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第三話(最終話)

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 アレクサンド・オレリア第二王子は、物心ついた頃から常に兄である第一王子と比べられて育った。

 1つ上の兄である第一王子とは異母兄弟である。
 アレクサンドの母は正妃、第一王子の母は側妃だ。

 何でも卒なくこなし、勉学も武術も完璧な第一王子といつも比べられるアレクサンドが、歪んで卑屈な性格になるのにはそう時間はかからなかった。

 もともとアレクサンドは地頭が良いわけでも要領が良いわけでもなく、さらに怠惰な性格だったので、気がついた時には既に取り返しのつかないほどの差がついていた。

 国王は政略結婚で無理やり娶らされた正妃より、元々の婚約者であった側妃を寵愛した。
 しかし、正妃の実家は公爵家、側妃は伯爵家であり、そんな側妃ばかりを寵愛する国王の立場は微妙なものとなった。
 このオレリア王国では、国王だけでなく、正妃も政務に大きくかかわるからだ。

 当然公爵家と伯爵家とは権力に差がある。というより別次元である。
 地盤となる派閥内の力が全く異なるからである。
 このため正妃は国政においても大きな発言権を持ち、実質的に実権を握っている、と言っても過言ではない。

 そんな母を持つアレクサンドはもともと我儘であったが、この事によりさらに増長した。
 ただ、救いは高慢ではあるが、暴力的ではなかったことだろう。しかし実のところはアレクサンドが身体能力に自信がなかっただけなのであるが。

 正妃の権力はアレクサンドの婚約者選定でも発揮した。
 そう、最も優秀と言われているアリア・フォンティーヌ公爵令嬢を第二王子の婚約者としたのだ。
 筆頭公爵家であり、最大派閥のフォンティーヌ公爵家の長女。
 これにより、第二王子の不可能と思われた立太子の可能性さえ浮上したのである。

 誰しもが第一王子の婚約者となると思っていたところの逆転劇である。
 もともと、第一王子派閥と第二王子派閥はそれほど対立していなかったが、この事で深い溝が出来てしまい、中立派だったフォンテーヌ公爵令嬢の婚約によって第二王子派閥が最大派閥となった。

 しかし、これが裏目に出てしまった。
 アレクサンドからすれば、また比べられる対象が増えたのだ。それも自分の婚約者。
 当然アレクサンドは自分より優秀なアリアに対して、婚約当時からいい感情を持っていなかった。
 正妃が2人の関係をよくしようと動けば動くほど2人の関係は希薄なものとなった。

 それがはっきりするのが、王立貴族学園に入園してからである。
 キャロリーヌ・メルシエ子爵令嬢の存在である。
 自分に対し、敬意をもって接する相手に初めて出会ったのだ。
 アレクサンドは一瞬で恋に落ちた。

 それからは誰が見てもアレクサンドとキャロリーヌはアツアツのカップルとなっていった。
 アレクサンドは婚約者であるアリアを更に蔑ろにし、顔も合わさなくなった。
 パーティーでのエスコートでさえキャロリーヌにするくらいだ。
 実はキャロリーヌは、相手が王族だったので何も言えず仕方なく付き合っていただけなのだが…

 この状況はさすがにマズい。
 アリアは何も言わないので、表面上問題は現れてはいないが、最大派閥の筆頭公爵家のご令嬢である。
 敵になれば影響は第二王子だけにとどまらず、王家全体の地盤が弱くなり信用も失墜する。
 この事に最初に危機感を抱いたのが第二王子の側近達だ。

 何とか自重するように第二王子に進言するのだが、全く聞き入れてもらえない。
 もともと我儘に育った王子である。

 高慢ではあったが、側近達とは仲良くやっていた第二王子も、次第に暴力的になっていった。
 少し注意しただけで怒鳴り散らし手も出る様になった。

 次第に側近達は離れていき、辞退する者も出てきた。
 5人いた側近も最終的に残ったのは2人だけとなった。
 宰相の息子、リュカ・ベルナール侯爵令息と騎士団長の息子、ユーゴ・デュモン伯爵令息である。

 リュカは宰相という後ろ盾があり、正妃の力も知っている。王子の側近という肩書きは、今後の出世に大きく影響するという打算からだ。
 ユーゴはあまりよく考えていないだけの脳筋である。
 実はこの2人もキャロリーヌに密かに恋心を抱いていたことも関係があるだろう。

 そして、卒業が近くなったころ、キャロリーヌが読んでいた本にアレクサンドが興味を示した。
 そう。あの婚約破棄を題材にした小説である。

「これだ!」

 アレクサンドはすっかり感化されてしまった。

 小説では王太子は失敗していたが、ここは現実である。
 正妃である母の力もある。失敗するわけがない。という根拠のない自信がアレクサンドにはあった。

 少なくともアリアにはダメージを与える事が出来る。
 自分の方が上だと知らしめられる。
 この事は怪しい薬のようにアレクサンドに甘美な優越感を与えたのだった。

 しかし、本当に婚約破棄をするつもりはなかった。
 キャロリーヌを正妃に、アリアを側妃にするつもりだったのだ。
 アリアは王子妃の立場を捨てるわけがない。
 こういった思い込みで実行することにしたのだ。

 当然側近もキャロリーヌも大反対したが、癇癪を起こして怒鳴り散らし、手がつけられなくなって、仕方なく付き合う事になった。
 当然、キャロリーヌが虐められていたという事実はない。冤罪である。
 側近達は本当は嫌だった。しかし、もう少しで卒業である。ここで側近を降りるのはもったいないとの思いが強かったのだ。
 キャロリーヌには拒否権すらなかった。


