78 / 95
3rd round after
第78話「三周目〜生前の記憶〜」
しおりを挟む
「怪我してるわね、こっちにいらっしゃい。怖がらなくていいのよ。手当してあげるわ」
ニンゲンなんか信じない。僕に近づくなっ。
***
「だいぶ良くなったわね。もう動けるの? でも無理しちゃだめよ」
無理なんかしてないっ。僕は元々平気なんだっ。強いんだ!
***
「あなた黒い毛並みが本当にかっこいいわね。撫でさせてくれる?」
わわっ。勝手に撫でるな!
***
「あなたの名前を考えたの。名無し猫じゃ味気ないでしょ。政宗なんて、どう? かっこいい名前でしょ。戦国武将の名前なのよ」
名前なんかいらないよ。そんなものいらないんだ。
***
「すっかり元気ね。行っちゃうのね。またいつでも遊びに来てね」
……。もう来ない。二度と来ない。二度と会いになんかくるもんかっ。
そしてもう、二度と彼女に会うことはなかった。
***
「……嘘だよ。本当はもう一度会いたかった」
「えっ」
脈略のない黒猫の言葉に、斗哉は目を見張った。
「あの時お前を助けたのは、単なる気まぐれだよ。神は気まぐれなんだ」
「神じゃないだろ」
「でも祟り神だ」
黒猫は太々しく顔を歪ませ微笑んだ。
「だって石階段から転げ落ちて死ぬなんて、あまりに惨めだったからさ」
「はっ?」
「車に轢かれてあっけなく死んだ、ボクにそっくりだ」
そう告げてきた黒猫の瞳は、斗哉には切なさと優しさに満ちているように感じられた。
「マサムネ、お前も諦めたくなかったんじゃないか。だからオレを助けてくれたんじゃないのか」
黒猫はなにも答えない。ただじっと斗哉を見つめていた。
「お前に救ってもらった命、無駄にしたくない。如月を絶対諦めたくない。お願いだ、協力してくれ」
黒猫はしばらく虚空を見つめ、じっと考えごとをしているようだった。ふうっと深呼吸する。
「分かった。今はもう、無力な猫じゃない。無力なお前の力になってやるよ」
***
「十三日だ」
黒猫の言葉に斗哉は首を傾げた。
「この神社では十三日は特別な日なんだ。前の祭りの時もそうだったろ」
忘れもしない。斗哉は夏の祭りのあった七月十三日のことを思い出した。
「屋台なんかが出る表向きの祭りは第二、第三週目の土日なんかにやってみるみたいだけど、この神社の神気がもっとも高くなるのは十三日らしい」
「その十三日が、なんだよ」
斗哉は話が見えず、眉間に皺を寄せた。
「現世での神社の神気が高くなって、ほんのちょっと神域に近くなるらしいんだ。神域に近くなるってことは、幽世に性質が近くなるってことだよ」
得意げにふふんと黒猫は鼻を鳴らす。だが斗哉は腑に落ちなかった。
「らしいって、なんだ」
「らしいはらしいだよ。前、出雲で見た文献にそんなこと書いてあったってだけ」
「お前わりと、あの時ちゃんと調べてたんだな。以後呑んだくれてたけど」
「呑んだくれは余計なんだよっ」
斗哉は素直に黒猫の努力に感心したが、黒猫は不満そうに斗哉を威嚇した。
「十三日ならお前でも神道に入れるかもしれない。一回お前たち、出雲の神域にも入れたし」
「あれは白が呼んでくれたから……」
「その役をボクがやってやる。でも幽世のどこに心乃香がいるか分からないし、本来、普通の人間はそこに入れない」
人は入れない? どういうことだと斗哉は息を呑んだ。
「人の入れ物のままでは、現世から出られない。ボクの体を貸してやるよ。本当はすごーく嫌だけどっ」
体を貸す? どういうことだと斗哉ますます混乱した。
「ボクの体なら現世のものではないし、お前の魂が入っても、現世から出られるかもしれない。ただ……」
「ただ?」
「お前の体から魂が抜けることになる。死んだことになる。長時間経つと完全に戻らなくなるだろう。そのまま永久にあの世行きだ」
ハハッと渇いた笑い声を黒猫はあげた。笑いごとではないと斗哉は身震いした。
「死ぬ覚悟があるなら、十三日の深夜にここに来い。ボクの力が発揮できるのは、夜だけだ」
「……分かった、やる」
斗哉はゆっくりと頷いた。
「いい覚悟じゃん。あの時の心乃香とそっくりだ」
「あの時って、なんだ」
斗哉は思い当たらず黒猫に問いかけた、
「お前の代償をはじめに支払った時だよ。なんの躊躇もなく、潔かったよ」
斗哉はその彼女の強さに、脱帽する思いだった。敵わないなとフッと口から笑みが溢れた。それにしても――
「お前なんで如月のこと、下の名前で呼んでるわけ、すげームカつく」
黒猫は目をぱちくりと瞬かせた。
「ちっちゃい男だなお前……」
「お前じゃなくて、斗哉だよ」
今度は黒猫は斗哉の主張に、げんなりと肩を落とした。ふうっと息を吐くと黒猫は首を傾げた。
「ボクもお前じゃない。クロ様って呼べっ」
つづく
ニンゲンなんか信じない。僕に近づくなっ。
***
「だいぶ良くなったわね。もう動けるの? でも無理しちゃだめよ」
無理なんかしてないっ。僕は元々平気なんだっ。強いんだ!
