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現世と幽世
第87話「言い争い」
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その声は低くしゃがれていて、生前の心乃香のものとは似ても似つかない。でも斗哉はその声に懐かしさを覚え、涙が溢れそうになった。
『如月? やっぱり如月なのか、オレのこと覚えてるのかっ』
斗哉は透けかけた魂の姿のまま、白熊の頭の周りを勢いよく飛び回った。
「……キサ、ラギ?」
しどろもどろその言葉を口にする白熊を見て、クロもたまらず白熊に向かって叫んだ。
「そうだよ、心乃香! キミはキサラギコノカだよっ、思い出してっ」
「キサラギコノカ……」
名前というのはその者を縛る呪い。と同時に、世界に存在を示すもっとも強い証なのだ。白熊は自分の掌を覗き込み、ググッと見つめている。何かを思い出そうとするように。次の瞬間、白熊は目を瞬かせた。
「わたし……ここは、どこ?」
***
「私、なんで白熊に?」
白熊の姿になった心乃香は、近場の水面に自分の姿を映して溜め息を吐いた。その気落ちした大きく丸い後ろ姿に、どう声を掛けたらいいか分からず、斗哉とクロは黙って見つめていた。
無理もない。女子中学生だったのに気がついたら白熊になっていたのだ。心乃香の今の心情を考えると、どんな慰めの言葉も虚しく響くだろう。
「まあ、なっちゃったものは仕方ないわ。それより」
『えっ』
白熊になることが仕方ないと割り切っただけでなく、それよりと続けることがあるだろうかと、斗哉とクロは心乃香の言動に度肝を抜かれた。
『なっちゃったものは仕方ないって、お前……』
「だってしょうがないじゃない。私、大抵のことは諦められるの。それよりも、ここってあの世なのよね? クロはともかく、八神、あんたどうしてこんなところにいるのよ」
『諦められるって……如月のこと迎えに来たんだ』
その斗哉の言葉を聞いて、心乃香はあからさまに眉を顰めた。
「は? ここって、生きた人間は来られないんじゃないの? なのになんで……あんたまさかっ」
白熊の巨体で、心乃香は斗哉の魂に詰め寄った。
「死んじゃったんじゃないでしょうね!」
斗哉は何も言い返せなかった。現世で死んだわけではないが、魂の尾を切って、今はそうなったも同然だったからだ。察しの良い心乃香は斗哉を睨みつけてさらに叫んだ。
「まさか、あんた私を追って、そんな姿になったんじゃないでしょうね! 頼んでないでしょ、そんなことっ。迷惑なの、本当にあんたのそう言う身勝手なところ大っ嫌いっ」
次には心乃香は、クロを睨んで捲し立てた。
「クロ、この馬鹿を早く連れて帰って。こんなことをしてもらうために、代償を肩代わりしたんじゃないっ。あんたならまだなんとかできるでしょ」
クロは心乃香のあまりの迫力に縮みこまった。元々気性の荒いところがある少女だったが、姿が大きな白熊となった今、その迫力は凄まじい。
『何言ってるんだ、オレは戻らないぞ。戻る時は如月を連れ帰る時だけだっ』
「はっ? 馬鹿じゃないの! それじゃ代償を肩代わりした意味がないでしょっ。だいたいあんたが……」
半分透けた魂と白熊のやり取りは、その後何時間も、何日も、何年も続いた。
つづく
『如月? やっぱり如月なのか、オレのこと覚えてるのかっ』
斗哉は透けかけた魂の姿のまま、白熊の頭の周りを勢いよく飛び回った。
「……キサ、ラギ?」
しどろもどろその言葉を口にする白熊を見て、クロもたまらず白熊に向かって叫んだ。
「そうだよ、心乃香! キミはキサラギコノカだよっ、思い出してっ」
「キサラギコノカ……」
名前というのはその者を縛る呪い。と同時に、世界に存在を示すもっとも強い証なのだ。白熊は自分の掌を覗き込み、ググッと見つめている。何かを思い出そうとするように。次の瞬間、白熊は目を瞬かせた。
「わたし……ここは、どこ?」
***
「私、なんで白熊に?」
白熊の姿になった心乃香は、近場の水面に自分の姿を映して溜め息を吐いた。その気落ちした大きく丸い後ろ姿に、どう声を掛けたらいいか分からず、斗哉とクロは黙って見つめていた。
無理もない。女子中学生だったのに気がついたら白熊になっていたのだ。心乃香の今の心情を考えると、どんな慰めの言葉も虚しく響くだろう。
「まあ、なっちゃったものは仕方ないわ。それより」
『えっ』
白熊になることが仕方ないと割り切っただけでなく、それよりと続けることがあるだろうかと、斗哉とクロは心乃香の言動に度肝を抜かれた。
『なっちゃったものは仕方ないって、お前……』
「だってしょうがないじゃない。私、大抵のことは諦められるの。それよりも、ここってあの世なのよね? クロはともかく、八神、あんたどうしてこんなところにいるのよ」
『諦められるって……如月のこと迎えに来たんだ』
その斗哉の言葉を聞いて、心乃香はあからさまに眉を顰めた。
「は? ここって、生きた人間は来られないんじゃないの? なのになんで……あんたまさかっ」
白熊の巨体で、心乃香は斗哉の魂に詰め寄った。
「死んじゃったんじゃないでしょうね!」
斗哉は何も言い返せなかった。現世で死んだわけではないが、魂の尾を切って、今はそうなったも同然だったからだ。察しの良い心乃香は斗哉を睨みつけてさらに叫んだ。
「まさか、あんた私を追って、そんな姿になったんじゃないでしょうね! 頼んでないでしょ、そんなことっ。迷惑なの、本当にあんたのそう言う身勝手なところ大っ嫌いっ」
次には心乃香は、クロを睨んで捲し立てた。
「クロ、この馬鹿を早く連れて帰って。こんなことをしてもらうために、代償を肩代わりしたんじゃないっ。あんたならまだなんとかできるでしょ」
クロは心乃香のあまりの迫力に縮みこまった。元々気性の荒いところがある少女だったが、姿が大きな白熊となった今、その迫力は凄まじい。
『何言ってるんだ、オレは戻らないぞ。戻る時は如月を連れ帰る時だけだっ』
「はっ? 馬鹿じゃないの! それじゃ代償を肩代わりした意味がないでしょっ。だいたいあんたが……」
半分透けた魂と白熊のやり取りは、その後何時間も、何日も、何年も続いた。
つづく
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