君の声が聞きたくて…

柊 奏音

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交流

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あの事件から2週間がたった頃、病院の方から浜辺さんの状態が落ち着いたので来てもいいですよ。と連絡をもらい病院にいった。
看護師さんに病室を教えてもらおうとすると
「浜辺さん、喋れないんです。だから…無理はさせないでください」

「えっ?喋れないんですか?」

「正確には失声症と言って声が出ないんです。心理的なストレスがきっかけで起こるんですが、普通はすぐに治る場合が多いんです。でも浜辺さんの場合は時間がかかってますね。声が出なくなるということは話したくないことがあるということだと思っています。病院生活においてストレスを溜めないようにしている状態ですので、あまり負荷をさせないように気をつけてください。筆談はできますのでお願いします」

まさか彼女が喋れなくなってるなんて思ってもみなかった…もっと早くに助けてあげていれば…

「こんにちは。巡査部長の上原です。今日はよろしくお願いします」
俺が挨拶すると頭を下げてくれた。

「浜辺さんが怪我をした日のこと聞きたいんだけど…あっ彼は捕まったから安心していいからね」 

そう言うと浜辺さんは震える手で
〝理由はわからないけど、叩かれた記憶は少しあります。でもなんで背中を切られたりしたのかは覚えてません〟と書いた。

「覚えてないのか…じゃあ何か覚えてることあるかな?ほんの些細なことでもいいから」

〝すみません。本当に知らないんです〟

「そっか…ごめんね。無理しなくていいよ」
辛そうな彼女の背中を撫でようとしたら、ブルブル、ガタガタと震えだした。

「ごめんね。触らないから今、看護師さん呼んでくるね」

彼女は自分の両耳を押さえて頭を振り始めた。

「浜辺さん、横になりましょうね。大丈夫ですよ」
看護師さんの言葉で彼女はだんだんと落ち着いていった。俺はその様子を遠くから、眺めることしかできなかった。

「傷のことを思い出そうとするとパニックになるみたいで…」

「そうでしたか、こちらも配慮ができずにすみませんでした。今日はこれで失礼します」
俺は、帰るしかなかった。職場に戻り報告書を書きながら、彼女とこれからどうやって関わっていったらいいか考えていた。
背中の傷は20針ほど縫ったと聞いた。命には別状はないけれど…そして心には大きな傷を負ったのだろう。

そのあとも数回、会いに行ったが、たわいもない会話しかできずにいた。そんな頃だった彼女が違う病院に移ることが決まった。
ここの病院は救急病院だ。なので症状が落ち着いたが、彼女は失声症の治療のため、精神科のある病院に転院するのだろう。

これから会えなくなると思った矢先、病院から電話がきた。「浜辺さんがいなくなりました」彼女に何かあったのだろうか?みんなで手分けをして探した。どこに行ってしまったのか、お金もない、まだ傷も癒えてない彼女が電車に乗ってどこか遠くに行くのは考えられない。そんな時、無線で見つかったと連絡があった。病院にいると言われて向かうと、彼女は病室で眠っていた。
フラフラと歩くのもおぼつかない病衣のままの彼女は目立ったんだろう。見かけた親切な方が交番に連れて行ってくれたらしい。

「浜辺さん、施設に行くのを嫌がっていたんですけど…身寄りもないし、ここは救急病院なので…こちらとしても仕方なかったんです。でもこれからどう接していいか…」看護師さんが困惑気味に教えてくれた。

容疑者の林の話から、彼女は隣町の児童養護施設で育った。生まれて間もない頃に施設の前に捨てられていたらしい。その後、高校を卒業して住み込みで製造工場で働いた。その時知り合った職場の同僚が殺人未遂で逮捕された林浩介だった。しばらくは2人で工場で働いていたのだが、林が他の職場に転職するのがきっかけに彼女も辞めて今の所に住み始めた。
最初は林も働いていたそうだが、そのうちに仕事を休むようになり、仕事を辞めてしまった。浜辺さんはお金の為にキャバクラで働くようになり、林は浜辺さんのお金でパチンコに行ったり、夜働いてる彼女に最初は申し訳ないと思いながらも女遊びもしていたようだ。そしてお金がなくなると暴力を振るった。そのため彼女は朝から夕方までパチンコ屋、夜はキャバクラと…大した睡眠も取らず働いた。彼女は精神的にも肉体的にも疲れていたんだろう。それなのにパチンコで負けただの、女と行くホテル代がないだのと…お金を搾り取られる。それでも行く当てのない彼女は仕方なく林と一緒に暮らしていたんだろう。どんなに苦しくても、どんなに辛くても…そう思うと胸が痛くなった。俺になにかできること…そう考えても俺にはどうすることもできなかった。ただ彼女を救いたい。彼女に笑って欲しい。その気持ちが恋と自覚するのには、そう時間はかからなかった。

警察官という職業柄、彼女ができても夜勤があるので連絡も途切れがちだ。そのうちに私のこと好きじゃないんでしょ。もっと一緒にいてくれる人がいいと離れていった。気がついたら俺は結婚もせず28歳になっていた。

それから休みや夜勤の前に彼女に会いに行った。最初は警察官として事情を聞くために、そのうちに上原蒼として会いに行った。

最初は警戒されていたが、だんだんと筆談で話ができるようになった。

〝お花ありがとう。今日のお花はなんて名前の花?〟

「今日はね。ポピーっていう春の花だよ。花言葉は「感謝」
俺は少しずつ彼女と筆談で会話ができるようになった。彼女がたまに微笑んでくれる姿が愛おしかった。


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