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3rd round after

第79話「三周目〜十三日〜」

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 もう少しで正円を描きそうな青白い月が、濃紺の空に輝いていた。少し乾いたひんやりした空気が、古いお堂の周りを包んでいる。黒猫はお堂の扉前のえんにちょこんと座っていた。

「本当に来たんだ?」
「当たり前だろっ」

 斗哉はぎりっと黒猫を睨みつけた。

「一つ聞いておきたいんだけど、何でそんなに彼女と会いたいの?」

 今更ながらのその問いに、斗哉は目を丸くした。

「正直言うと、幽世に渡れるかもしれないけど、心乃香が見つかるか分からない。それに……」

 黒猫はエメラルドグリーンの瞳を床に落とした。

「日の出までにこっちに戻れないと、魂の抜けた体は耐えられない。実質死ぬことになる」

 斗哉は素直にうんと頷いた。黒猫はちょっと呆れたように微笑んだ。

「そんなに好きなんだ?」

 斗哉はその問いに目を瞬かせた。一時空を見つめて何かを思案していた。

「そう……だと思う」
「はじめ会った時、あんなに嫌ってたじゃん」
「そう、なんだけどさ」

 斗哉は心乃香との今までのことを思い出した。彼女と過ごした時間は数日だった。はじめはなんとも思ってなかった。次には大嫌いになっていた。でも彼女に消えられた時、透けるような虚無感と罪悪感が生まれた。彼女が戻ってきた時は、本当にホッとした。あの憎まれ口さえ心地良かった。まったく違う考えの彼女に興味が湧いた。彼女の強さに何度も救われた。そして気が付いたら――

「今度はオレが助ける」

 黒猫は、はあっと深く溜め息をついた。

「それで命かけるって言うんだから、恋ほど恐ろしい呪いはないね」

 黒猫はポンポンと床を叩いた。

「ここに横になって。夜明けまでに心乃香を見つけられなかったら、アウトだから。それだけは肝に銘じて」
「絶対に見つける」

 斗哉は意を決し、黒猫の指示通りお堂の扉前の縁に横になった。屋根裏の細かな向背こうはいが目に入った。

「目を閉じて……」

 斗哉は言われるがままゆっくり瞼を閉じた。黒猫は斗哉の額に自分の額をあてがった。

つづく
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