メイド侯爵令嬢

みこと

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【幕間②】リーナ

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 私はリーナ。
 子爵家の次女として生を受けた。
 私の家族は仲が良い方だと思う。
 優しい両親やお姉様、お兄様。
 末っ子の私は甘やかされて育った。
 でも、家族にも言っていない秘密がある。それは。

 相手が嘘を言うと、それが嘘だと分かる。

 家族も時々嘘を言っている。
 でも、それは皆を心配させないようにする優しい嘘だ。
 そういう嘘は良い。

 お姉様が結婚した。
 幸せだ。と言った。嘘じゃなくて良かった。

 お兄様が婚約した。
 良い人だと言った。
 嘘だ!
 すぐに分かった。
 相手とはうまくいっていないみたいだ。
 これも家族に心配させないための嘘だけど、こういうのは本当の事を言って欲しい。
 だって、お兄様が結婚したら、私のお義姉様になるのだから。
 ある時、そのお兄様の婚約者の人が家に来て、お兄様の嘘が分かった。
 お兄様の婚約者は伯爵家のお嬢様だ。
 明らかに子爵家の兄を見下している。
 こういう人はダメだ。
 自分では何も出来ないのに、身分が上、というだけで偉そうにする。
 恐らく、そういった目にあった人もいるだろう。
 婚約者は子爵家のお嫁に来る。
 そうしたら、子爵夫人になる。
 今まで身分で馬鹿にしていた人が伯爵家に嫁いだらどうするのだろう。
 そういう事が分かっていないお義姉様のことは好きじゃない。
 お兄様も打ち明けたらいいのに。


 ◆


 ある日、お父様の顔が真っ黒に見えた。
 錯覚かと思ったら違った。
 その日から毎日のように嘘を言う。
 お給金が上がった。

 嘘だ!

 顔が黒い。皆を騙している嘘だ。
 領主様にお仕事を認められている。

 嘘だ!

 領主様どころか領民もあまり良いと思われていないのに。

 私は製粉の工場が好きで、時々お手伝いしに行っている。
 この前、機械が壊れた。
 ゲンツさんという人が、隣街から来てくれて直ぐに直した。

 すごい!

 もし、次にこんな事が起きた時に私が直せるようにゲンツさんに色々と教えてもらった。
 ゲンツさん程じゃないけど、ちょっと壊れたくらいなら私にも直せるようになった。
 そんな時。

「リーナ嬢ちゃんは偉いね。こういうのは、子爵様がしないといけないんだけどね」

 え、お父様のお仕事?
 嘘では...嘘じゃない。

「あ!」

 今までのお父様の嘘の正体が分かってきた。
 ある日、お父様の顔が真っ黒だった。
 お給金が上がったと嘘を言った。
 領主様にお仕事を認められているという嘘を言った。
 製粉工場には問題が起きても、一度も現場には来た事がない。
 仕方がないから、知り合いの隣街のゲンツさんにお願いしている。
 本当はお父様が支払わないといけないお金なのに、来ないから仕方なく皆からお金を集めてゲンツさんに支払っている。
 こんな事を子爵様に言ったら何されるか分からない。
 貴族の中では下だけど、平民からすれば雲の上のような存在だ。
 お父様はそのような事をしないと分かっているのは、リーナが娘で毎日会っているからだ。
 平民の人達からすると、一度も会った事がない子爵様がどんな人か分からない。
 問題が起きても現場に来ないような人だから、きっと平民を蔑むような人だと思われている。
 だから製粉工場の人達は、機械の修理代も貰いに行けないんだ。
 だんだん色んな事がわかってきた。

 そうしたら、お父様はどうやってお金を増やしているんだろう?
 お父様はいつも執務室にいる。
 執務室でお金を増やす方法...

 あ!
 帳簿だ!

 きっとお父様は帳簿を誤魔化してお金を増やしているのだ。
 たぶん、領主様が気づかないくらいのお金を盗っているのだ。

「あぁ...ぁ...」

 お父様はそんなセコい事をしてお金をだまし取っている。
 でも、いつかはバレるだろう。
 少しつづでも長く続けていれば大金になる。
 これは犯罪だ。

 その事に気づいてからは、お小遣いを貯めるようにした。
 でも、お父様からは絶対に貰わなかった。
 あのお金は汚いお金だ。
 あのお金だけは貰ってはいけない。

 ある日、領主様が騎士を連れて子爵家に来た。
 お父様が騎士に連れて行かれた。
 家族達もなにが起きたのか分からないみたいだ。
 でもリーナは知っている。

 恐らくこの家にも居られなくなるだろう。
 お母様やお兄様、お姉様がお父様のしたことを知ったらどうなるんだろう。
 たぶん家族はバラバラになるだろう。
 お母様も伯爵家だったから、お父様の事はそれほど尊敬していなかった。
 自分の方が爵位が上、と言っているような顔だった。
 お兄様の婚約者と同じ顔だ。
 でも、お兄様はお父様を尊敬していた。
 領主様からも認められている自慢のお父様として。
 お兄様はリーナのような嘘が分かる能力は持っていない。
 お姉様はたぶん大丈夫だろう。
 お義兄様にもそのご両親にも大切にされている。

 きっとお母様は実家に帰ってしまうだろう。
 お兄様はお父様の盗んだお金を返さないといけないだろう。

 (私は邪魔者だ)

 その夜、リーナはこっそり子爵家から出ていった。



 家から出たリーナはまず、製粉工場に来ていた。
 貯めたお小遣いで少しでも返そうと。
 でも、子爵家からのお金は受け取らないだろう。
 仕方がないので、お小遣いのほとんどを名前も書かずに工場の郵便箱に入れておいた。
 分かってしまうとは思ったけど書かずにはいられなかった「ごめんなさい」と。

 翌朝出勤してきた工場の従業員がそのお金を見つけ、そのお金がリーナからのもとのだと直ぐに分かった。
 その後、子爵の悪行の事を知って激怒したが、工場の人達はリーナが悪い事をするような子ではないことを知っているために、「ごめんなさい」と書かれたお金をリーナがどんな思いで持ってきたのか、ということに涙しながらも、余計に子爵に対する憎悪が増した。
 しかし、リーナの気持ちを思うと、どうしてもそのお金を使う事は出来なかった。
 ゲンツも頑として受け取らなかった。
 どうして、あのクソ子爵の責任をリーナが取らなければならないのか、と。
 そう、工場の人達もこのお金を使ってしまえば、リーナに責任を取らせた事になるからだ。
 そして、皆で相談して、孤児院に寄付する事にした。
 普通はこの辺りの貴族、つまり子爵が寄付しなければならないのだが、あのセコい子爵が寄付するわけもなく、孤児院はかなり苦しい経営状態だそうだ。
 それならリーナも許してくれるだろう、との事で孤児院に寄付をした。
 貴族家から、というには少なかったので工場の人達で集めた事にした。
 それからは、定期的に同じ金額を孤児院に寄付しつづけたのだった。



 リーナはもう動けなくなっていた。
 家を出てからどれくらい経ったのだろう。
 お金もなく、やむを得ず貧民街の水を飲んであたったのだ。
 水にあたると命の危険さえあるのだ。
 薄れていく意識の中で「お父様、お母様、お姉様、お兄様、ごめんなさい。リーナは先に女神様の所へ参ります」と言って意識を手放した。



 ◆



 目が覚めると知らないところで寝ていた。

「あら、起きたのね」

 声のした方を見ると、とても綺麗な女の人が居た。

 女神様だ。

 リーナは死んで女神様の所に来たのだと思ったが...

「もう、熱は下がったわね。私はローズ、ここはシュナイダー家よ。

 リーナは混乱した。

 (シュナイダー家...領主様の家...ローズ様...下のお嬢様の名前だ)

「お、お嬢...さ...ま」
「あ、まだ喋らなくても良いわ、まだ完全に回復したわけじゃないから」

 リーナは信じられないものを見た。
 ローズお嬢様が光っているのだ。
 それに綺麗な目。
 リーナは相手の目を見れば嘘が分かるのだ。
 ローズお嬢様は絶対に嘘をつかない目をしている。
 でも、どうしてメイドの格好をしているのか分からなかった。
 しかし、嘘と言っている目ではない。
 リーナは嘘が分かる。ローズお嬢様は嘘を言っていない。
 もうそんな些事はどうでもよくなった。

 リーナは思った。
 きっと女神様がチャンスをくれたのだと。
 ローズお嬢様にお使えすることで、子爵が犯した罪を償える、と。

「リーナ、ここで働かない?」

 リーナは誓った。一生ローズお嬢様にお使えすると。


 これからリーナの栄光の日々が始まる事をリーナは知る由もなかったのである。


 女神様のお導きか、単なる偶然か。この日アーネル子爵が拘置所で首を吊っているところが発見されたのであった。
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