族に対する差別の実態調査。
もちろん、あの狸オヤジのことだから別の理由もありそうだけど。こちらにもいくつかの目的があるのだからおあいこでしょうね。
その目的の一つは、表向きの理由と同じ。本当に魔族の子供を人間の学園に通わせて安全なのかを調査すること。あまりにも魔族への差別が酷いようなら中止しないといけないし。
もう一つは、魔法学園の生徒なら誰でも利用できるという王宮大図書館(学園は王宮に隣接しているのだ)の蔵書を確認すること。大陸一の蔵書量と謳われる大図書館から知識を得ることができれば、それは我が国にとってかけがえのない財産になるからね。
そして、最後にして最大の目的と言えるのが――
――この世界でも学生生活をエンジョイすることよ!
魔王になってからずっと働きづめだったからね! フューリアス王国との和平は成立したし、共同で立ち上げた自由経済都市の運営も軌道に乗ってきた! こんなこともあろうかと地方自治も推し進めてある! 結果として一日に処理する書類も激減したのだから少しくらい休暇をもらっても罰は当たらないでしょう!
「…………」
私の真の目的を知っている宰相が冷たい目を向けてくる。く、クールビューティーの冷ややかな目って破壊力抜群ね。心が死んでしまいそうだわ。
「……陛下。決裁の必要な書類は毎晩お送りしますので確認の後サインをお願いいたします。また、緊急性の高い案件が発生した場合は戻っていただくことになりますのでご了承のほどよろしくお願い申し上げます」
この宰相、学園生活中も仕事させる気満々である。鬼か。……吸血鬼だったわね。
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