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閑話 ミアの思い出
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アイルセル公爵家は、徹底的な実力主義。
男だろうが、女だろうが、強ければ後継者に選ばれ、次期公爵になることができる。
ミアイラン――ミアは、天賦の才を持っていた。
少し年の離れた兄にも決して負けないと思っていた。公爵位にはさほどの興味はないが、公爵家が強さを求めるのならば次期公爵になるべきだと考えていた。
若さ故の驕り。
天才故の侮り。
高くなった彼女の鼻をへし折ったのは……5歳年上の、公爵令嬢だった。
リリーナ・リインレイト公爵令嬢。
同格である公爵家の令嬢同士として、少々年が離れていたものの昔から交流があった。
人を越えた魔力総量の証とされる、銀髪。
宝石のように輝く赤い瞳。
夏の日の空に浮かぶ雲のように明るく白い肌。
同い年の王太子殿下の婚約者になるために鍛え上げられた礼儀作法に、少々問題行動の多い殿下を隣で支えるために詰め込まれた圧倒的な知識。そして、ありとあらゆる点で周りの人間を超越しながらも、驕り高ぶることなく誰とも分け隔てなく接する人間性……。
なんとも美しい少女だった。
見た目も、内面も、美しいとしか表現できない少女だった。
同じ女性でありながらも、見惚れてしまうこともたびたびあった。
そんなリリーナが正式に王太子の婚約者となった後。
王妃となれば危機から国王を守らなければならない場面も出てくるだろう。そんな理由付けで、リリーナとミア、そしてミアの兄との手合わせが行われることとなった。
……今なら分かる。あの手合わせは、驕り高ぶるミアの鼻を折るために父が仕組んだことなのだろうと。
――手も足も出なかった。
元々騎士は接近戦重視。遠距離戦を主体とする魔術師とは相性が悪い。だが、そんなことは百も承知であり、魔術を防ぐための結界を鍛えたり、瞬時に距離を詰めるために肉体強化の魔法を習熟するのが騎士の基本であった。
そして、天才であったミアは大人の騎士を越える結界を展開できたし、肉体強化を使えば近衛騎士団長ともいい勝負ができると確信していた。
――だというのに、手も足も出なかった。
展開した結界は力ずくで破壊され、接近しようにも、肉体を強化することすらできなかった。
肉体強化の術式に介入されている。無効化されている。と、気づいたのは肉体強化もできないまま5回ほど打ちのめされたあとだった。
あり得なかった。
呪文詠唱に介入するのならまだ理解できる。可能不可能は置いておくとして、そういう理屈があるのは分かる。
しかし、肉体強化はあくまで術者の体内の魔力を操るもの。そもそも呪文詠唱などしないし、他人の体内の魔力に介入することなんて……できるはずがない。
だというのに、彼女はやった。
平気な顔で。できて当然という顔で。
リリーナは、天才という自覚のない天才であった。
――これは、勝てない。
勝つ意味も、なかった。
彼女であれば一人で国王陛下を守れるだろう。近衛騎士なんていらないし、いたとしても攻撃魔法を放つ際の邪魔にしかならないはずだ。
勝てない。意味がない。
どれだけ剣の腕を鍛えようとリリーナには勝てないし、そこまで鍛える意味もない。
このとき、剣士としてのミアの心はすっかり折られてしまっていた。天才を越える圧倒的な才能を前にして、生まれて初めての挫折を味わわされたのだ。
もちろん、ミアよりも才能がない兄が勝てるはずがない。男性である兄は、ミアよりも容赦なく打ちのめされていた。
手加減されていなければ、兄はとっくに死んでいただろう。
五体満足で立てるのが奇跡。まだ意識があることが理解できない。
勝てるはずがない。
時間の無駄。
彼女がいる限り、近衛騎士に出番はない。
だというのに。
それを分かっていながらも。
兄は、何度も立ち上がった。
何度も何度も、リリーナに剣を向け、突撃した。最後の方にはもう、リリーナの方が根負けしてしまうほどのしつこさで。
――負けた。
と、ミアは思った。
リリーナに、ではない。
兄に負けたと思った。
才能はミアの方が上。技術も、まだまだミアが優位に立っている。肉体強化があるこの世界では、男女の身体能力の差は驚くほどにない。
けれども、ミアは負けた。
兄に負けた。
こういう人こそ、最も気高い騎士――近衛騎士団長になるべきだと思った。
そうしてミアは騎士としての道を諦めて。貴族令嬢として生きると決めて。リリーナを師匠として貴族令嬢としての知識を詰め込みはじめて……だんだんと『第二王子の婚約者に』という声も上がり始めた。
無理だろうな、とミアは思った。
第二王子。カイン殿下。
第一王子である兄とは違って穏やかな性格。兄とは違って優しげな風貌。兄とは違って聡明で、兄とは違って運動神経も抜群。
