上 下
22 / 95
1st round

第22話「黒猫」

しおりを挟む
 オレはその鈴の音を頼りに、必死で暗く染まり始めた神社の敷地内を走り回った。

 完全に日が暮れたころ、見知った場所に出た。

(このお堂と鳥居……見覚えがある)

 その古ぼけた鳥居の先には、あの長い石の階段が下に伸びていた。

(ここだっ。ここから確か、オレは落ちた)

 階段から見下ろすが、奈落のように下がよく見えない。確かに、この高さから下まで転げ落ちたら無事ではすまないだろう。

 オレは自然と背中が冷たくなった。
 
 どうしてオレは無事だったんだろう。服は汚れていたが、傷一つなかったのだ。どう考えても不自然だ。

「また、今にも死にそうな顔してるな」

 突然後ろから、透き通る声が聞こえて、オレはおもむろに振り返った。

 だか、背後には誰いない。
 また、空耳?

 そんなはずない。
 こんなにはっきり聞こえたのだ。

「こっちだよ、こっち。本当鈍臭いな! そんなんだから、階段から落ちて死にかけるんだよっ」

 嘲笑混じりの高い声が空から聞こえた。オレは反射的にその声の方に視線を向けた。

 正確には空ではない。

 背後の鳥居の上に、ちょこんと乗る物体が可笑しそうにケタケタ笑っている。

 ――黒猫?

 どう見ても猫だ。
 猫? 猫が喋っている?

 そんなわけない。そんなわけ。オレはまた悪い夢でも見ているんだろうか。絶対におかしい。あの祭りの日から。正確にはあの祭りの日、階段から転げ落ちてからだ。オレはどうにかなってしまったんだろうか。

 とにかく逃げなければ、ここから離れなければと思うのだが、足が動かない。

「あっ」

 この非現実の前に、上手く声が出せない。

「ボクのこと忘れちゃったの? 薄情だなー。せっかく助けてやったのに」
「な、なんで猫が喋って……」

 何とか絞り出したのは、その言葉だった。

「そりゃ喋るくらいするさ、ボク神様だし」
「……か、神?」
「そうだよ」

 これは夢だ。きっと夢だ。白昼夢を見ているんだ。

「夢と思いたいなら、そう思えば。で、何しに来たの。お前みたいなやつが来ると鬱陶しいんだけど」

 オレはまとまらない思考を何とか落ち着かせるため、深呼吸した。夢――夢でもいい。

「……助けたって、どういうことだ」
「死にたくないって願ってたじゃん。お前、もうすぐ死ぬところだったんだよ」
「もしかして、あれ、夢じゃなかったのかっ」
「図々しいな、夢かと思ってたの? 後、数秒後には、息絶えてたと思うよ」

 なんてこと。本当に死にかけてだんだ。

「それをボクが救ってやったわけ。感謝して、崇め讃えてよっ」

 えっへんと、黒猫は鳥居の上で胸を張った。

「どうして」
「だって、お前があんまり哀れだったからさ、ボク優しーっ」

 その黒猫の態度は、オレが想像する神様のイメージからはかけ離れていた。

 どっちかって言うと――あっ!

「代償、代償を貰うって言ってなかったかっ」

 黒猫はその質問で馬鹿笑いをやめ、オレをニヤリと睨んだ。

「覚えてたんだ?」
「……代償って」
「代償が何になるかは分からないんだ。ロシアンルーレットみたいなものだよ」
「まさか」

 オレにはある予感があった。

「あの『如月心乃香』って女、代償として持っていかれたみたいだね」

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君を救える夢を見た

冠つらら
青春
高校生の瀬名類香は、クラスメイト達から距離を置き、孤高を貫いている。 そんな類香にも最近は悩みがあった。 クラスメイトの一人が、やけに積極的に話しかけてくる。 類香はなんとか避けようとするが、相手はどうにも手強い。 クラスで一番の天真爛漫女子、日比和乃。 彼女は、類香の想像を超える強敵だった。

これからの僕の非日常な生活

喜望の岬
青春
何の変哲もない高校2年生、佐野佑(たすく)。 そんな彼の平凡な生活に終止符を打つかのような出来事が起きる……!

彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い

うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。 浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。 裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。 ■一行あらすじ 浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ

カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 ご感想へのお返事は、執筆優先・ネタバレ防止のため控えさせていただきますが、大切に拝見しております。 本当にありがとうございます。

私を返せ!〜親友に裏切られ、人生を奪われた私のどん底からの復讐物語〜

天咲 琴葉
青春
――あの日、私は親友に顔も家族も、人生すらも奪い盗られた。 ごく普通の子供だった『私』。 このまま平凡だけど幸せな人生を歩み、大切な幼馴染と将来を共にする――そんな未来を思い描いていた。 でも、そんな私の人生はある少女と親友になってしまったことで一変してしまう。 親友と思っていた少女は、独占欲と執着のモンスターでした。 これは、親友により人生のどん底に叩き落された主人公が、その手で全てを奪い返す復讐の――女同士の凄惨な闘いの物語だ。 ※いじめや虐待、暴力の描写があります。苦手な方はページバックをお願いします。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

処理中です...