 ◆


 王立貴族学園の大ホールは静まりかえっていた。
 会場全員が、事の成り行きを見ていた。

「さて、これでも私がメルシエ子爵令嬢を虐めていたと?」
「…………」

 もともと冤罪である。ここから挽回するのは不可能だ。アレクサンドでさえそう思っていた。
 そしてアリアは深く深呼吸をして…

「婚約破棄了承しました。これだけの証人がいるのです、今更撤回もできないでしょう。皆様お騒がせしました」

 そう言うと、完璧な淑女のカーテシーをして、優雅に去って行った。


 ◆


「なんてことしてくれたんだ!」

 さすがにアレクサンド第二王子に甘い国王も今回の事には激怒した。
 正妃も頭を抱えている。

「ふん!謹慎処分でもしてくれ」

 アレクサンドの側近達も謹慎は覚悟していた。

「馬鹿者!謹慎で済むわけがないだろうが!」
「え?」

 アレクサンド達は事の重大さが分かっていなかった。
 相手は王国最大派閥の筆頭公爵家。
 たとえ王家であっても自由にできない相手なのだ。
 ほぼ対等と言ってもいい。
 そんな強力な公爵家を虚仮にしたのだ。
 対応を間違えれば内乱が起きる。王家の信用も失墜するだろう。政権交代もありうる。

 それに場所とタイミングが悪すぎた。
 王立貴族学園の卒業記念パーティーの最中である。
 国内はもとより、国外からも王族や高位貴族が多数参加しているのだ。
 この事は直ぐに各国に通知されるだろう。
『メルシエ王国にはとんでもない馬鹿な王子がいる』と。

「とりあえずお前達は、処分が決まるまで監視付きで謹慎だ」

 アレクサンド達は騎士に連行されていった。
 実は既に処分は決まっていたのである。


 ◆


 現実は小説とは違うのである。

 国王は謝罪の場を設け、アリアも含むフォンティーヌ公爵家全員に頭を下げた。
 国王が頭を下げる。王国史上初めてのことであった。
 そこで、今回の事態を引き起こした者達の処分が告げられた。

 まず、アレクサンドとアリアの婚約は、アレクサンドつまり王家側の有責にて破棄。多額の慰謝料を支払う。

 正妃は廃妃となり離縁して実家へ戻った。そして側妃が正妃に繰り上がった。
 国王は第一王子を直ぐに立太子させ、できるだけ早く王位を継承させる事となった。

 アレクサンドは廃嫡の上北側の塔(重大な罪を犯した王家の者の収監場所)に幽閉。後に毒杯を仰ぐ事になる。

 リュカ・ベルナール侯爵令息は勘当の上20年の強制労働となった。
 ベルナール侯爵は2階級の降格、子爵となった。
 宰相職は解任。

 ユーゴ・デュモン伯爵令息も勘当の上20年の強制労働。
 デュモン伯爵も2階級の降格、男爵となった。
 騎士団長は解任。

 キャロリーヌ・メルシエ子爵令嬢は無罪。
 これは、この件に関して、アレクサンドに強制されていたことが判明したからである。
 彼女は、両親や友人達にこの事を相談していた。

 もし、彼女を罰した場合、爵位を返上する下位貴族家が続出するだろう。
 王族から命令されて断る事が出来るわけがない。
 このような扱いをする王家から、爵位など賜りたくないからだ。
 数で言えば下位貴族の方が圧倒的に多い。いくら王家や高位貴族といっても、下位貴族が集結して反旗を翻せば無傷では済まない。
 経済的にも大混乱となるだろう。実際に実務として経済活動をしているのは、彼ら下位貴族なのだ。

 彼女が高位貴族令嬢ならまだ結果は違うものになったのかもしれない。
 しかし、キャロリーヌは自主的に修道院に入った。
 メルシエ子爵も自主的に爵位を返上した。

 アレクサンド達は初めこそ抵抗したが、自分達の引き起こした事態を思い知り、深く反省するのだが、気づくのが遅かった。

 何故この様な厳しい処分が下されたかというと、今回の事態はアレクサンドの独断で、王家とは無関係ということにするためである。つまり国家反逆罪相当、という事だ。
 側近達については国家反逆罪とまではいかないが、重い処分が下された。
 国家反逆罪相当であれば処刑、家は爵位剥奪の上お取り潰しとなる。

 今回の事態について一応直ちに箝口令が敷かれたが、卒業記念パーティーの参加者は多く、広く世間に広まったのだった。
 この事で王家の信用は完全に失墜した。いくら当事者に厳しい処分を下したとしても、このような事態に発展するまで第二王子を放置していた王家に責任が無いわけがない。
 かといって、この事で王家を廃するのは余計に国を混乱させる。その事に比べれば、この婚約破棄は些事とも言える。

 この後、オレリア王国の王家は、第一王子が即位するまで、まともに国政を任される事はなかった。



 この前代未聞の出来事は、オレリア王国史上最も愚かな婚約破棄として、後世に語り継がれる事になるのである。







 ◆◇◆◇◆◇◆



「こんにちは」

「あ、先生こんにちは」

「どうでした?」

「いやぁ~もう凄いよ。既に重版決定したよ」

「あら凄い!嬉しいわ」

「それで、これは新作?」

「はい、そうです。婚約破棄の小説を読んだ馬鹿王子が同じ事をやらかす話」

「では、前作の続き?」

「まあ、続き、というより前作を含んだ続き、という感じかな」

「そうしたら、このアレクサンドという第二王子がやった婚約破棄は、事実に基づいている、とか?」

「いえ、それも創作です」

「ウチの王子殿下は本当にやらかさないかな?」

「やだなぁ~パーティー会場で婚約破棄するなんて物語の中だけですよ」








 おわり
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