そんな彼には、一つだけ欠点がある。
――彼は、リリーナにしか興味がないのだ。
男だろうが、女だろうが、強ければ後継者に選ばれ、次期公爵になることができる。
ミアイラン――ミアは、天賦の才を持っていた。
少し年の離れた兄にも決して負けないと思っていた。公爵位にはさほどの興味はないが、公爵家が強さを求めるのならば次期公爵になるべきだと考えていた。
若さ故の驕り。
天才故の侮り。
高くなった彼女の鼻をへし折ったのは……5歳年上の、公爵令嬢だった。
リリーナ・リインレイト公爵令嬢。
同格である公爵家の令嬢同士として、少々年が離れていたものの昔から交流があった。
人を越えた魔力総量の証とされる、銀髪。
宝石のように輝く赤い瞳。
夏の日の空に浮かぶ雲のように明るく白い肌。
同い年の王太子殿下の婚約者になるために鍛え上げられた礼儀作法に、少々問題行動の多い殿下を隣で支えるために詰め込まれた圧倒的な知識。そして、ありとあらゆる点で周りの人間を超越しながらも、驕り高ぶることなく誰とも分け隔てなく接する人間性……。
なんとも美しい少女だった。
見た目も、内面も、美しいとしか表現できない少女だった。
同じ女性でありながらも、見惚れてしまうこともたびたびあった。
そんなリリーナが正式に王太子の婚約者となった後。
王妃となれば危機から国王を守らなければならない場面も出てくるだろう。そんな理由付けで、リリーナとミア、そしてミアの兄との手合わせが行われることとなった。
……今なら分かる。あの手合わせは、驕り高ぶるミアの鼻を折るために父が仕組んだことなのだろうと。
――手も足も出なかった。
元々騎士は接近戦重視。遠距離戦を主体とする魔術師とは相性が悪い。だが、そんなことは百も承知であり、魔術を防ぐための結界を鍛えたり、瞬時に距離を詰めるために肉体強化の魔法を習熟するのが騎士の基本であった。
そして、天才であったミアは大人の騎士を越える結界を展開できたし、肉体強化を使えば近衛騎士団長ともいい勝負ができると確信していた。
――だというのに、手も足も出なかった。
展開した結界は力ずくで破壊され、接近しようにも、肉体を強化することすらできなかった。
肉体強化の術式に介入されている。無効化されている。と、気づいたのは肉体強化もできないまま5回ほど打ちのめされたあとだった。
あり得なかった。
呪文詠唱に介入するのならまだ理解できる。可能不可能は置いておくとして、そういう理屈があるのは分かる。
しかし、肉体強化はあくまで術者の体内の魔力を操るもの。そもそも呪文詠唱などしないし、他人の体内の魔力に介入することなんて……できるはずがない。
だというのに、彼女はやった。
平気な顔で。できて当然という顔で。
リリーナは、天才という自覚のない天才であった。
――これは、勝てない。
勝つ意味も、なかった。
彼女であれば一人で国王陛下を守れるだろう。近衛騎士なんていらないし、いたとしても攻撃魔法を放つ際の邪魔にしかならないはずだ。
勝てない。意味がない。
どれだけ剣の腕を鍛えようとリリーナには勝てないし、そこまで鍛える意味もない。
このとき、剣士としてのミアの心はすっかり折られてしまっていた。天才を越える圧倒的な才能を前にして、生まれて初めての挫折を味わわされたのだ。
もちろん、ミアよりも才能がない兄が勝てるはずがない。男性である兄は、ミアよりも容赦なく打ちのめされていた。
手加減されていなければ、兄はとっくに死んでいただろう。
五体満足で立てるのが奇跡。まだ意識があることが理解できない。
勝てるはずがない。
時間の無駄。
彼女がいる限り、近衛騎士に出番はない。
だというのに。
それを分かっていながらも。
兄は、何度も立ち上がった。
何度も何度も、リリーナに剣を向け、突撃した。最後の方にはもう、リリーナの方が根負けしてしまうほどのしつこさで。
――負けた。
と、ミアは思った。
リリーナに、ではない。
兄に負けたと思った。
才能はミアの方が上。技術も、まだまだミアが優位に立っている。肉体強化があるこの世界では、男女の身体能力の差は驚くほどにない。
けれども、ミアは負けた。
兄に負けた。
こういう人こそ、最も気高い騎士――近衛騎士団長になるべきだと思った。
そうしてミアは騎士としての道を諦めて。貴族令嬢として生きると決めて。リリーナを師匠として貴族令嬢としての知識を詰め込みはじめて……だんだんと『第二王子の婚約者に』という声も上がり始めた。
無理だろうな、とミアは思った。
第二王子。カイン殿下。
第一王子である兄とは違って穏やかな性格。兄とは違って優しげな風貌。兄とは違って聡明で、兄とは違って運動神経も抜群。
そんな彼には、一つだけ欠点がある。
――彼は、リリーナにしか興味がないのだ。
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