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第2章
第57話 ある日の魔女達の日常
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「……ずいぶんと強めに降ってきちゃいましたね」
「こんなに降るなんてね」
昼下がりの森の中、一際大きくうっそうと葉の茂った木の下に立つ僕たち。お互い予定がなかった今日、ピクニックがてら探検や植物の調査などをしてきたその帰りだ。
先ほどまで汗ばむくらいの陽気と日差しであったが、今はザアザアと音を立てるほどの雨が降りしきっている。
ほんの直前までは小雨程度だったが、一気に降ってきちゃった……
「雨具とかは……」
「ないね。降るとは思ってなかったから」
科学の最先端たる気象衛星とスーパーコンピューターを使った天気予報には及ばずとも、一応僕たちもある程度天候を観測、予測する術はある。しかしこんなに突然降られちゃそれも無理。
てかこれじゃ天気予報でもあんまり意味ないだろう。向こうからな~んか怪しい雲が近づいてきてるなあ……とか考えてた矢先のことだったし。
リアルタイムで見るやつだったら、まだいくらかは対応できたかもしれないけど……無い物ねだりしても、ましてや降ってきた後にそんなこと考えていても何もない。
「向こうだと衛星とか使っての予報とかあったよね。でもああいうの使っても、こんなに急にこられちゃ無理かな?」
「僕も今同じこと考えてました。完璧には無理でも近いことは……さらに進歩すればもっとよくなっていくんじゃないですかね」
「じゃあ、そのうち私たちも挑戦してみようか。あって困る技術じゃないしね」
それは言えているな。こういった遠出をすることは結構あるし、僕自身普段の生活の中で気にならないといったら嘘になる。
「ん~そのまま、真似しちゃできないでしょう。どんだけ金や資材や時間がかかるんだって話です。でも……」
「私たちなりのアプローチでいけば?」
「……楽しそうですね。今やってるのが一段落して、時間が出来たらやってみましょうか」
今僕たちがメインで進めているのは、並行世界の干渉に連なる世界のルールをほんの少しいじる魔術。重力というこの世の理から外れる術。
要するに今度実家を訪れたとき、母さんに乗せてあげる予定の空飛ぶほうきの制作だ。
もう少し手こずるかと思っていたけど、やってみたら案外すんなりいっている。完成も時間の問題。
まあそもそも、ほうきである必要は一切ないし、セシルさんもそんな話があるのはあの世界だけと言っていた。確かに人が乗るものではないけど……なんとなく絵になるから、これまで魔法使いの象徴として語り継がれてきたのかな。
とりあえず今度持って行く用に試作品として一つ作ったら、それをベースにもっと機能性のいいやつ、快適なやつを作っていこうか。こういうのもまた、あって困るものではない。
さっき話してた天気予報も観測するものを同じ技術で一カ所に固定して……いろんなことが想像できる。
「それで……とりあえず、どうします?」
そうしていつか目を向ける目標の一つについて語り合った後、今の状況について考える。
もしこのままずっとやまないようであれば、このまま行くという選択肢もある。濡れないように進む魔術もあるっちゃあるし……
「ん……少し休んでいこうよ。この子たちも疲れたでしょ。な~にすぐにやむよ。向こうの方、明るいしね」
「そうですね、それがいいです」
僕たちの隣でセシルさんが荷物から出した特製の容器に入った飲み水を飲むのは二頭の馬。僕たちの大切な愛馬だ。
今日は雨が降るまで暑かっただけのことはあり、それなりに疲労しているだろう。せっかくの機会だ。雨宿りも兼ね、休んでいくのもやぶさかではない。
それにセシルさんのいった通り、ここら辺は雨雲がかかっているけど、遠くに見える方は雲の隙間からカーテンのように日が差している。
この雨雲が通り過ぎるのにそう長くはかからないであろう。
「ねえレンちゃん。こういうのって、向こうだとゲリラ豪雨とかっていうんだっけ?」
「ああ、そう言ったりもしますけど……」
木に寄りかかっていたセシルさんがふと思い出したように口を開き、そう僕に問いかけた。
確かに最近は夏場の突然の大雨をそんな風に呼んだりする。その言葉の発端や是非はともかく、既にあっちでは一般的に浸透した概念だろう。
でもなあ……
「僕はそれあんまり好きじゃないんですよね。それにこれくらいじゃ、そうやって呼ぶにはちょっと弱いくらいの雨だと思います」
「ふ~ん、じゃあこういう雨をなんて呼んだらいいかな?」
「そうですね……『夕立』とか?」
少し悩んだが、考えてみればこの状況にぴったりの言葉だ。
実際に夏の季語にもなっていると聞いたことがあるこの言葉だが、そう感じながら空を見るなんて案外初めての経験かもしれない。
「うんいいね。凄く美しい言葉というか……上手く言葉にしにくいけど……」
「僕も好きな言葉です。風情がありますよね」
「ああ、それだ。その感じだよ」
木にもたれかかりながら、僕たちはそんな言葉を交わす。そうこうしているうちに、さっきよりかは雨が弱まっていくのが感じ取れた。
「少し上がってきましたね」
「うん、もうじきだね……あ、そうだ。忘れてた」
「ん?」
セシルさんが思い立ったように、なにやらポケットをごそごそといじり始めた。どうしたのかと声をかけようとしたが……
「はい、これ。なめていいよ」
「へえ~手作りしたんですか?」
手渡されたのは、小さな紙に包まれた丸い形の手作りの飴であった。思い返してみれば、ここに来る前にキッチンで何かを作っていた。お弁当は既に用意してあったので、何だったのかと不思議に思っていたがこれだったのか。
ちょっと手持ち無沙汰になってきたところだったので、これはうれしい。
「あ、おいしい。ちょっとしょっぱくて……塩飴ですね」
「よかった。今日は暑かったし、塩分は大切だからね」
早速紙から出して、一つ口に入れる。コロコロと口の中で転がすと、最初に甘い味、そしてすぐにほのかなレモンの風味と塩の味を感じた。
「うんうん、おいしい」
セシルさんのも同様に飴を舐め始める。そういえば、こういうのを作るのは初めてのはずだ。
「向こうで買った本のレシピ見ながら作ったみたけど、初めての割に結構上手くいったね」
「甘さとしょっぱさのバランスはかなりいい感じですね。ただもうちょっとレモンの香りが強くてもアリかもしれないです」
「う~ん、そうかもしれない。今度はちょっと果汁増やして、学校の子たちにも作ってあげよ」
「いいですね、喜んでもらえると思います」
「ん~いいかな」
「そろそろ頃合いですかね」
その後も適当な話を続け、気づいた頃には雨はすっかり上がりここら辺にも日が差し始めた。
先ほどよりもずっと気温は下がり、ほのかな雨上がりの草の香りを運ぶ適度な風も吹いている。気持ちのいい帰り道になりそうだ。
「もう大丈夫?」
「……」
問いかけ、そして動物との意思疎通の魔術と共に、先ほどより幾分か体温の下がった自分の馬に触れながら問いかける。
すると体を寄せ付けながら同意の意思を返してくれた。もう十分休めたようだ。
「よいしょっと……」
「あ、レンちゃんあれ見て」
「え? 何ですか……」
そうして荷物を持ち、馬の背にまたがった僕に対して少し先に進んでいたセシルさんが急かすように僕を呼んだ。
その言葉に乗せられて森の外、輝く日の光に雨の名残の水滴を輝かせる草花が一面に広がる草原に出て見えたのは……
「すごい……」
それは僕がこれまで生きてきた中で初めて見るような、大きな大きな虹であった。
遠くのなだらかに広がる丘から伸びるようにして、見上げた空に鮮明な七色の巨大なアーチが架かっていた。
「そうだよね、ここまでのは私もかなり久しぶり。それに誰かと一緒に見たのなんて……いつ以来だったかな?」
「セシルさん、一人の時間長そうですしね。こういうのは共感できた方がずっと楽しいですし」
「うんうん、でも今は……いやこれからもか、こうしてレンちゃんがいてくれるわけだからね」
「……ふふっ、そうですね」
ちょっと照れくさく感じながら小さく返事を返した僕は、新しい飴を口の中に入れる。
