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月夜と王宮のマグノリア

第九話

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 登城するとまず向かうのは両陛下の許。

 その日によっている場所は異なるため、先導する護衛兵につづき挨拶に伺う。ティグリスは国王が寛ぐティールームへ、アンジェラスは王妃が朝の散歩を楽しむ庭園へ。

 中庭へと出る回廊で立ち止まると、ふたりは別れの挨拶をする。ティグリスの大きな手がアンジェラスの頭に乗ると、それは優しく動いて愛情を示す。

 頭部に生えたアンジェラス自慢の虎耳をくすぐられ、けれど肩を竦めながらも目を細め気持ち良さそうに甘受する。

「ではアンジェ、今日を楽しむといい。粗相のないようにな」

「はい。パパもお仕事がんばってね。国王様によろしく」

「了解だ」

 兵とともにティールームに向かうティグリスを見送ると、アンジェラスもユエに先導され王妃の許へと急いだ。

 ティグリスの張る結界の恩恵を受け、王宮内の植物は葉も青く花は咲き乱れ、美しくのびやかに育っている。

 エンタシスの回廊を抜けると象牙色の大理石で造られた踊り場が広がり、更に先へとつづく大階段を下りて噴水が設えられた広場に向かう。

 色鮮やかなドレスで身を包み、レースや羽飾りのついた日傘をさすご夫人たちのなかに、ひと際豪華なドレスをまとう女性がいる。

 誰よりも大きなクリノリンでスカートを広げ、布地には宝石を縫いつけてあるのか陽光を浴びて輝いている。高潔なる貴婦人、グランディーの華。

 グラツィア・マリー・グランツ・グランディー。聖王都グランディーの王妃だ。

「おはようございます、王妃様。本日も美しく、ご機嫌麗しそうで何よりです」

「おはよう、アンジェラス。ありがとう。うふふ、そう思う?」

「ええ。なにか素敵なことでもあったのですか」

「そうなの。お茶のときにお話するわ」

「はい。楽しみにしています」

 宮廷においてアンジェラスのマナーは完ぺきだった。母親であるルーとは大違い。洗練された所作と物怖じしない態度、それに貴族らしい言葉づかいは女性たちに好評だとか。

 取り巻きのご夫人たちにも挨拶をすると、王妃の手を取り朝の散歩につき合う。

 貴族の女性とは噂が大の好物だ。笑顔を絶やすことなく、アンジェラスは王妃たちのゴシップに耳をかたむけ、時折り相づちを打っては情報を収集するのだ。

 それから後方をつかず離れず従うユエに視線を向け、そっと盗み見ることも忘れずに。
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