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3rd round after
第76話「三周目〜黒猫の正体〜」
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「黒猫ですか。いたかもしれませんが、よく境内には野良猫が来ますしね。猫自体、珍しくないですよ」
神主はふむっと、目線を社務所の天井に向けた。斗哉は手がかりを失いたくなくて慌てて続けた。
「さっきの言葉は、『母が言っていた』と言ってましたよね。お母様が猫を飼っているとかありませんか」
「母ですか。動物好きな方でしたから、よく野良猫たちの相手もしていたかもしれませんね」
「あの、そのお母様とはお会いできませんか」
神主は少し眉間を寄せて、困ったように微笑んだ。
「母は半年前に亡くなりました」
***
斗哉はすでに日の落ちかけた境内の参道を歩いていた。参道横には数々の屋台の準備が整っていた。だが屋台上には青いビニールシートが掛かっており、ひっそりと静まり返っていた。
その時、正面の神門の方から、斗哉に呼びかける声がした。
「そろそろ閉めますよー」
斗哉は慌てて神門前まで駆け出した。
***
「少年っ」
斗哉は自分のことかと声のした方へ咄嗟に振り向いた。神門を閉めるためか、重そうなかんぬきを持った巫女服を着た女性が、こっちこっと手招きしている。
斗哉は誘われるままに女性の方へ歩き出した。
***
斗哉は女性から受け取った重いかんぬきを、ガチャンと扉に嵌めた。
「これでいいですか」
「手伝ってくれてありがとうね。やっぱ男の子だわっ、頼りになるわー」
女性はかんぬきを手放した手を、ぱんぱんと叩いていた。
「いつもは息子がやってくれるんだけど、今日はいないから。そうそう」
ころっと話を変えてくる女性に、斗哉はちょっとついて行けなかった。
「さっきのあなたたちの話、裏で聞いてたんだけどね」
「えっ」
斗哉はさっきの話と言われ、神主との会話を思い出した。
「アタシその黒猫、知ってるかもしれないわ」
***
「半年前、義母が倒れてね。救急車で運ばれたんだけど、私同乗してたのよ」
斗哉はその情報から、この女性は先ほどの神主の奥さんだとピンと来た。
「救急車の後ろの窓の隙間から、見えたの。黒猫が救急車を追ってくるのが。必死で追いかけているみたいだった。義母に何があったのか、分かったのかもしれないわね。義母は猫を飼っていたわけではないけれど、野良猫たちに餌をやったりしていたし、義母のお気に入りの猫ちゃんだったのかもしれないわ……」
間違いない。斗哉はあの黒猫だと確信した。
「その猫、今は?」
神主の奥さんは、切なそうに目を細めた。
「帰ってきてから気が付いたんだけど、車に轢かれてしまったみたい。神社の裏手に亡骸があった。きっと救急車を追いかけている時に、車とぶつかってしまったのね」
神社の裏手で亡くなった。斗哉は自分が転げ落ちた石階段のことが頭をよぎった。きっとあの階段の着地地点だ。斗哉は数珠続きに、出雲でのことを思い出した。白の言葉だ。
『クロ様の生前の無念の想い』とはきっとこのことだ。
好きだった人の死に目にも会えず、虚しく命を終えた。どんな思いで死んでいったのだろう。黒猫の無念の想いを想像し、何かが込み上げてくる。斗哉は自然と涙を流していた。
つづく
神主はふむっと、目線を社務所の天井に向けた。斗哉は手がかりを失いたくなくて慌てて続けた。
「さっきの言葉は、『母が言っていた』と言ってましたよね。お母様が猫を飼っているとかありませんか」
「母ですか。動物好きな方でしたから、よく野良猫たちの相手もしていたかもしれませんね」
「あの、そのお母様とはお会いできませんか」
神主は少し眉間を寄せて、困ったように微笑んだ。
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その時、正面の神門の方から、斗哉に呼びかける声がした。
「そろそろ閉めますよー」
斗哉は慌てて神門前まで駆け出した。
***
「少年っ」
斗哉は自分のことかと声のした方へ咄嗟に振り向いた。神門を閉めるためか、重そうなかんぬきを持った巫女服を着た女性が、こっちこっと手招きしている。
斗哉は誘われるままに女性の方へ歩き出した。
***
斗哉は女性から受け取った重いかんぬきを、ガチャンと扉に嵌めた。
「これでいいですか」
「手伝ってくれてありがとうね。やっぱ男の子だわっ、頼りになるわー」
女性はかんぬきを手放した手を、ぱんぱんと叩いていた。
「いつもは息子がやってくれるんだけど、今日はいないから。そうそう」
ころっと話を変えてくる女性に、斗哉はちょっとついて行けなかった。
「さっきのあなたたちの話、裏で聞いてたんだけどね」
「えっ」
斗哉はさっきの話と言われ、神主との会話を思い出した。
「アタシその黒猫、知ってるかもしれないわ」
***
「半年前、義母が倒れてね。救急車で運ばれたんだけど、私同乗してたのよ」
斗哉はその情報から、この女性は先ほどの神主の奥さんだとピンと来た。
「救急車の後ろの窓の隙間から、見えたの。黒猫が救急車を追ってくるのが。必死で追いかけているみたいだった。義母に何があったのか、分かったのかもしれないわね。義母は猫を飼っていたわけではないけれど、野良猫たちに餌をやったりしていたし、義母のお気に入りの猫ちゃんだったのかもしれないわ……」
間違いない。斗哉はあの黒猫だと確信した。
「その猫、今は?」
神主の奥さんは、切なそうに目を細めた。
「帰ってきてから気が付いたんだけど、車に轢かれてしまったみたい。神社の裏手に亡骸があった。きっと救急車を追いかけている時に、車とぶつかってしまったのね」
神社の裏手で亡くなった。斗哉は自分が転げ落ちた石階段のことが頭をよぎった。きっとあの階段の着地地点だ。斗哉は数珠続きに、出雲でのことを思い出した。白の言葉だ。
『クロ様の生前の無念の想い』とはきっとこのことだ。
好きだった人の死に目にも会えず、虚しく命を終えた。どんな思いで死んでいったのだろう。黒猫の無念の想いを想像し、何かが込み上げてくる。斗哉は自然と涙を流していた。
つづく
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