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契約

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「咲希ちゃん、どうして家出してきたのか理由を教えてくれない?それと施設を出てから今までどうしてたのか教えてくれないか?」
そう大ちゃんに言われてもう嘘ついても仕方がないと諦めた私は正直に今までのことを話した。高校を卒業してから寮付きのクラブで働いていた時にお客さんとして来た健吾さんと出会ったこと。夜の仕事が合わなくて仕事を辞めたかった私と、両親から結婚しろと言われていた健吾さんはお互いのために結婚したと思っていた。でも1年以上も前に書いた出されていない婚姻届の用紙を見てしまったこと。それと大ちゃんに会ったあの日、彼には何人ものセフレがいたことを知ってそのことに理解できずにいた私は彼の元から逃げてきたことを話した。

「所詮、親にも捨てられ施設で育った私が幸せになれるわけないのよ。子どもは欲しかったけどそういう行為すらしてないのにできるわけない。でもそんなことを知らない義理の両親は子どもができないのは私に問題があるって欠陥品のように言われていた。結局、何もせずに1年半もただ家政婦のように過ごしてただけなの。大ちゃんごめんね。私と出会ったせいで迷惑かけちゃって…治療費はお返しします。お父さん、お母さん、あゆちゃんにもよろしく伝えてね。私は1人で生きていけるから、もう大丈夫だから探さないでね」
そう口早に言って席を立ち荷物を取りに歩こうとしたら大ちゃんに抱きしめられた。

「えっ…?」
大ちゃんの大きな身体に包まれて思わず声に出てしまった。一瞬、安心した気持ちになったがすぐに身動いだ。大ちゃんは抱きしめる力を弱めて
「咲希ちゃんはここにいていいから」

「そんな迷惑はかけられません」

「じゃあ……契約しようか俺と」

「契約…ですか?」

「そう。この家で家政婦をしてくれないか?」

「家政婦ですか?」

「そう住み込みの」

「住み込み…」

「俺は基本的に朝はコーヒーだけ。昼は事務所で食べるかクライアントと会うこともあるからいらない。でも夜は家で食べることもあるけどいらない時は事前にいうから…それと…」

「大ちゃん待って…」
そんな急に言われても私は気になっているあゆちゃんも住んでるこの部屋に私がいていいわけないと思うのに大ちゃんは気にしてないのか…
「何?あぁもちろんお給料は払うよ。念のため契約書も…」

「そうじゃなくて…あゆちゃんが…」

「あゆみ?あゆみがどうかしたか?」

「あゆちゃんに悪いから…」

「なんで、あゆみが出てくるんだ」

「だってそうでしょ?夫婦の家に私がいるなんて」

「夫婦て誰と誰が?」

「大ちゃんとあゆちゃん…でしょ」
何を言ってるのかと思い胸の痛みを感じながらもそう言うと、大ちゃんは大声で笑い出した。

「何を勘違いしてるかと思ったら…」

「勘違いですか?」

「そう。俺とあゆみは結婚なんてしていない。いとこなんだ、だから小さい頃から会う機会が多かったから普通の人よりは距離が近いのかもしれないけどな。でもなんでそんな勘違いなんて」

「だって指輪が…」

「指輪?あぁ…アイツは結婚してるからな」
まさかのあゆちゃんと大ちゃんが夫婦じゃなくて、いとこだとわかったが、それだと違う問題が出てきた。
「そうだったの?じゃあ私がいたせいで旦那さんに迷惑かけてたんじゃ」

「それは大丈夫。そんな悲しそうな顔するな」

「でも…」

「これで、俺の家政婦になってもらうのは大丈夫だよな」

「でも…」

「まだ何かある?咲希ちゃんの希望は聞ける範囲で聞くよ」

「大ちゃんの彼女とか…連れて来れないじゃない…」   

「大丈夫。彼女はいないから。念のため契約書を作ろうか…パソコン持ってくるから」
そう言って大ちゃんは違う部屋に入って行った。しばらくすると
「お待たせ。じゃあ…」
そう言って作り始めた。流石に弁護士だからか、ちゃんと契約書なんて作成してくれている。でも本当にいいんだろうか?だって大ちゃんだってプライベートの時間もあるだろう。でも…そうか健吾さんと一緒で外で会う人がいるのかもしれない。私には昔から雲の上の存在の大ちゃんの家政婦になるんだからそれだけで幸せだと思わないと…だからなんとなく気づいた恋心に蓋を閉めなければこれから先、大ちゃんに本当の恋人ができた時に、健吾さんのときみたいに、いやそれ以上に自分が傷つくのがわかるから…だから…

「咲希ちゃん聞いてる?」

「え?」
大ちゃんが何か言ってたのかもしれないけど何も聞こえてなかった。
「公共料金は基本、引き落としだけど生活費や食費代は別で現金を渡すね。それと咲希ちゃんのお給料は月に20万円…安いのかもしれないな。家政婦雇ったことがないから相場がわからないんだ。これから調べるからそしたらその金額で…」

「そんなに大金…住まわせてもらうのにお給料なんて入りません」

「でも、食事の支度や掃除、洗濯全てお願いするんだよ」

「だって今までの生活と変わりないから…」

「それでも、これは契約だからね。咲希ちゃんに住んでもらう部屋には簡易のバスルームとトイレもついてるから好きに使って。今まで誰も使ってないから布団もカバーから出してないから案内するね」
大ちゃんは私の荷物を持って部屋を案内してくれた。

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