上 下
29 / 74

閑話 ミアの思い出

しおりを挟む
 アイルセル公爵家は、徹底的な実力主義。

 男だろうが、女だろうが、強ければ後継者に選ばれ、次期公爵になることができる。

 ミアイラン――ミアは、天賦の才を持っていた。
 少し年の離れた兄にも決して負けないと思っていた。公爵位にはさほどの興味はないが、公爵家が強さを求めるのならば次期公爵になるべきだと考えていた。

 若さ故の驕り。

 天才故の侮り。

 高くなった彼女の鼻をへし折ったのは……5歳年上の、公爵令嬢だった。

 リリーナ・リインレイト公爵令嬢。

 同格である公爵家の令嬢同士として、少々年が離れていたものの昔から交流があった。

 人を越えた魔力総量の証とされる、銀髪。
 宝石のように輝く赤い瞳。
 夏の日の空に浮かぶ雲のように明るく白い肌。

 同い年の王太子殿下の婚約者になるために鍛え上げられた礼儀作法に、少々問題行動の多い殿下を隣で支えるために詰め込まれた圧倒的な知識。そして、ありとあらゆる点で周りの人間を超越しながらも、驕り高ぶることなく誰とも分け隔てなく接する人間性……。

 なんとも美しい少女だった。
 見た目も、内面も、美しいとしか表現できない少女だった。
 同じ女性でありながらも、見惚れてしまうこともたびたびあった。

 そんなリリーナが正式に王太子の婚約者となった後。

 王妃となれば危機から国王を守らなければならない場面も出てくるだろう。そんな理由付けで、リリーナとミア、そしてミアの兄との手合わせが行われることとなった。

 ……今なら分かる。あの手合わせは、驕り高ぶるミアの鼻を折るために父が仕組んだことなのだろうと。

 ――手も足も出なかった。

 元々騎士は接近戦重視。遠距離戦を主体とする魔術師とは相性が悪い。だが、そんなことは百も承知であり、魔術を防ぐための結界を鍛えたり、瞬時に距離を詰めるために肉体強化の魔法を習熟するのが騎士の基本であった。

 そして、天才であったミアは大人の騎士を越える結界を展開できたし、肉体強化を使えば近衛騎士団長父親ともいい勝負ができると確信していた。

 ――だというのに、手も足も出なかった。

 展開した結界は力ずくで破壊され、接近しようにも、肉体を強化することすらできなかった。

 肉体強化の術式に介入・・されている。無効化されている。と、気づいたのは肉体強化もできないまま5回ほど打ちのめされたあとだった。

 あり得なかった。

 呪文詠唱に介入するのならまだ理解できる。可能不可能は置いておくとして、そういう理屈があるのは分かる。

 しかし、肉体強化はあくまで術者の体内の魔力を操るもの。そもそも呪文詠唱などしないし、他人の体内の魔力に介入することなんて……できるはずがない。

 だというのに、彼女はやった。
 平気な顔で。できて当然という顔で。

 リリーナは、天才という自覚のない天才であった。

 ――これは、勝てない。

 勝つ意味も、なかった。
 彼女であれば一人で国王陛下を守れるだろう。近衛騎士なんていらないし、いたとしても攻撃魔法を放つ際の邪魔にしかならないはずだ。

 勝てない。意味がない。
 どれだけ剣の腕を鍛えようとリリーナには勝てないし、そこまで鍛える意味もない。

 このとき、剣士としてのミアの心はすっかり折られてしまっていた。天才を越える圧倒的な才能を前にして、生まれて初めての挫折を味わわされたのだ。

 もちろん、ミアよりも才能がない兄が勝てるはずがない。男性である兄は、ミアよりも容赦なく打ちのめされていた。

 手加減されていなければ、兄はとっくに死んでいただろう。
 五体満足で立てるのが奇跡。まだ意識があることが理解できない。

 勝てるはずがない。
 時間の無駄。
 彼女がいる限り、近衛騎士に出番はない。

 だというのに。
 それを分かっていながらも。

 兄は、何度も立ち上がった。
 何度も何度も、リリーナに剣を向け、突撃した。最後の方にはもう、リリーナの方が根負けしてしまうほどのしつこさで。

 ――負けた。

 と、ミアは思った。
 リリーナに、ではない。
 兄に負けたと思った。

 才能はミアの方が上。技術も、まだまだミアが優位に立っている。肉体強化があるこの世界では、男女の身体能力の差は驚くほどにない。

 けれども、ミアは負けた。
 兄に負けた。
 こういう人こそ、最も気高い騎士――近衛騎士団長になるべきだと思った。

 そうしてミアは騎士としての道を諦めて。貴族令嬢として生きると決めて。リリーナを師匠として貴族令嬢としての知識を詰め込みはじめて……だんだんと『第二王子の婚約者に』という声も上がり始めた。

 無理だろうな、とミアは思った。

 第二王子。カイン殿下。

 第一王子である兄とは違って穏やかな性格。兄とは違って優しげな風貌。兄とは違って聡明で、兄とは違って運動神経も抜群。

 そんな彼には、一つだけ欠点がある。

 ――彼は、リリーナにしか興味がないのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

異世界転生したら貧乳にしかモテなかった

十一屋 翠
ファンタジー
神のうっかりでトラックに跳ねられた少年は、証拠隠滅の為に異世界に転生させられる。 その際に神から詫びとして与えられたチート能力【貧乳モテ】によって、彼は貧乳にしかモテない人生を送る事となった。

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...