89 / 95
現世と幽世
第89話「白熊になった理由」
しおりを挟む
「どういうこと」
心乃香は目を瞬かせた。斗哉の魂も、クロの周りを飛び回る。
「ここにきて、何年も経った気でいたけど、幽世には本来時間の概念はない。ただ斗哉が魂の尾を切っちゃったら、魂と肉体が分離してるのは確かだ」
『オレの肉体は死んじゃったってことだろう』
クロはニヤリと悪戯っぽく微笑んだ。
「そこでボクの能力だ」
***
「ボクの能力覚えてる? 『時間を戻す力』だ。斗哉が尾を切る前まで、尾の時間を戻す。それならまだ本体は無事かもしれない」
『無事かもしれないって、どういうことだ』
「ここから現世に戻るまで時間がかかる。現世の時の流れは分からないし、現世で夜が明けていたら、アウトだ」
「アウトって何?」
十三日の儀式を知らない心乃香はクロに尋ねた。
「ボクの能力は夜しか使えない。夜が明ければボクの力も消えて、斗哉の魂は本体には戻れない」
「なんであんたたち、そんな危ないことするのよっ」
心乃香は、怒りと諦めの溜め息を再び吐いた。
「心乃香と、どうしてももう一度会いたかったからだよ」
クロは穏やかに、だけど悪戯っ子のようにはにかんだ。
***
「尾の時間を戻したら、再び斗哉の魂はボクの体に入る。ボクの魂の炎で現世まで導くよ。だけど……心乃香、本当に大丈夫?」
「大丈夫も何も、船もないんだし、私が岸まで泳ぐしかないでしょ。白熊舐めないでよ。白熊は時速十キロ近くで、百キロは泳ぎ続けられるらしいわよ」
『如月って人間の頃、泳ぐの得意だったのか』
「いや、まったく」
白熊になって気の大きくなっている心乃香を見つめた後、斗哉とクロは目を合わせた。
「にしても、なんで私白熊になっちゃったんだろ。現世に戻ってもこのままなのかしら。だったらかなり困るわね」
確かにそれは困ると斗哉もクロも同意した。どんな姿だろうが心乃香は心乃香だが、現世でも白熊のままだったとしたら、さらなる問題が山積みとなるだろう。
「心乃香、白熊になった心当たりは? 生前好きだったとか」
「いや別に。大きいものって偉そうで嫌いだし。でも白熊って地上最強の動物じゃない? そういうものに無意識に憧れていたのかもしれないわね」
そう呟きながら、心乃香は悟ったように天を仰いだ。普通の女子中学生はあまり白熊に憧れはしないだろうが、そんなところが心乃香っぽいなと、斗哉は少し可笑しくなりはにかんだ。
***
「いっくよー」
クロが叫ぶと斗哉の魂がクロの本体に戻り、再び細い尾が現れた。現世の斗哉の肉体と繋がる尾だ。逆にクロの魂の炎は、クロの本体から飛び出した。心乃香はクロの体を両手で掴んで、自分の頭に乗せると、のそのそと三途の川に向かって二足歩行で走り出した。魂の炎になったクロがそれを先導する。
人間の頃、泳げなかった心乃香は一瞬たじろいだが、白熊の力を信じて水面に足を入れ、そのままゆっくり水の中に浸かり、手と足をかいて、ゆるゆるとなんとか泳ぎ出した。
つづく
心乃香は目を瞬かせた。斗哉の魂も、クロの周りを飛び回る。
「ここにきて、何年も経った気でいたけど、幽世には本来時間の概念はない。ただ斗哉が魂の尾を切っちゃったら、魂と肉体が分離してるのは確かだ」
『オレの肉体は死んじゃったってことだろう』
クロはニヤリと悪戯っぽく微笑んだ。
「そこでボクの能力だ」
***
「ボクの能力覚えてる? 『時間を戻す力』だ。斗哉が尾を切る前まで、尾の時間を戻す。それならまだ本体は無事かもしれない」
『無事かもしれないって、どういうことだ』
「ここから現世に戻るまで時間がかかる。現世の時の流れは分からないし、現世で夜が明けていたら、アウトだ」
「アウトって何?」
十三日の儀式を知らない心乃香はクロに尋ねた。
「ボクの能力は夜しか使えない。夜が明ければボクの力も消えて、斗哉の魂は本体には戻れない」
「なんであんたたち、そんな危ないことするのよっ」
心乃香は、怒りと諦めの溜め息を再び吐いた。
「心乃香と、どうしてももう一度会いたかったからだよ」
クロは穏やかに、だけど悪戯っ子のようにはにかんだ。
***
「尾の時間を戻したら、再び斗哉の魂はボクの体に入る。ボクの魂の炎で現世まで導くよ。だけど……心乃香、本当に大丈夫?」
「大丈夫も何も、船もないんだし、私が岸まで泳ぐしかないでしょ。白熊舐めないでよ。白熊は時速十キロ近くで、百キロは泳ぎ続けられるらしいわよ」
『如月って人間の頃、泳ぐの得意だったのか』
「いや、まったく」
白熊になって気の大きくなっている心乃香を見つめた後、斗哉とクロは目を合わせた。
「にしても、なんで私白熊になっちゃったんだろ。現世に戻ってもこのままなのかしら。だったらかなり困るわね」
確かにそれは困ると斗哉もクロも同意した。どんな姿だろうが心乃香は心乃香だが、現世でも白熊のままだったとしたら、さらなる問題が山積みとなるだろう。
「心乃香、白熊になった心当たりは? 生前好きだったとか」
「いや別に。大きいものって偉そうで嫌いだし。でも白熊って地上最強の動物じゃない? そういうものに無意識に憧れていたのかもしれないわね」
そう呟きながら、心乃香は悟ったように天を仰いだ。普通の女子中学生はあまり白熊に憧れはしないだろうが、そんなところが心乃香っぽいなと、斗哉は少し可笑しくなりはにかんだ。
***
「いっくよー」
クロが叫ぶと斗哉の魂がクロの本体に戻り、再び細い尾が現れた。現世の斗哉の肉体と繋がる尾だ。逆にクロの魂の炎は、クロの本体から飛び出した。心乃香はクロの体を両手で掴んで、自分の頭に乗せると、のそのそと三途の川に向かって二足歩行で走り出した。魂の炎になったクロがそれを先導する。
人間の頃、泳げなかった心乃香は一瞬たじろいだが、白熊の力を信じて水面に足を入れ、そのままゆっくり水の中に浸かり、手と足をかいて、ゆるゆるとなんとか泳ぎ出した。
つづく
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる