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月夜と王宮のマグノリア

第十三話

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 このままでは自分の想いが叶うまえに、ユエは王女と婚姻させられてしまう。いくら獣王の息子であろうと、王妃の決定に口を挟むわけにはいかない。

 カップを持つ手が小刻みに震え、それを悟られないよう平素をよそおうのが精一杯。心穏やかではないアンジェラスに、しかし王妃は気づくことなく話をふる。

「今朝のこと。国王にエレノアの結婚相手にユエはどうかしらとお勧めしたら、国王はアンジェラスが同意するなら構わないと言って下さったの」

「もちろんアンジェラスは快諾して下さるわよね」と、手を重ね合せるとそれを胸元で組み、アンジェラスの言葉を楽しそうに待つ。そのおもては同意されると疑ってはいない。

 朝の挨拶のとき王妃の機嫌がよかったのは、このことだったのかとアンジェラスは絶望した。とはいえ沈黙を貫くわけにはいかない。

 王妃はアンジェラスに言葉を求めている。それも色いい返事をだ。手のひらに汗がにじむのが分かるとそれを握りしめ、唾を呑み込み口をひらこうとした。

 けれど口のなかが渇きうまく声が出てこない。震える口唇を噛むと王妃に視線を向け、どうにか「ぼくは」と発したと同時に「畏れながら妃殿下」と背後より声が重なる。

「まだ私は結婚など考えておりません。近衛においては若輩、それ以外においても半人前の私が家庭を持つなど分不相応。身に余るほどの名誉あるお話ですが、お受けすることはできません」

 いつの間にかアンジェラスのそばに立つユエが、王妃の提案を丁重に断ったかと思えば、片ひざをつき深くこうべを垂れる。

 見れば腰に携えるサーベルを床に置き、王妃と王女にかしずあがないを待つかのようだ。

 ユエは誇り高き王宮騎士。王妃の考えを反故にする以上、自らのつるぎで審判を乞うつもりなのだ。けれど彼のおもては凪いる静けさで、怖れなど少しも滲み出てはいない。

 その様子を黙り見守っていた王妃は、扇で口許を隠すと表情を緩めて判決を下す。
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