***
「あなた黒い毛並みが本当にかっこいいわね。撫でさせてくれる?」
わわっ。勝手に撫でるな!
***
「あなたの名前を考えたの。名無し猫じゃ味気ないでしょ。政宗なんて、どう? かっこいい名前でしょ。戦国武将の名前なのよ」
名前なんかいらないよ。そんなものいらないんだ。
***
「すっかり元気ね。行っちゃうのね。またいつでも遊びに来てね」
……。もう来ない。二度と来ない。二度と会いになんかくるもんかっ。
そしてもう、二度と彼女に会うことはなかった。
***
「……嘘だよ。本当はもう一度会いたかった」
「えっ」
脈略のない黒猫の言葉に、斗哉は目を見張った。
「あの時お前を助けたのは、単なる気まぐれだよ。神は気まぐれなんだ」
「神じゃないだろ」
「でも祟り神だ」
黒猫は太々しく顔を歪ませ微笑んだ。
「だって石階段から転げ落ちて死ぬなんて、あまりに惨めだったからさ」
「はっ?」
「車に轢かれてあっけなく死んだ、ボクにそっくりだ」
そう告げてきた黒猫の瞳は、斗哉には切なさと優しさに満ちているように感じられた。
「マサムネ、お前も諦めたくなかったんじゃないか。だからオレを助けてくれたんじゃないのか」
黒猫はなにも答えない。ただじっと斗哉を見つめていた。
「お前に救ってもらった命、無駄にしたくない。如月を絶対諦めたくない。お願いだ、協力してくれ」
黒猫はしばらく虚空を見つめ、じっと考えごとをしているようだった。ふうっと深呼吸する。
「分かった。今はもう、無力な猫じゃない。無力なお前の力になってやるよ」
***
「十三日だ」
黒猫の言葉に斗哉は首を傾げた。
「この神社では十三日は特別な日なんだ。前の祭りの時もそうだったろ」
忘れもしない。斗哉は夏の祭りのあった七月十三日のことを思い出した。
「屋台なんかが出る表向きの祭りは第二、第三週目の土日なんかにやってみるみたいだけど、この神社の神気がもっとも高くなるのは十三日らしい」
「その十三日が、なんだよ」
斗哉は話が見えず、眉間に皺を寄せた。
「現世での神社の神気が高くなって、ほんのちょっと神域に近くなるらしいんだ。神域に近くなるってことは、幽世に性質が近くなるってことだよ」
得意げにふふんと黒猫は鼻を鳴らす。だが斗哉は腑に落ちなかった。
「らしいって、なんだ」
「らしいはらしいだよ。前、出雲で見た文献にそんなこと書いてあったってだけ」
「お前わりと、あの時ちゃんと調べてたんだな。以後呑んだくれてたけど」
「呑んだくれは余計なんだよっ」
斗哉は素直に黒猫の努力に感心したが、黒猫は不満そうに斗哉を威嚇した。
「十三日ならお前でも神道に入れるかもしれない。一回お前たち、出雲の神域にも入れたし」
「あれは白が呼んでくれたから……」
「その役をボクがやってやる。でも幽世のどこに心乃香がいるか分からないし、本来、普通の人間はそこに入れない」
人は入れない? どういうことだと斗哉は息を呑んだ。
「人の入れ物のままでは、現世から出られない。ボクの体を貸してやるよ。本当はすごーく嫌だけどっ」
体を貸す? どういうことだと斗哉ますます混乱した。
「ボクの体なら現世のものではないし、お前の魂が入っても、現世から出られるかもしれない。ただ……」
「ただ?」
「お前の体から魂が抜けることになる。死んだことになる。長時間経つと完全に戻らなくなるだろう。そのまま永久にあの世行きだ」
ハハッと渇いた笑い声を黒猫はあげた。笑いごとではないと斗哉は身震いした。
「死ぬ覚悟があるなら、十三日の深夜にここに来い。ボクの力が発揮できるのは、夜だけだ」
「……分かった、やる」
斗哉はゆっくりと頷いた。
「いい覚悟じゃん。あの時の心乃香とそっくりだ」
「あの時って、なんだ」
斗哉は思い当たらず黒猫に問いかけた、
「お前の代償をはじめに支払った時だよ。なんの躊躇もなく、潔かったよ」
斗哉はその彼女の強さに、脱帽する思いだった。敵わないなとフッと口から笑みが溢れた。それにしても――
「お前なんで如月のこと、下の名前で呼んでるわけ、すげームカつく」
黒猫は目をぱちくりと瞬かせた。
「ちっちゃい男だなお前……」
「お前じゃなくて、斗哉だよ」
今度は黒猫は斗哉の主張に、げんなりと肩を落とした。ふうっと息を吐くと黒猫は首を傾げた。
「ボクもお前じゃない。クロ様って呼べっ」
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる