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第1章

第3話 生きている証

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「いやいや、待ってください。それってどういうことですか?」
「その言葉通りだよ、あくまで不老であって不死じゃないからそこんとこ注意ね。殺されなければ死なないぐらいの気持ちでいればいいよ。怪我とか病気なら私が治してあげるから」

 ……僕の質問はさも当然のことのように返された。

「それにすぐに気に入ると思うよ。別に今すぐ困るようなことはないし、私としてもそのままでいて欲しいしね」

 それはそうだがいきなり不老の体だと言われたら慌てるのは当然だ。でもこれはこれで悪いことではない気がしてきた。
 いや待てよ、それならもしかして……

「もしかしてあなたも、そうなんですか?」
「おっ、察しがいいねえ。その通り、こうみえて私は人生経験豊富だよ~ぶっちゃけた話、三百歳ちょい。肉体的には見た目通りだから」
「おおぉぉ……」

 マジか~いや、なんとなくそうじゃないかと察してはいたけど。
 しかしこの人そんなことをあっさりするなんて、かなり凄い人なんじゃないだろうか……

「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね。教えてくれる?」
高崎蓮たかざきれんです……」
「ん……やっぱりね、いい名前だね。レンくん、いやレンちゃんかな。これからよろしくね」

 そのまま呼ぶのか、確かに中性的な名前だと自覚していたが、少女の身体になった今そう呼ばれると少し変な感じだ。
 でも自分の名前が褒められたのは悪い気はしないかも。

「あなたのことはなんて呼べばいいですか?」
「私? 呼びやすいように呼んでくれればいいよ」
「……先生とか師匠とかですか?」
「一緒に暮らす人にそう呼ばれるのは、なんか違うな~私たち見た目的にはそんなに離れてないしね」

 自分で言うか……でも確かにその通りかな。せいぜい先輩と後輩くらいの感じか……

「普通にセシルさんでいいですか?」
「いいよ、じゃあそれでよろしく、レンちゃん!」

 名前を呼び合ったことで、距離が縮まった気がした。
 見上げた彼女の顔はそう呼ばれたことが嬉しかったのか笑っていた。

「ところで、レンちゃん。お腹すいてない?」
「……空いています」

 その言葉を聞いて自分の腹部を触る。
 今までそれどころではなかったけど、確かに空腹感を感じるな。

「まあ、そうだよね。身体を治すときにいろいろしたわけでついでに見たけど、お腹の中空っぽなんだもの。普段ちゃんと食べてなかったみたいだね。私もまだだし、せっかくだから一緒に食べようか」

 そういって僕の手を取ったセシルさんに連れられて、今までいた研究室らしき部屋の外に案内される。少し散らかっていたが、木造の建物自体は元の世界と変わりないものだった。

 少し視点が低く感じるのは、多分身長が縮んだからだろう。今は160いくか、いかないかくらいかな。そうするとセシルさんは170くらいありそうだ。

「そこに座って待っててね」
「わかりました」

 テーブルのある部屋に案内された僕はいつのまにかローブから普段着と思われる服に着替え、エプロンをしたセシルさんが料理を作るのを待つことにした。……はずだったが僕の目はキッチンに釘付けになった。
 かつてテレビで見たような料理人を上回る包丁さばき、素人目にも分かる全く無駄のない動き、驚くほどの手際の良さだった。


 少ししてテーブルに並べられた料理は、コンソメのような色合いのスープ、レタスに似た野菜を中心としたサラダ、キノコが入ったパスタだ。
 見た目にも彩りよく、ふんわりといい匂いがしてとてもおいしそうだ。

「さあ、召し上がれ」
「いただきます」
 
 スプーンとフォークを差し出され、僕はたまらずスープをひとすすりする。
 おいしい……驚くほどおいしい。様々な食材の複雑な旨味を感じ、一度だけ何かの記念で行ったことのある有名なレストランを思い出す。いやそれ以上かもしれない。
 みずみずしいサラダも少し固めに茹でられたパスタも絶品だった。身体の違いのせいかより味覚が鮮明になった気がする。

「どう? お口に合ったかな」

 セシルさんはフォークでパスタを巻きながら、僕に問いかける。

「はい、とてもおいしいです」
「それは良かった。よく噛んでゆっくり食べてね」
「あの……料理上手ですね」
「うん、まあね。食事は人の楽しみの一つだし。どうせならいいものにしたいからね」

 そう語るセシルさんだが、僕は先ほどから気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば、どうして僕を選んだんですか」
「ん~いや、君を選んだというわけじゃない。いくつかの世界から条件を決めて、ある程度しぼってから無造作に選んだ」
「そうなんですか?」
「うん。その条件の中に性別は入れ忘れていたけど……かえってよかったと思っているよ。そのうち詳しく話してあげる。とりあえずさあ……悪いんだけど、一人称は僕のままでいてくれない?」
「はあ……」

 つまりこの人はドジで男である僕を選んだの? しかもボクっ子好き?
 
「じゃあ……人前でないなら、セシルさんに対してはそうします」
「ありがとね、やっぱり男の子でよかった~」

 今までも身内には僕で通してきたし、これから一緒に住むんだからその方が気楽かな。

 もうあまり頭が回らないし、考えてもしょうがないので、食事に専念することにした。
 それから少しして完食、量はそれほどでもないが胃が縮んでいたのか十分満腹になった。

「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま、レンちゃんも食べ終わったなら一緒にお風呂入ろうか」

 え、お風呂もあるの? しかも一緒に?
 

