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4 理想の家族
第1話
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祖父も祖母も仕事が休みの週末だった。
祖父は仕事の他にも町内会やら理事やらと走り回っているので、こうしてのんびり家にいる日は珍しい。祖母もまたじっとしていない性分で自分の仕事の合間に趣味の習い事に勤しんでいたため、家に長くいるのは珍しい日だった。
「買い物に行きたいんじゃないのか? 車を出そうか」
祖母から聞いたのか、祖父が声をかけてくれた。向希にどうする?って視線を投げると
「いや、いいよ。土日は人が多いし、俺と有ちゃんなんて毎日暇なんだから、平日にでも行くよ。有ちゃんの買い物長そうだし」
「そりゃあせっかく行くんだもん」
「女の人の買い物は長いからな。じゃあ、何をするかな」
祖父はのんびりするのが苦手なのだろう。それか、私たちがいるから申し訳なく思うのか。
「囲碁でもする?」
向希が提案した。向ちゃん、囲碁なんて出来るの。じいさんだな。
「ああ、いいな」
祖父は地窓の横にしまってあった囲碁盤を重たそうに持ってきた。脚つきの碁盤はずっしりとした重量感がある。使い込んで来たからか飴色の艶が出ていた。
「私、囲碁なんて全くわからない。挟み将棋くらいしか」
「有ちゃん、それ将棋。将棋って自分で言ってるじゃん」
「あれ、じゃあ、将棋崩し?」
「それも将棋な」
「将棋倒し……」
「ドミノ遊びな。ついでにそれも将棋。有ちゃん、全然じゃん」
向希と私が言い合ってるのを祖父も笑って聞いていた。
「何で向ちゃんは囲碁なんて出来るの」
「じぃちゃんに教えてもらって、小学校からは習いにも行った」
「ええ、何それ。いいなあ。私全然習い事してな……」
言いかけて、まずいと気づいた。小学生の間、向希はここで過ごしていて、私は母と過ごしていたのだ。父が時々連れてきてくれたけど、今みたいに長く滞在することはなかった。母なりに頑張って育ててくれたが、習い事をたくさん出来るほど労力もお金なかった。それを言いつけるみたいで申し訳ない。
「えっと、珍しいね。小学生で囲碁なんてさ。地味だし、何にいいの?右脳?」
慌てて誤魔化したこと、向希も気づいたのか、すぐに私の言葉を拾ってくれた。
「一時期、プロになりたかったな」
「プロって、職業が囲碁を打つ人ってこと?」
「そうだよ」
「へえ」
全然ピンとこない。将棋の人はテレビで見たことあるけど。カチンというか、コツンというか将棋とは違う音を立てて碁石が盤に置かれていく。
木製の碁笥から一つ碁石をつまんでみると、手のひらにひんやりとした適度な重みを感じた。碁石って、本当に石なんだ。親指と人差し指で挟んで見る。オセロと違って、裏表で色が違うわけじゃないし、表面が平らでもないんだ。円盤状になっていて、盤に置くとぴったり安定せずに、ぐらぐらする。落としたら割れてしまいそうだから、そっと碁笥に戻した。
「でも、プロって、小学生が目指すにしては夢がないというか」
「……それはどうかな。トップになると年収は億だよ、もちろん」
「はぁ!」
思わず、碁笥に膝をぶつけてしまって、ガチャンと鳴った。向希がスッと私に何かを検索したタブレットを寄越した。
そこには、囲碁の国内棋戦、7大タイトルの賞金金額が書かれていた。
「ぎゃあ! ちょっと、向ちゃん! 何で止めちゃったのよ! 今からでも、今からでも!!」
「あっははは! な? 夢があるだろ? 凄い子は幼児からやってるし。10歳でプロになった子もいる。もう遅いよ。そもそも一握りだって。プロ野球だってそうだろ。もー、聞いた? 有ちゃんてこんなんだよ」
