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3rd round after

第57話「三周目〜僅かな希望〜」

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七月十九日 土曜日

 ――朝が来た

 希望の朝かは分からない。斗哉はスマホのアラームに頼ることなく、パチリと目を覚ました。昨夜は不思議なことに、久しぶりにぐっすり眠ることができた。

 斗哉はコーヒーを淹れながら、昨日心乃香が残して行ったピザをレンジで温め直している間、洗面所で顔を洗った。鏡に自分の顔が映り、斗哉はそれをまじまじと見つめた。

(ひでー顔。でも昨日よりは随分マシだ)

 斗哉は自分以外の誰も居なくなった家で、朝食をとりながらスマホで調べ物をする。出雲までの道のりだ。このまま家で大人しく、黒猫の帰りを待っているなんてできなかった。

 斗哉は服を着替え、リュックに必要最低限の物を入れて背負うと、歩きやすいスニーカーを履いた。家の外に出ると、玄関のドアの鍵を閉める。

(次、家に帰って来るのは、全部取り戻した時だ)

 斗哉の目には、決意の炎が灯っていた。

***

 もうこの季節の朝は、始発前でも空が大分明るい。人はおらず、駅前は静まり返っていた。

 斗哉は自動改札をくぐり、ホームへの階段を登る。朝日が目に飛び込んで来た。目を細めながら階段を上がり切る。朝日が建物にちょうど遮断され、眩しさが収まり斗哉は目を開いて驚いた。

 階段を登り切った先のホームのベンチに、一人の少女がリュックを抱え、線路を見つめ座ってた。少女がこちらに気が付き、おもむろに振り返る。

 如月心乃香だ。
 
***

「如月……何で」
「来るんじゃないかと思ったよ。あんた出雲まで行くつもりでしょ」

 ピタリと行動と思考を読まれていて、斗哉はギクッと体をこわばらせた。
 
「陸路にしろ、空路にしろ、まずこの駅で移動するしかないから」
「……お前」
「言っておくけど、黒猫は『出雲にいるかもしれない』ってだけの話よ? 可能性の話」
「分かってる。でも、少しでも可能性があるなら、じっとしてられない」

「はあー」と、心乃香が深い溜め息を吐いた。

「てか、何。お前何で、こんな所に居るんだよ」

 よくよく見れば、心乃香は制服の時と全く違う印象だ。癖毛の髪の毛を後ろにぎゅと束ね、ダルッとした半袖のパーカーにハーフパンツ姿。緩めの格好だが、彼女にしてみれば大分アクティブな印象だ。

「あんた、まだ顔色悪いわよ。そんなんで倒れられて、死なれでもしたら、黒猫が出雲に居るかもなんて言った、私のせいみたいじゃない? だから、私も一緒に行ってあげる」
「えっ!」

 斗哉にしてみたら、それは信じられない申し出だった。

***

 斗哉は出雲までの移動を電車にすることにした。当然空路が一番早いのだが、即日のチケットの取りにくさと、あまりの値段の高さに、断念せざるを得なかったのだ。ただ陸路の新幹線も、連休開始日というのも良くなくて、始発駅乗車ならいざ知らず車内は大変混み合っていた。

 焦る斗哉を横目に、心乃香は大量の駅弁を買って新幹線に乗り込んだ。斗哉はその行動に「お前は何しに来たんだ」と呆れ、怒る気力も無くなった。

「お前、それ全部食べる気なのかよ」
「朝、食べて来る時間なかったから。大体、夏休み初日で早起きさせられて、駅弁でも食べなきゃ、やってられないわよっ。あ。あげないわよ」

 心乃香は弁当を抱えたまま、新幹線の空席を探していた。斗哉は何とか空席を一つ見つける。

「あそこ、空いてるぞ。とりあえずそこ、座っておけよ」
「あんたは?」
「オレはいい。お前、弁当食うんだろ」

***

 斗哉は心乃香を車内に残し、そのまま通路に出た。探せばまだ一つくらい空席があったかもしれないが、改めて探す気になれず、斗哉は車両間の連結部分で荷物を両手で抱えながら、壁に寄りかかって車窓の外を眺めた。

 斗哉の頭に、先程心乃香に言われた「可能性の話」というのがよぎる。

(分かってる。黒猫は、出雲に居ないかもしれない。もう二度と会えないかもしれない……)

 もし出雲に行っても、あの黒猫に会えなかったら。そう考えると斗哉は胸が押しつぶされそうになった。両親にもあの二人にも、もう二度と会うことができないかもしれない。斗哉に最悪の考えが浮かんで来る。

(どうして、こんなことに)

 一度してしまったことは、なかったことにできない――心乃香に言われたことが、頭をよぎった。

(それを無理やり捻じ曲げて「やり直そう」とした。その結果で、こんなことになってるとしたら)

 ――人は自分の行動に、責任を持たなければならない

 それが身に染みて分かり、斗哉は後悔で打ちのめされた。
 

つづく
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