上 下
76 / 95
3rd round after

第76話「三周目〜黒猫の正体〜」

しおりを挟む
「黒猫ですか。いたかもしれませんが、よく境内には野良猫が来ますしね。猫自体、珍しくないですよ」

 神主はふむっと、目線を社務所の天井に向けた。斗哉は手がかりを失いたくなくて慌てて続けた。

「さっきの言葉は、『母が言っていた』と言ってましたよね。お母様が猫を飼っているとかありませんか」
「母ですか。動物好きな方でしたから、よく野良猫たちの相手もしていたかもしれませんね」
「あの、そのお母様とはお会いできませんか」

 神主は少し眉間を寄せて、困ったように微笑んだ。

「母は半年前に亡くなりました」

***

 斗哉はすでに日の落ちかけた境内の参道を歩いていた。参道横には数々の屋台の準備が整っていた。だが屋台上には青いビニールシートが掛かっており、ひっそりと静まり返っていた。

 その時、正面の神門の方から、斗哉に呼びかける声がした。

「そろそろ閉めますよー」

 斗哉は慌てて神門前まで駆け出した。

***

「少年っ」

 斗哉は自分のことかと声のした方へ咄嗟に振り向いた。神門を閉めるためか、重そうなかんぬきを持った巫女服を着た女性が、こっちこっと手招きしている。

 斗哉は誘われるままに女性の方へ歩き出した。

***

 斗哉は女性から受け取った重いかんぬきを、ガチャンと扉に嵌めた。

「これでいいですか」
「手伝ってくれてありがとうね。やっぱ男の子だわっ、頼りになるわー」

 女性はかんぬきを手放した手を、ぱんぱんと叩いていた。

「いつもは息子がやってくれるんだけど、今日はいないから。そうそう」

 ころっと話を変えてくる女性に、斗哉はちょっとついて行けなかった。

「さっきのあなたたちの話、裏で聞いてたんだけどね」
「えっ」

 斗哉はさっきの話と言われ、神主との会話を思い出した。

「アタシその黒猫、知ってるかもしれないわ」

***

「半年前、義母が倒れてね。救急車で運ばれたんだけど、私同乗してたのよ」

 斗哉はその情報から、この女性は先ほどの神主の奥さんだとピンと来た。

「救急車の後ろの窓の隙間から、見えたの。黒猫が救急車を追ってくるのが。必死で追いかけているみたいだった。義母に何があったのか、分かったのかもしれないわね。義母は猫を飼っていたわけではないけれど、野良猫たちに餌をやったりしていたし、義母のお気に入りの猫ちゃんだったのかもしれないわ……」

 間違いない。斗哉はあの黒猫だと確信した。

「その猫、今は?」

 神主の奥さんは、切なそうに目を細めた。

「帰ってきてから気が付いたんだけど、車に轢かれてしまったみたい。神社の裏手に亡骸があった。きっと救急車を追いかけている時に、車とぶつかってしまったのね」

 神社の裏手で亡くなった。斗哉は自分が転げ落ちた石階段のことが頭をよぎった。きっとあの階段の着地地点だ。斗哉は数珠続きに、出雲でのことを思い出した。白の言葉だ。

『クロ様の生前の無念の想い』とはきっとこのことだ。

 好きだった人の死に目にも会えず、虚しく命を終えた。どんな思いで死んでいったのだろう。黒猫の無念の想いを想像し、何かが込み上げてくる。斗哉は自然と涙を流していた。

つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

文化研究部

ポリ 外丸
青春
 高校入学を控えた5人の中学生の物語。中学時代少々難があった5人が偶々集まり、高校入学と共に新しく部を作ろうとする。しかし、創部を前にいくつかの問題が襲い掛かってくることになる。 ※カクヨム、ノベルアップ+、ノベルバ、小説家になろうにも投稿しています。

曙光ーキミとまた会えたからー

桜花音
青春
高校生活はきっとキラキラ輝いていると思っていた。 夢に向かって突き進む未来しかみていなかった。 でも夢から覚める瞬間が訪れる。 子供の頃の夢が砕け散った時、私にはその先の光が何もなかった。 見かねたおじいちゃんに誘われて始めた喫茶店のバイト。 穏やかな空間で過ごす、静かな時間。 私はきっとこのままなにもなく、高校生活を終えるんだ。 そう思っていたところに、小学生時代のミニバス仲間である直哉と再会した。 会いたくなかった。今の私を知られたくなかった。 逃げたかったのに直哉はそれを許してくれない。 そうして少しずつ現実を直視する日々により、閉じた世界に光がさしこむ。 弱い自分は大嫌い。だけど、弱い自分だからこそ、気づくこともあるんだ。

学園制圧

月白由紀人
青春
 高校生の高月優也《たかつきゆうや》は、幼馴染で想い人の山名明莉《やまなあかり》とのごくありふれた学園生活を送っていた。だがある日、明莉を含む一党が学園を武力で占拠してしまう。そして生徒を人質にして、政府に仲間の『ナイトメア』たちを解放しろと要求したのだ。政府に対して反抗の狼煙を上げた明莉なのだが、ひょんな成り行きで優也はその明莉と行動を共にすることになる。これは、そんな明莉と優也の交流と恋を描いた、クライムサスペンスの皮をまとったジュブナイルファンタジー。1話で作風はつかめると思います。毎日更新予定!よろしければ、読んでみてください!!

彼女は終着駅の向こう側から

シュウ
青春
ぼっちの中学生トヨジ。 彼の唯一の趣味は、ひそかに演劇の台本を書くことだった。 そんなトヨジの前に突如現れた美少女ライト。 ライトをみたトヨジは絶句する。 「ライトはぼくの演劇のキャラクターのはず!」 本来で会うことのないはずの二人の出会いから、物語ははじまる。 一度きりの青春を駆け抜ける二人の話です。

巡る季節に育つ葦 ー夏の高鳴りー

瀬戸口 大河
青春
季節に彩られたそれぞれの恋。同じ女性に恋した者たちの成長と純真の話。 五部作の第一弾 高校最後の夏、夏木海斗の青春が向かう先は… 季節を巡りながら変わりゆく主人公 桜庭春斗、夏木海斗、月島秋平、雪井冬華 四人が恋心を抱く由依 過ぎゆく季節の中で由依を中心に4人は自分の殻を破り大人へと変わってゆく 連載物に挑戦しようと考えています。更新頻度は最低でも一週間に一回です。四人の主人公が同一の女性に恋をして、成長していく話しようと考えています。主人公の四人はそれぞれ季節ごとに一人。今回は夏ということで夏木海斗です。章立ては二十四節気にしようと思っていますが、なかなか多く文章を書かないためpart で分けようと思っています。 暇つぶしに読んでいただけると幸いです。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

魔法少女の敵なんだが魔法少女に好意を寄せられて困ってる

ブロッコリークイーン
青春
この世界では人間とデスゴーンという人間を苦しめることが快楽の悪の怪人が存在している。 そのデスゴーンを倒すために魔法少女が誕生した。 主人公は人間とデスゴーンのハーフである。 そのため主人公は人間のフリをして魔法少女がいる学校に行き、同じクラスになり、学校生活から追い詰めていく。 はずがなぜか魔法少女たちの好感度が上がってしまって、そしていつしか好意を寄せられ…… みたいな物語です。

処理中です...