向希が祖父母に言いつけるみたいに話を振ったから、私は二人にも笑われてしまった。向希なら何にだってなれそうな気がする。
石が木に置かれる音が心地良い。なんとなく上級な雰囲気。祖父の指は年齢を重ねた分、節は高いがすらりと長く、格好いい。爪も縦長でピンクの爪に白い三日月が綺麗だ。中指と同じくらい薬指が長いんだ。
向希の手も男子かよってくらい綺麗だ。だけど、不思議と男の子ってわかる手なのは大きいからかな?私の手と比べてみるとやはり大きかった。向希は男の子だなぁ、当たり前のことを思う。二人の手がどちらも綺麗で微笑ましかった。私は碁石の音を聞きながらずっと二人の手を見ていた。
「本当にもう遅いのかな?」
さっきの賞金額が頭から離れなくて、つい言ってしまった。祖母が吹き出す。
「けど、有ちゃん、向ちゃんが稼いでも全部お嫁さんのものになるんじゃないの?」
と、何の気なしに言ったんだと思うけど、向希が碁盤からパッと顔を上げる。見据えられた目に知らず顔が熱くなった。向ちゃんが結婚なんて言うから。
「そうだね。そう。大丈夫!」
何が大丈夫なのかわからないけど、私は不覚にも顔が赤くなってしまった恥ずかしさをやり過ごすために喋り続けた。
「私も自分で稼ぐから。私の名前はね、職業運がいいの。すごいいいんだよ。庄司じゃなく……」
「有ちゃん、今、勝ちにいってるから、静かに」
向ちゃんの語尾を強めた口調に、とんでもないことを口走るところだったと口を噤んだ。はあ、ダメだな私は。静かに呼吸を整えた。大西でも、なんてここで口にしてはダメじゃないか。
いつの間にか祖母は席を立っていたし、祖父は向希の「勝ちに行く」という言葉に闘志を燃やしたのか無口になってしまい、私は静かに碁石が置かれる音を聞いていた。
見てもわからないから、雰囲気だけ味わっていた。
「あー……」
という向希の声と、祖父が相好を崩したのを見て祖父が勝ったのだというのがわかった。
祖父は仕事の他にも町内会やら理事やらと走り回っているので、こうしてのんびり家にいる日は珍しい。祖母もまたじっとしていない性分で自分の仕事の合間に趣味の習い事に勤しんでいたため、家に長くいるのは珍しい日だった。
「買い物に行きたいんじゃないのか? 車を出そうか」
祖母から聞いたのか、祖父が声をかけてくれた。向希にどうする?って視線を投げると
「いや、いいよ。土日は人が多いし、俺と有ちゃんなんて毎日暇なんだから、平日にでも行くよ。有ちゃんの買い物長そうだし」
「そりゃあせっかく行くんだもん」
「女の人の買い物は長いからな。じゃあ、何をするかな」
祖父はのんびりするのが苦手なのだろう。それか、私たちがいるから申し訳なく思うのか。
「囲碁でもする?」
向希が提案した。向ちゃん、囲碁なんて出来るの。じいさんだな。
「ああ、いいな」
祖父は地窓の横にしまってあった囲碁盤を重たそうに持ってきた。脚つきの碁盤はずっしりとした重量感がある。使い込んで来たからか飴色の艶が出ていた。
「私、囲碁なんて全くわからない。挟み将棋くらいしか」
「有ちゃん、それ将棋。将棋って自分で言ってるじゃん」
「あれ、じゃあ、将棋崩し?」
「それも将棋な」
「将棋倒し……」
「ドミノ遊びな。ついでにそれも将棋。有ちゃん、全然じゃん」
向希と私が言い合ってるのを祖父も笑って聞いていた。
「何で向ちゃんは囲碁なんて出来るの」
「じぃちゃんに教えてもらって、小学校からは習いにも行った」
「ええ、何それ。いいなあ。私全然習い事してな……」
