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第一章

第4話「カナカナ山」

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 俺は気が付くと、次の停留所でバスを降りていた。
 よく周りから「後先、考えないところがある」と注意されることがある。
 
 要はせっかちなのだ。

 問題を、落ち着いてじっくり熟孝することが出来ない。早く問題を解決しないと、イライラして落ち着かない。

 バスを勢いで降りてしまい、またやってしまったと後悔したが、やってしまったことは仕方がない。

 今考えれば、スマホの電波が安定しない、ど田舎といっても、駅に戻って有線の電話を借り、祖父母の家に連絡して、最悪車で迎えにきてもらう方法もあったのだが、その時の俺にはその考えが、完全に頭から欠落してしまっていた。

 というか、自分は三半規管さんはんきかんが弱いのか、より小さい車だと乗り物酔いが酷く、普段から「車で移動」という発想が元々欠落しがちだ。
 
 それに、あのデカリュック少年のことで、もう頭がいっぱいだった。

 俺は足早に、再び駅まで徒歩で戻ることにした。

***

 駅に戻ってきたはいいが、当然もうあの少年は見当たらない。
 だが一本道だ。俺は少年が歩いて行った方へ、走り出した。

***

 う……道が分かれてる。どっちに行こう?
 
 俺は何となく直感で、左側の道を選んで歩き出した。
 
 だがいつまで経っても、リュックの少年は見つからなかった。

 後、五分歩いて見つからなかったら、駅に戻ろうと思っていた時、前方に、見知った大きなリュックが視界に入った。


 あいつだ……見つけた!


 俺の心に、謎の安堵が押し寄せた。

 少年は時折、腕時計を確認しながら、手元に持った地図を、睨みつけて突っ立っている。

 何、やってるんだろう?

 少年は俺の気配に気が付いたようで、顔を上げた。そのまま山の中に入って行こうとした。

「おい! ちょっと待てよ!」

 少年はおもむろに振り返った。

 ほっとした俺は、再び口を開いた。

「こんなところに何か用? もしかして迷子? だったら……」

「……」

 少年は怪訝そうに俺を睨むと、再び歩き出してしまった。

 ――また無視かよ!

 俺も何でこんなやつのこと、気にしてるんだろう?

 俺らしくもない……。

 どうだっていいじゃん、あんなガキ。
 
 じきに陽が暮れる。
 もういい加減、駅に戻って、バスを待った方がいい。

 でも……。

 いくら赤の他人だといっても、このままこんな小さな子を放って置くのは、人としてどうなのか? と俺はちょっと考えた。

 それに、少年が何者なのか、どこへ行こうとしているのか、知りたくなったという気持ちもあった。

……好奇心……

 自分で言うのも何だが、本来面倒ごとには首を突っ込まない主義だ。

 通知表でも『もう少し積極的になりましょう』とか『協調性が足りません』とか書かれるくらいだし。

 だからそんな感情が、自分の中にあったなんて、ちょっと驚いた。

 俺はそのまま、山の中に消えて行く少年を急いで追った。

 少年の足が思ったより早かったので、しばらく無言の追いかけっこが続いたが、ついに少年は振り向いた。

「……何か用? 電車に乗ってた人だよね?」


――なんだよ、ちゃんと喋れるじゃん!

 俺は返事が返ってきただけのことに、ただただ感動してしまって、しばらく呆けていた。体感十秒くらいだろうか? いや、もっと長かったかもしれない。

 俺は我に返り、会話を途切れさせたくなくて、慌てて次を続けた。

「山の中に入って、何する気なわけ? この辺りに民家なんてないだろ? お前もしかして家出少年か?」

 俺が一気にまくし立てると、明らかにムカッとした顔になって、少年は捨て台詞を吐いた。

「お前に関係ないだろ! 着いてくんな!」

「関係ないかもしれないけど……っておい! お前、一人なんじゃないのか? もう暗くなるし、危ないぞ!」

 少年は俺の言葉なんか聞かずに、スタコラ先を行ってしまう……。

 家出少年決定⁉︎


……でも、警戒されてるし、本人すごく嫌がってるし。

 俺は人としての最低限の責務は、果たしたよな? 一応、声はかけたし。自分だって子供だし。この先を進むのは気が引けた。

 それに、薄暗くなってきた森の中は、もの凄く不気味に見えた。

 薄暗い森を怖いと思う本能的恐怖と、このままあの子を放っておいていいのかという理性が、俺の中で渦巻いていた。


つづく
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