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第一話

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 俺、ルーカスは由緒正しきシュタイン侯爵家の令息として完璧でなければならない。いや、実際完璧だ。
 頭脳明晰、眉目秀麗、文武両道、品行方正...
 これが皆から言われる俺の評価である。うん!妥当だ。更に地位もある。
 侯爵というのも貴族としては最高クラスである。
 公爵というくらいもあるが、これは王族の家系で別格だ。
 この国の公爵家は1家しかない。

 だからといって俺はそれを鼻にかけ、人を見下したりはしない。
 努力している人や、人に誠意を持って接する人などは素直に尊敬する。
 また、俺より身分の低い者を蔑んだりもしない。
 俺が品行方正と言われる所以だ。
 ただ、そんな俺にもまるで欠点のように言われる事がある。それは俺の婚約者の事だ。

 ソフィア・ランベルト伯爵令嬢。

 内密の事前調査では、彼女はかなり賢いらしい。しかし特に優れているところはそれだけのようだ。
 地味な容姿で分厚いレンズの眼鏡をかけている。スタイルもいいとは言えない。

 更にコミニュケーション能力が壊滅的で、ほとんど喋らない。喋ったとしてもポツリと一言呟くだけ。これでは会話にもならない。
 それで、何を考えているのか分からないと言われている、との事だ。
 しかし、素行が悪いという事はないそうだ。

「ルーカス様の婚約者として相応しくないのでは?」

 そういう意見もあったらしい。
 さらに父親にも婚約時に何故か「すまない」と言われた。
 相手が格下である伯爵家なのに断れない縁談、というのはそれなりの事情があるのだろう。
 しかし、俺は見た目や噂など気にしない。何を考えているのか分からないなら聞けばいいだけの事だ。

 それならば、だ!

 俺は完璧な侯爵令息。
 これはあくまで政略結婚だ。我が家の利益が最優先だ。もちろん恋や愛など必要ない。
 だったらグダグダ言わず、俺が彼女の完璧な婚約者になればいい。
 そして、問題があるなら改善すればいい。
 更に誹謗中傷などから彼女を守るのも婚約者としての役目だ。
 俺なら出来る。何故なら俺は完璧だからな!

 とはいえ俺にも不安などない、と言えば嘘になる。
 婚約したのが、12歳の時。彼女も同じ歳だ。

 初顔合わせの時に思った事は事前調査通り「地味」だった。
 それにレンズの分厚い不格好な眼鏡をかけている。

 なんでも彼女はとても目が悪いらしく、その眼鏡は技術力の高い他国で作られた特注品だとか。
 レンズがとても分厚いので、フレームも太くなる。
 この国にも当然眼鏡はあって、オシャレなものもある。
 しかし、彼女の眼鏡はどうやってもオシャレに改良する事は出来ないだろう。

 そんなことより困ったのが彼女とほとんど会話が出来ない事だ。
 問いかければ答えてくれるのだが、ほとんど単語なのだ。
 彼女から話しかけてくることもほとんどない。
 さすがの俺もこれには参った。

 しかし、俺は完璧な侯爵令息。なんとかしてみせる!
 ということで試行錯誤すること約三ヶ月。
 なんとか彼女と会話?をすることが出来るようになった。

 ふははは。さすが俺!完璧だ。

 彼女について思ったことは、彼女は悪い人ではない、むしろ真逆で好感のもてる人物だ。
 しいて問題点をあげるなら、会話が出来るようになってからも、普通の人に比べて会話する頻度がとても少ないという事だ。しかし、これには俺にも非がある。
 事前調査など全く当てにならない。誰だ婚約者として相応しくないと言った奴は。そんな事はないと俺は思うぞ!