言いかけて、まずいと気づいた。小学生の間、向希はここで過ごしていて、私は母と過ごしていたのだ。父が時々連れてきてくれたけど、今みたいに長く滞在することはなかった。母なりに頑張って育ててくれたが、習い事をたくさん出来るほど労力もお金なかった。それを言いつけるみたいで申し訳ない。
「えっと、珍しいね。小学生で囲碁なんてさ。地味だし、何にいいの?右脳?」
慌てて誤魔化したこと、向希も気づいたのか、すぐに私の言葉を拾ってくれた。
「一時期、プロになりたかったな」
「プロって、職業が囲碁を打つ人ってこと?」
「そうだよ」
「へえ」
全然ピンとこない。将棋の人はテレビで見たことあるけど。カチンというか、コツンというか将棋とは違う音を立てて碁石が盤に置かれていく。
木製の碁笥から一つ碁石をつまんでみると、手のひらにひんやりとした適度な重みを感じた。碁石って、本当に石なんだ。親指と人差し指で挟んで見る。オセロと違って、裏表で色が違うわけじゃないし、表面が平らでもないんだ。円盤状になっていて、盤に置くとぴったり安定せずに、ぐらぐらする。落としたら割れてしまいそうだから、そっと碁笥に戻した。
「でも、プロって、小学生が目指すにしては夢がないというか」
「……それはどうかな。トップになると年収は億だよ、もちろん」
「はぁ!」
思わず、碁笥に膝をぶつけてしまって、ガチャンと鳴った。向希がスッと私に何かを検索したタブレットを寄越した。
そこには、囲碁の国内棋戦、7大タイトルの賞金金額が書かれていた。
「ぎゃあ! ちょっと、向ちゃん! 何で止めちゃったのよ! 今からでも、今からでも!!」
「あっははは! な? 夢があるだろ? 凄い子は幼児からやってるし。10歳でプロになった子もいる。もう遅いよ。そもそも一握りだって。プロ野球だってそうだろ。もー、聞いた? 有ちゃんてこんなんだよ」
向希が祖父母に言いつけるみたいに話を振ったから、私は二人にも笑われてしまった。向希なら何にだってなれそうな気がする。
石が木に置かれる音が心地良い。なんとなく上級な雰囲気。祖父の指は年齢を重ねた分、節は高いがすらりと長く、格好いい。爪も縦長でピンクの爪に白い三日月が綺麗だ。中指と同じくらい薬指が長いんだ。
向希の手も男子かよってくらい綺麗だ。だけど、不思議と男の子ってわかる手なのは大きいからかな?私の手と比べてみるとやはり大きかった。向希は男の子だなぁ、当たり前のことを思う。二人の手がどちらも綺麗で微笑ましかった。私は碁石の音を聞きながらずっと二人の手を見ていた。
「本当にもう遅いのかな?」
さっきの賞金額が頭から離れなくて、つい言ってしまった。祖母が吹き出す。
「けど、有ちゃん、向ちゃんが稼いでも全部お嫁さんのものになるんじゃないの?」
と、何の気なしに言ったんだと思うけど、向希が碁盤からパッと顔を上げる。見据えられた目に知らず顔が熱くなった。向ちゃんが結婚なんて言うから。
「そうだね。そう。大丈夫!」
何が大丈夫なのかわからないけど、私は不覚にも顔が赤くなってしまった恥ずかしさをやり過ごすために喋り続けた。
「私も自分で稼ぐから。私の名前はね、職業運がいいの。すごいいいんだよ。庄司じゃなく……」
「有ちゃん、今、勝ちにいってるから、静かに」
向ちゃんの語尾を強めた口調に、とんでもないことを口走るところだったと口を噤んだ。はあ、ダメだな私は。静かに呼吸を整えた。大西でも、なんてここで口にしてはダメじゃないか。
いつの間にか祖母は席を立っていたし、祖父は向希の「勝ちに行く」という言葉に闘志を燃やしたのか無口になってしまい、私は静かに碁石が置かれる音を聞いていた。
見てもわからないから、雰囲気だけ味わっていた。
「あー……」
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