そして眼前に広がる美しい情景を……僕たちは足を止めてしばらくの間眺めていた。
「こんなに降るなんてね」
昼下がりの森の中、一際大きくうっそうと葉の茂った木の下に立つ僕たち。お互い予定がなかった今日、ピクニックがてら探検や植物の調査などをしてきたその帰りだ。
先ほどまで汗ばむくらいの陽気と日差しであったが、今はザアザアと音を立てるほどの雨が降りしきっている。
ほんの直前までは小雨程度だったが、一気に降ってきちゃった……
「雨具とかは……」
「ないね。降るとは思ってなかったから」
科学の最先端たる気象衛星とスーパーコンピューターを使った天気予報には及ばずとも、一応僕たちもある程度天候を観測、予測する術はある。しかしこんなに突然降られちゃそれも無理。
てかこれじゃ天気予報でもあんまり意味ないだろう。向こうからな~んか怪しい雲が近づいてきてるなあ……とか考えてた矢先のことだったし。
リアルタイムで見るやつだったら、まだいくらかは対応できたかもしれないけど……無い物ねだりしても、ましてや降ってきた後にそんなこと考えていても何もない。
「向こうだと衛星とか使っての予報とかあったよね。でもああいうの使っても、こんなに急にこられちゃ無理かな?」
「僕も今同じこと考えてました。完璧には無理でも近いことは……さらに進歩すればもっとよくなっていくんじゃないですかね」
「じゃあ、そのうち私たちも挑戦してみようか。あって困る技術じゃないしね」
それは言えているな。こういった遠出をすることは結構あるし、僕自身普段の生活の中で気にならないといったら嘘になる。
「ん~そのまま、真似しちゃできないでしょう。どんだけ金や資材や時間がかかるんだって話です。でも……」
「私たちなりのアプローチでいけば?」
「……楽しそうですね。今やってるのが一段落して、時間が出来たらやってみましょうか」
今僕たちがメインで進めているのは、並行世界の干渉に連なる世界のルールをほんの少しいじる魔術。重力というこの世の理から外れる術。
要するに今度実家を訪れたとき、母さんに乗せてあげる予定の空飛ぶほうきの制作だ。
もう少し手こずるかと思っていたけど、やってみたら案外すんなりいっている。完成も時間の問題。
まあそもそも、ほうきである必要は一切ないし、セシルさんもそんな話があるのはあの世界だけと言っていた。確かに人が乗るものではないけど……なんとなく絵になるから、これまで魔法使いの象徴として語り継がれてきたのかな。
とりあえず今度持って行く用に試作品として一つ作ったら、それをベースにもっと機能性のいいやつ、快適なやつを作っていこうか。こういうのもまた、あって困るものではない。
さっき話してた天気予報も観測するものを同じ技術で一カ所に固定して……いろんなことが想像できる。
「それで……とりあえず、どうします?」
そうしていつか目を向ける目標の一つについて語り合った後、今の状況について考える。
もしこのままずっとやまないようであれば、このまま行くという選択肢もある。濡れないように進む魔術もあるっちゃあるし……
「ん……少し休んでいこうよ。この子たちも疲れたでしょ。な~にすぐにやむよ。向こうの方、明るいしね」
「そうですね、それがいいです」
僕たちの隣でセシルさんが荷物から出した特製の容器に入った飲み水を飲むのは二頭の馬。僕たちの大切な愛馬だ。
今日は雨が降るまで暑かっただけのことはあり、それなりに疲労しているだろう。せっかくの機会だ。雨宿りも兼ね、休んでいくのもやぶさかではない。
それにセシルさんのいった通り、ここら辺は雨雲がかかっているけど、遠くに見える方は雲の隙間からカーテンのように日が差している。
この雨雲が通り過ぎるのにそう長くはかからないであろう。
「ねえレンちゃん。こういうのって、向こうだとゲリラ豪雨とかっていうんだっけ?」
「ああ、そう言ったりもしますけど……」
木に寄りかかっていたセシルさんがふと思い出したように口を開き、そう僕に問いかけた。
確かに最近は夏場の突然の大雨をそんな風に呼んだりする。その言葉の発端や是非はともかく、既にあっちでは一般的に浸透した概念だろう。