 え?どうしてそんなに頑張ったのか、って?
 そ、それは彼女と話がしたい、とかじゃないぞ!あくまで俺が完璧であることを証明するためだからな!そこは間違えないように!って、誰に言ってるんだ俺は。


 事前調査では彼女はかなり賢いという事だった。
 しかし「かなり」というほどとは思えなかった。
 なんとか出来るようになった彼女との会話からも、そう感じることがなかったからだ。

 俺は賢さには自信があったし、実際小さい頃から「神童」と言われていたほどだ。
 家庭教師からの評価も高い。だからそう感じるだけかも知れないが。




 彼女はいつも本を読んでいる。
 少し、いやかなり興味があったので聞いてみた。

「何の本を読んでるの?」
「…植物」

 はは~ん!なんだかんだといっても彼女もまだ12歳の女の子。花とかに興味があるのか!可愛いトコがあるな。

「見せてもらってもいい?」
「…ん」

 よし!この「…ん」は「良い」という意味だ。
 俺は彼女の「…ん」だけで言いたい事が分かる。
 さすが俺。やはり完璧だ。

 ──解らない。

 植物の本といっても、図鑑のようなものではなくて、論文。それもかなり高度な論文だ。
 俺にはさっぱり理解出来なかった。

 なるほど、かなり賢いというのは事実のようだ。
 おそらく植物などに限定した専門的な知識なのだろう。
 しかし、学問は語学、算術、経済学、歴史、国内外状勢など様々だ。
 おそらく総合的には俺の方が上だろう。

 と、当時はそう思っていたが、そんなことはないことを知ることになるのは王立高等学院に入学してからだった。


 王立高等学院。

 この国、クラベルト王国では15歳になる貴族令息、令嬢は、基本的に王立貴族学園に入園して2年間教育を受ける。
 それとは別に、高度で専門的な教育を受ける事が出きるのが王立高等学院だ。ちなみにこの学院の教育期間も2年だ。
 王立高等学院を受験出来るのは15歳以上で、資格を持った教師の推薦が必用である。
 王立高等学院はとても難関な学院である。専門的な事だけでなく一般的な事も高い水準が求められるからだ。

 俺は15歳になったら王立高等学院を受験するつもりだ。
 まあ、大丈夫だ。俺は完璧だからな!
 それに、彼女も王立高等学院を受験すると聞いて驚いた。

 それほど賢かったのか。王立高等学院は専門的な事だけでなく幅広い知識も教養も必用だ。
 てっきり植物の関係だけだと思っていた。

 しかし、あんな難しい論文も楽々と理解出来るのだから当たり前だな。基本的な事も出来るに決まっている。
 完璧な婚約者としてはダメだな。もっと精進しなければ。



 そして、特に変わったこともなく、俺は15歳になった。


 ◆


 15歳になって、資格を持った教師からの推薦も得る事が出来た俺は、王立高等学院を受験した。


 そして、試験結果が家に届いた。

「合格しました!」

 俺は胸を張って両親に報告した。

「おめでとう」
「ルーカスおめでとう、頑張ったわね」

 当たり前だ!俺は完璧だ。
 今回は頑張った。マジで。
 実はヒヤヒヤしながら通知が来るのを待っていたのだ。
 なので、両親に褒められて、嬉しくてちょっと涙が出そうになったのは内緒だ。


 次の日の夕食の時。

「あ、そうそうルーカス。ソフィアちゃんも王立高等学院に合格したってご連絡頂いたわよ。ご家族の方がよろしくお願いしますって。ちゃんとソフィアちゃんを守るのよ!エスコートや送り迎えとかも」

 彼女の実家であるランベルト伯爵家の家令が伝えに来たそうだ。
 彼女も合格したのか。良かった。
 各々の家に通知が送られるので、いつ彼女の結果が届くのか分からなかった。なのでとても心配していたのだ。
 まあ、守るのは当然だし、エスコートや馬車での送り迎えくらいは簡単だ。
 と、なると…あっ、ヤバい。

「母上!ご相談があります!」




 怒られた。めっちゃ。
 今までは彼女の伯爵家で2人でしか会ったことがなかったので、あんまり気にしてなかった。
 もちろん俺の従者や彼女のメイド、侍女や護衛は居たが。

 彼女は社交とかは苦手みたいで、彼女の友達のお茶会とかにも呼ばれた事はないし、そもそも会話そのものが少ないのだ。
 おそらく友達もいないのだろう。紹介されたこともないし。
「…ん」で分かるのも彼女のご家族以外なら俺だけだと思う。

