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3rd round after

第78話「三周目〜生前の記憶〜」

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「怪我してるわね、こっちにいらっしゃい。怖がらなくていいのよ。手当してあげるわ」

 ニンゲンなんか信じない。僕に近づくなっ。

***

「だいぶ良くなったわね。もう動けるの? でも無理しちゃだめよ」

 無理なんかしてないっ。僕は元々平気なんだっ。強いんだ!

***

「あなた黒い毛並みが本当にかっこいいわね。撫でさせてくれる?」

 わわっ。勝手に撫でるな!

***

「あなたの名前を考えたの。名無し猫じゃ味気ないでしょ。政宗なんて、どう? かっこいい名前でしょ。戦国武将の名前なのよ」

 名前なんかいらないよ。そんなものいらないんだ。

***

「すっかり元気ね。行っちゃうのね。またいつでも遊びに来てね」

 ……。もう来ない。二度と来ない。二度と会いになんかくるもんかっ。

 そしてもう、二度と彼女に会うことはなかった。

***

「……嘘だよ。本当はもう一度会いたかった」
「えっ」

 脈略のない黒猫の言葉に、斗哉は目を見張った。

「あの時お前を助けたのは、単なる気まぐれだよ。神は気まぐれなんだ」
「神じゃないだろ」
「でも祟り神だ」

 黒猫は太々しく顔を歪ませ微笑んだ。

「だって石階段から転げ落ちて死ぬなんて、あまりに惨めだったからさ」
「はっ?」
「車に轢かれてあっけなく死んだ、ボクにそっくりだ」

 そう告げてきた黒猫の瞳は、斗哉には切なさと優しさに満ちているように感じられた。

「マサムネ、お前も諦めたくなかったんじゃないか。だからオレを助けてくれたんじゃないのか」

 黒猫はなにも答えない。ただじっと斗哉を見つめていた。

「お前に救ってもらった命、無駄にしたくない。如月を絶対諦めたくない。お願いだ、協力してくれ」

 黒猫はしばらく虚空を見つめ、じっと考えごとをしているようだった。ふうっと深呼吸する。

「分かった。今はもう、無力な猫じゃない。無力なお前の力になってやるよ」

***

「十三日だ」

 黒猫の言葉に斗哉は首を傾げた。

「この神社では十三日は特別な日なんだ。前の祭りの時もそうだったろ」

 忘れもしない。斗哉は夏の祭りのあった七月十三日のことを思い出した。

「屋台なんかが出る表向きの祭りは第二、第三週目の土日なんかにやってみるみたいだけど、この神社の神気がもっとも高くなるのは十三日らしい」
「その十三日が、なんだよ」

 斗哉は話が見えず、眉間に皺を寄せた。

「現世での神社の神気が高くなって、ほんのちょっと神域に近くなるらしいんだ。神域に近くなるってことは、幽世に性質が近くなるってことだよ」

 得意げにふふんと黒猫は鼻を鳴らす。だが斗哉は腑に落ちなかった。

「らしいって、なんだ」
「らしいはらしいだよ。前、出雲で見た文献にそんなこと書いてあったってだけ」
「お前わりと、あの時ちゃんと調べてたんだな。以後呑んだくれてたけど」
「呑んだくれは余計なんだよっ」

 斗哉は素直に黒猫の努力に感心したが、黒猫は不満そうに斗哉を威嚇した。

「十三日ならお前でも神道に入れるかもしれない。一回お前たち、出雲の神域にも入れたし」
「あれは白が呼んでくれたから……」
「その役をボクがやってやる。でも幽世のどこに心乃香がいるか分からないし、本来、普通の人間はそこに入れない」

 人は入れない? どういうことだと斗哉は息を呑んだ。

「人の入れ物のままでは、現世から出られない。ボクの体を貸してやるよ。本当はすごーく嫌だけどっ」

 体を貸す? どういうことだと斗哉ますます混乱した。

「ボクの体なら現世のものではないし、お前の魂が入っても、現世から出られるかもしれない。ただ……」
「ただ?」
「お前の体から魂が抜けることになる。死んだことになる。長時間経つと完全に戻らなくなるだろう。そのまま永久にあの世行きだ」

 ハハッと渇いた笑い声を黒猫はあげた。笑いごとではないと斗哉は身震いした。

「死ぬ覚悟があるなら、十三日の深夜にここに来い。ボクの力が発揮できるのは、夜だけだ」
「……分かった、やる」

 斗哉はゆっくりと頷いた。

「いい覚悟じゃん。あの時の心乃香とそっくりだ」
「あの時って、なんだ」

 斗哉は思い当たらず黒猫に問いかけた、

「お前の代償をはじめに支払った時だよ。なんの躊躇もなく、潔かったよ」

 斗哉はその彼女の強さに、脱帽する思いだった。敵わないなとフッと口から笑みが溢れた。それにしても――

「お前なんで如月のこと、下の名前で呼んでるわけ、すげームカつく」

 黒猫は目をぱちくりと瞬かせた。

「ちっちゃい男だなお前……」
「お前じゃなくて、斗哉だよ」

 今度は黒猫は斗哉の主張に、げんなりと肩を落とした。ふうっと息を吐くと黒猫は首を傾げた。

「ボクもお前じゃない。クロ様って呼べっ」

つづく
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