でもなあ……
「僕はそれあんまり好きじゃないんですよね。それにこれくらいじゃ、そうやって呼ぶにはちょっと弱いくらいの雨だと思います」
「ふ~ん、じゃあこういう雨をなんて呼んだらいいかな?」
「そうですね……『夕立』とか?」
少し悩んだが、考えてみればこの状況にぴったりの言葉だ。
実際に夏の季語にもなっていると聞いたことがあるこの言葉だが、そう感じながら空を見るなんて案外初めての経験かもしれない。
「うんいいね。凄く美しい言葉というか……上手く言葉にしにくいけど……」
「僕も好きな言葉です。風情がありますよね」
「ああ、それだ。その感じだよ」
木にもたれかかりながら、僕たちはそんな言葉を交わす。そうこうしているうちに、さっきよりかは雨が弱まっていくのが感じ取れた。
「少し上がってきましたね」
「うん、もうじきだね……あ、そうだ。忘れてた」
「ん?」
セシルさんが思い立ったように、なにやらポケットをごそごそといじり始めた。どうしたのかと声をかけようとしたが……
「はい、これ。なめていいよ」
「へえ~手作りしたんですか?」
手渡されたのは、小さな紙に包まれた丸い形の手作りの飴であった。思い返してみれば、ここに来る前にキッチンで何かを作っていた。お弁当は既に用意してあったので、何だったのかと不思議に思っていたがこれだったのか。
ちょっと手持ち無沙汰になってきたところだったので、これはうれしい。
「あ、おいしい。ちょっとしょっぱくて……塩飴ですね」
「よかった。今日は暑かったし、塩分は大切だからね」
早速紙から出して、一つ口に入れる。コロコロと口の中で転がすと、最初に甘い味、そしてすぐにほのかなレモンの風味と塩の味を感じた。
「うんうん、おいしい」
セシルさんのも同様に飴を舐め始める。そういえば、こういうのを作るのは初めてのはずだ。
「向こうで買った本のレシピ見ながら作ったみたけど、初めての割に結構上手くいったね」
「甘さとしょっぱさのバランスはかなりいい感じですね。ただもうちょっとレモンの香りが強くてもアリかもしれないです」
「う~ん、そうかもしれない。今度はちょっと果汁増やして、学校の子たちにも作ってあげよ」
「いいですね、喜んでもらえると思います」
「ん~いいかな」
「そろそろ頃合いですかね」
その後も適当な話を続け、気づいた頃には雨はすっかり上がりここら辺にも日が差し始めた。
先ほどよりもずっと気温は下がり、ほのかな雨上がりの草の香りを運ぶ適度な風も吹いている。気持ちのいい帰り道になりそうだ。
「もう大丈夫?」
「……」
問いかけ、そして動物との意思疎通の魔術と共に、先ほどより幾分か体温の下がった自分の馬に触れながら問いかける。
すると体を寄せ付けながら同意の意思を返してくれた。もう十分休めたようだ。
「よいしょっと……」
「あ、レンちゃんあれ見て」
「え? 何ですか……」
そうして荷物を持ち、馬の背にまたがった僕に対して少し先に進んでいたセシルさんが急かすように僕を呼んだ。
その言葉に乗せられて森の外、輝く日の光に雨の名残の水滴を輝かせる草花が一面に広がる草原に出て見えたのは……
「すごい……」
それは僕がこれまで生きてきた中で初めて見るような、大きな大きな虹であった。
遠くのなだらかに広がる丘から伸びるようにして、見上げた空に鮮明な七色の巨大なアーチが架かっていた。
「そうだよね、ここまでのは私もかなり久しぶり。それに誰かと一緒に見たのなんて……いつ以来だったかな?」
「セシルさん、一人の時間長そうですしね。こういうのは共感できた方がずっと楽しいですし」
「うんうん、でも今は……いやこれからもか、こうしてレンちゃんがいてくれるわけだからね」
「……ふふっ、そうですね」
ちょっと照れくさく感じながら小さく返事を返した僕は、新しい飴を口の中に入れる。
そして眼前に広がる美しい情景を……僕たちは足を止めてしばらくの間眺めていた。
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