 それで母上に他の学院の人が居る中で、彼女の事を何て呼べばいいか聞いたのだが…

「ルーカス!今まではソフィアちゃんの事を何て呼んでいたの?」
「ら、ランベルト嬢とか…」
「馬鹿じゃないの!」

 と、いうわけなのだ。
 怒鳴り散らす母上をなだめてなんとか聞き出したのはいいのだが…

「愛称…」

 おいおいおい!
 いきなりハードル高くないか?
 母上に「政略結婚でも愛称なのですか?」と聞いたら

「嫌なの?」

 何でそんなニヤニヤしながら言うのだろうか。くそ。 
 嫌じゃないが…むしろ…いやいや、政略結婚の完璧な婚約者だからな。でも…いや…しかし。
 と、いうことは俺の事も!
 今までは「シュタイン侯爵令息様」だった。数えるくらいしか呼ばれた事はないけど。

 ええええええええっ
 か、彼女に呼ばれるのか?愛称で?俺も?

 ダメだ。ダメダメだ。
 完璧侯爵令息だと思っていたが、彼女のことになるとダメダメになる。

「まあ、頑張りなさい」 

 と、またニヤニヤした母に言われた。鬼め!
 仕方ない。
 覚悟を決めるか!


 ◆


 と、いうわけで彼女の伯爵家に到着して彼女に会ったのだが…
 まあ、先にこれは言っておこう。

「王立高等学院合格おめでとう!」
「…ん」

 あれ?
 そんなに嬉しくないのかな?

 俺は知っている。彼女の秘密。
 いやいや、秘密というか癖というか。

 彼女はとても嬉しい時に、右手の人差し指で眼鏡をクイッと押し上げる。

 以前、なかなか手に入らなかった植物の論文を彼女の父であるランベルト伯爵から誕生日のプレゼントとして貰った時にクイッと。
 偶然それを見ていた俺は、不思議に思ったのだ。癖なら何度も目撃するはずだし、上手く言えないが何故かとても気になったのだ。

 それで、ランベルト伯爵夫人にこっそり聞いたら教えてくれて、それは滅多にない事だそうだ。
 年に1度あるかないか、くらいらしい。
 これは貴重な情報だからしっかりメモリーに保存した。バックアップ付きで。

 まあ、それはいいのだが、俺は合格した時めちゃくちゃ嬉しかったから。
 いくら俺が完璧といえど超難関学院だからな。
 彼女にとっては当たり前の事なのだろうか…まさかな。


 それで、これからが本番なのだが…
 さすがに完璧な俺もこの難関はアドリブで出来ないので、ちゃんとメモに書いておいた。
 所謂『カンペ』というやつだ。これを読むだけだ。

 こほん、と咳払いして。

「えー、ランベルト嬢。こ、これからは学院で他の生徒や教師が周りにいるわけだ。俺達はせ、政略結婚であるからして、だがそれでも…それでは婚約者としては…お、お互いの呼び方に問題があると母上にいわれましたのだ。そ、そ、それで…お互い…あ、あ、愛称で呼び合うというのはどどどどうでしょうか」

 なんだか変な敬語が混じったがなんとか言い切った。許容範囲だ。たぶん。

「…ん」
「そりゃダメだよね、そんないきなり馴れ馴れしく…ってえええっ?」

 今の「…ん」は「良い」という意味だ。
 え!
 えええ!
 てっきり嫌がると思っていたが、まさかの即答だった。

「えっ、いいの?。いきなり馴れ馴れしいし、恥ずかしくない?」
「…問題ない」

 ありゃ、少し機嫌が悪くなったかな。
 今の「…問題ない」は「同じ事を2度言わすな」という意味も含まれている。
 マズイなんとかしないと!

「そ、それでランベルト嬢の愛称は何て呼ばれてるの?ご家族からとか」
「…ソフィー」
「そ、そうか。俺は今はルーカスと呼ばれているが、小さい頃はルーと呼ばれていた。だからルーで」
「…ん」

 あれ?なんか簡単に終わってしまった。
 事前準備までして、めちゃくちゃ緊張したのに…

 しかし、実際に愛称で呼ぶのは難しいな。
 でも、やらなければならない。完璧な婚約者として。

「そ、そ、そ、」
「…ん?」

 い、イカン緊張し過ぎる。
 このままではまた機嫌が…
 しかし、ええい!

「そ、ソフィー!」
「…ん?…ルー」

 プシュー!

 目の前が真っ暗になった。
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