 ◆◆◆           ◆◆◆
  

 案内された浴場は予想よりも広く、そして綺麗だった。しかもシャンプーや石鹸まで平然とある。
 そして僕は今、女の子になった髪と身体をセシルさんに洗ってもらっている。お風呂場で他人に洗ってもらうなんて、いったいいつ以来だろう……

「そんな感じで洗うんですね」
「女の子の髪や肌はデリケートだからね~やさしく洗わないと。あと、髪は普通に伸びるから、切ってほしいときは私に言ってね」

 丁寧に洗われているけど……ほんと綺麗な髪だな。背中にややかかるくらいのロングの長さで、男の頃の自分とは比べ物にならないほどサラサラで艶やか、輝くような銀色をしている。
 まだあまり自分のものである実感が薄いが、せっかくだから大切にしようと思う。


「ふう~~」

 洗い終わって、髪を纏めてもらった僕は湯船に浸かった。熱すぎず、ぬるすぎずちょうど良い、思わず声が出てしまった。
 一息つき、お湯の中で自分の体を改めて観察する。

 敏感な肌とお湯の感触が胸の膨らみ、そして背中から女性特有の流線型の身体のラインを感じさせて……やはりもう男の身体ではないのだと、否が応でも実感させられる。
 
 胸は全くというほどではないが……平均くらいで、ある方ではないといったところか。少し残念。
 対してセシルさんは服の上からは分かりにくかったが、かなりのスタイルの良さだ。今は同性と割りきってお風呂に入っているとはいえ、少しドキドキする。

 しかし多少は自分の理想とは違うとはいえ、十分に美しいと言えるであろうこの肢体を見放題、触り放題というのが男として嬉しいことには変わりないかな。


「…………」

 しばらく浸かっていると、少し離れた位置にいたセシルさんがジリジリと少しずつ近づいてきた。
 それはまるで獲物を狙っている動物かのように……

「やっぱり綺麗な肌だよね~白くてすべすべで~」
「ちょ、ちょっと……」

 少したじろいだ僕であったが、何もできずそのままピッタリと横に身体を付けられる。
 そうして、僕の手をそっと握ってセシルさんは静かに口を開いた。

「レンちゃん、君は今日いろいろなことがあった。何かの要因で死んで知らない場所にいて、しかも違う身体になっていた。もしかするとまだ生きている実感が薄いかも知れない」
「…………」
「でも君はさっきおいしいと感じ、湯船に浸かりあたたかいと感じ、今触れ合って感じている。何かを感じるということ、それが生きているってことだよ」
「セシルさん」

 その言葉を聞き、僕は少し顔を赤くなったのを感じた。
 ようやく引き離してくれたセシルさんは笑って言った。

「けど私が言っても説得力ないかもね、そもそも私が呼んだんだし」
「はは……」



 お風呂から出た後はもらった布で身体を拭く。薄いが不思議と吸水力はあり、髪もすぐに乾いた。これも魔術によるものなのだろう。

 そしていつの間にか下着とパジャマが用意してありサイズはピッタリだった。
 女性物の下着は自分から着るのは少し抵抗があったが、着てみたら肌にフィットする感覚が案外いい感じだ。自分に元々その気があったのか、精神も少し体に引っ張られているのか、後者であってほしい……

「大丈夫? 自分で着れた?」
「はい、ちょっと苦戦しましたが何とか……」
「うんうん、よく似合っているよ。今日は時間も遅いしゆっくり休むといい。明日から改めてよろしくね」

 あまり時間の感覚がなかったがもう夜中らしい、寝室の場所を教えてもらい向かおうとしたところ……

「ああ、忘れてた。ちゃんと歯磨いてね。やり方はわかるよね」
「は、はあ」

 歯ブラシとコップ、無地の容器に入った歯磨き粉を手渡された。こういうのはちゃんとあるんだな……



 歯も磨き終え、改めて寝室に向かう。他にこの家に何があるのか、少し気になりはしたが眠かったのであまり聞く気にならなかった。

「……へえ」

 部屋はきれいに片付いており、ベッドはなかなか上等だった。ともかく横たわり、これまでじっくりとは観察していなかった自分の手を見つめる。
 今朝までとは違う小さい手……元の世界でのことを思い出す。

 朝起きたときはあれがあの部屋での最後の目覚めになるとは思わなかった。いつもの何気ない「行ってきます」の挨拶が母さんとの最後の会話になるなんて想像もしなかった。
 それに自分の死体はどうなったのか、家族や友人は悲しんでいるのか、そんな思いを巡らせていたら自分もいつの間にか涙があふれてきた。


 しかし今はこれが紛れもない現実だ。それに魔法の世界に憧れがなかったわけではない。
 セシルさんも凄くいい人みたいだし、これからも前を向いて生きていけばいい。

 そう納得すると急に睡魔が襲ってきた。今は不老の体みたいだが眠くなるのか、と……そんなことを思いながら僕の意識は急速に闇の中へ薄れていった。
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