上 下
47 / 57
第2章

第47話 忘れ物の導き

しおりを挟む
「ふん……ふん」

 夕暮れ時の町の片隅の何の変哲もないコンビニエンスストア。その中の入り口に面した側にある雑誌コーナー。
 そこで私、セシルはややうつむいた姿勢のままとある雑誌に目を通していた。

「ふ~ん」

 今私が手に取っているのは、芸能人とやらのスキャンダルなどが載っている女性誌でも、旅のお供にと様々なスポットが掲載されたガイドブックなどでもなく、毎月発刊されているアニメ雑誌だった。

 私は以前からレンちゃんにこの国の最新のゲームやアニメの文化についてよく聞いていて、これも今回こちらの世界に来た目的の一つだったりする。

 本来だったらこのような雑誌をこんな場所で私のような女が手に取っているのは、多少目を引くことなのかもしれない。それでも新刊の誘惑には私の好奇心は抗えず、もちろんこの後購入するつもりだが、その前にこうして軽く目を通していた。
 あんまり人がいたら控えるけど今の店内には高校生くらいの男の子が一人だけだから、構いやしないだろう。店員さんも暇そうだし。

「なるほどぉ……」

 ふと自然と納得の言葉を、自分にしか聞こえないくらい小さく呟く。きっと自分の中の情報と実際に見てみての情報の統合が脳内で行われたためだ。

 他の世界でもこういう文化はあるし、この雑誌の他にも私は別のゲーム誌、アニメ誌、インターネットなどでここに来てから少しずつ勉強してはいる。しかしこの国のそれのその奥深さたるや、目を見張るばかりだ。
 なぜこれをと首をかしげたくなるような様々なジャンルのアニメに、みんなこれ理解しているのかと言いたくなるほど複雑そうなシステムのゲームだったり、とにかく自分は適応は早い方だと自覚しているがそれでもなかなか追いつけない。

 また私も結構絵を描いたりはするほうで、向こうの世界で描いたイラストをレンちゃんに見てもらったら、上手いけど少し古臭い絵と言われたことを思い出す。その時はどうもいまいちピンとこなかったが、今こうして現在の絵柄を見ているとその言葉が染みてくる。
 こういうことだったのかと、モヤモヤとした感触が一気に晴れていくようだ。デジタルで絵を描く道具もあるようだし、そうして描いた自分の絵をどんどんと発表していく場所もインターネットにはあると聞いた。

 今回の滞在期間ではさすがに厳しいが……向こうに戻ってからもいろいろ参考にしながらゆっくり勉強していこう。


「うん……そろそろか」

 夢中になっているうちに思ってより時間が過ぎてしまっていた。元々アイスでも食べたくなって散歩ついでに買いに来たわけだし、レンちゃんから漫画雑誌もついでに買ってきてほしいと頼まれていることもある。そろそろ立ち読みは切り上げて、本来の目的に移ることにした。あんまり待たせちゃ怒られちゃう。
 そうして読んでいた雑誌をカゴに入れ、歩き出そうとした時だった。

「あれ?」

 例の男の子が、私の後ろを通りすぎその場から立ち去ろうとした。既に手にはビニール袋を持っていたので、買い物は終えた後なのだろう。
 しかしそれだけでは私は何も思わない。目に留まったのは、彼がすぐそばの棚の上にスマートフォンを置き忘れていたからだ。

 その直前少し携帯をいじりながら財布を出し入れしていたようだし、特に意図はなくその際に手を空けるためちょっと置いていったらそのまま忘れてしまった、といった感じであった。
 私は彼が自分で気づくか一瞬待った後、そのまま店を出て行ってしまったので、買い物はいったん後回し。
 カゴを置いて、そのスマートフォンを持ち彼を追いかけることにした。

「おや……」

 そしてそれを手に取った私だったが、またもや一つのことに気づき、その手を止めた。
 その画面はいわゆるスリープの状態ではなく、画面がついたままになっていた。今はボタン一つでその状態にできることも、いろいろなロックの機能もあり、わざわざそうしておく必要もない事は知っている。
 この状態でいるのも、単純に彼が消さずにここに忘れてしまったというだけのことは容易に予測できる。

「……」

 私は画面がついていることを知ったその瞬間は、何も見ずにそのまま彼に渡そうとそう考えた。実際人の携帯の画面などあまり見るのはよくないことだ。
 しかしその画面に記された内容を意図せず視認した時、私の心にある思いが芽生えた。

 その画面は電子書籍の小説のページを映し出していた。もしその小説が単なる一般的なものなどのようなら、やはりすぐに目を離し、何事もなかったかのように私は彼を追いかけていたに違いない。しかしそうではなかった。
 そのページのあらすじに書かれた内容、それはその作品が「男の子が女の子になる」話であることを示唆するものであった。

 確かにこういったジャンルがあるってことは、どこかで見たと思う。しかし、実際にこういうものを愛読している少年という存在には、ここに来てから当然会ったことはない。
 もしかするとあの少年が私の求めていた人材なのではないかと、そう考えたのだ。

「よしっ……」

 すぐに心の中で決断を下した私は、とある決意を胸に抱き、早足で既に店の外へと出た彼を追いかけた。
 自動ドアを通ると、まだ彼の姿が近くにあった。だがここから声を上げて伝えようにも、相当な大声が必要であったので、声量を必要としない距離にまで早歩きで近づいていく。

 夕暮れの涼しい風を感じ、歩いていく中考える。もしかするとあれは単にああいう話が好きというだけで、早合点なのではないかと、だが私の思うとおりである可能性も十分にある。ここでせっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。
 思い立ったらやってみる……後悔がないように私はいつもそうしてきたのだから。

「ねえ、君!」
「……はい?」
「携帯……忘れていったでしょ」

 ついに彼に声をかける。近くで見る彼は私と同じか少し低いくらい、男子としては平均的な身長に、おとなしそうな雰囲気、ごく普通の顔立ちの少年だった。
 そして当初の目的である携帯を手渡しで返し、本命の続く言葉を投げかける。

「あっ、すみません! ありがとうございました!」
「……ちょっとまって!」
「えっ!? 何か?」
「……」

 さすがにいきなりこんなことを言うのは、私といえどやや躊躇してしまう。本当ならじっくりと話していくべきなんだろうし、いつもの私ならそうしていただろうけど、今回はやや急なことすぎて勇み足となってしまった感はある。
 まあここまできたらいくしかない、ストレートに聞いちゃえ! 

「……君、女の子の身体に……一度なってみるつもりはない?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~

日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。 そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。 優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。 しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。

【R18】銀髪ロリ体型ホムンクルスに転生したボクがエッチな目に逢いまくる話 もしくは 繁殖用女性型ホムンクルス実験報告書

みやび
ファンタジー
銀髪ロリホムンクルスにTS転生してしまった主人公が、雑に種付けレイプされるだけ。 他サイトでも掲載

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる

ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。 私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。 浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。 白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...