メイド侯爵令嬢

みこと

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【幕間①】アーネル子爵

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 初めは単純な記載ミスだった。

 金貨106枚を108枚と書いてしまった。
 気付いた時には既に遅く、処理されてしまった。
 こういう時は、次の月で前月の調整をすることが出きる。
 備考欄に「先月の記載ミス」と書けばいいだけだ。
 しかし、アーネル子爵はそれをしなかった。

 魔が差した?
 違う。
 面倒だった?
 違う。

 こんな初歩的なミスをしたことを知られたくなかったからだ。

 とても小さく愚かなプライドだった。

 そして、簡単に金貨2枚(約20万円)が手に入った。

 3ヶ月後も同じように金貨2枚多く記入した。
 同じ額だと怪しまれないと思ったからだ。

 そして今度は思い切って金貨10枚(約100万円)にしてもバレなかった。
「数字を書くだけ」で簡単に手にすることが出来た。

「はは、あはは、あははは...」

 子爵家としては大きい額ではないが、毎月最大金貨10枚まで、自由にできるお金が手に入った。
 家族には、給金が上がった事にした。
 妻が、長男が、褒めてくれた。

 シュナイダー侯爵領にはこれといった産業がない。
 この小麦だけが安定した収入源なのだ。
 家族は子爵の頑張りを領主様が認めてくれたのだと言った。

 しかし、リーナだけは父親の嘘を見抜いているように感じた。
 あの、わざとミスをした日からだ。

 お金も絶対に受け取らなかった。
 その時気づいて、領主様に頭を下げれば何とかなったのかもしれない。

 しかし、その頃には売上金に水増しすることが、あたり前になっていたのだ。

 既に合計すると金貨200枚(約2000万円)くらい着服している。
 いくら子爵でも、それは大金だ。

 時々金貨20枚や30枚の時もあったからだ。
 侯爵にもなると、それくらいたいした額じゃないのだろう。

 もうやめる事は出来ない。


 2年が過ぎた頃。騎士を連れた領主様が子爵家に来た。

 終わった...



 長男に後を継がせて、ある意味、気が楽になった。

 数週間たった頃、長男が、拘置所に来た。

 シュナイダー侯爵領では、「ちょろまか子爵」と呼ばれて誰も取引してくれないそうだ。
 小麦も違う貴族家が担当してるそうだ。

 アーネル子爵は小麦の生産や製粉、梱包、輸送に従事しているわけではない。
 ただ、出荷数と売上高を帳簿に記載しているだけだ。
 はっきり言って商人なら、新人でも出来るような仕事だ。

 それで、実際に従事している平民の何倍もの給金を貰っているのだ。
 それは、何かあった場合...例えば納期が遅れるとか、製粉工場でトラブルが起きた...など、そういった時に責任を持って対処する立場にあるからである。

 それなのに、実際には現場に顔も出さず、あろうことか、売上金をセコセコと誤魔化して、着服していたのだ。
 子爵なら、他にそれくらい稼ぐ方法はいくらでもあるというのに...

 そんなセコい事をして私服を肥やしていた子爵に対する現場の平民や商人の怒りは凄まじかった。
 そういった噂はあっと言う間に広がり、長男が継いだようだが、父親がそんな人物だ。長男もきっとなにかしらやらかすに違いない、と商売をしようにも、働くにしても誰からも相手にされなかったのである。

 婚約者が居たがもちろん婚約破棄された。
 婚約破棄だが、慰謝料は要らない、と言われた。セコい家からお金をもらう、なんて恥ずかしい事は出来ない、と。
 姉はかなり前に嫁いでいるので、それも離れた土地なので、逆に同情されているそうだ。
 姉もリーナのように責任感のある人物だと既に信用されていたからである。

 父親がそんなセコい横領をしていたなんて、はじめは全く信じられなかった。
 少なくとも自慢の家族だった。そんな家族を恥たのは、生まれて初めてだった。

 後を継いだ長男も誠心誠意謝罪すれば何とか持ち直す事ができると思っていた。
 しかし、世間と現実は冷たかった。

 アーネル子爵のやった横領は、策を労したものではない。
 記帳する時に数字を少し変えるだけだ。

 そんなの子供でも出来る事だ。
 小麦を生産するのも、製粉するのも、梱包、輸送も大変な仕事だ。

 馬鹿にしている。100と書くのを102と書くだけ。
 それで、金貨2枚(約20万円)稼げる。

 一般的平民の一ヶ月の給金だ。
 ふざけるな。という話だ。

 そんな子爵家を領民が許すはずもなかった。
 横領した分は借金をして返済したが、どう頑張っても利息を支払うので精一杯だった。

 賠償金も含め結果的に金貨600枚(約6000万円)の借金だけが残った。
 普通なら、子爵家であれば頑張ればどうにかなる金額だった。

 夫人は離縁して、実家の伯爵家に帰った。
 伯爵家に頼ると、「セコい男に騙された」と取り合ってくれなかった。
 実に微妙に、子爵家では大金だが、伯爵家ではそうでもない、という金額だった。

 なので、実の息子なのに「セコい金額」くらい自分で何とかしなさい。と言われたそうだ。
「セコい夫の元妻」と揶揄され、外にも出れないそうだ。
 リーナは早々に出て行っていて居場所が分からなくなっていた。

 もう立て直しは不可能と判断して、屋敷を売ろうとしたが、だれも買い手がつかなかった。
 縁起が悪い家だから、と。

 結局そういったワケアリ物件を買ってくれる商人に査定してもらったら、金貨30枚(約300万円)だった。
 最低でも、金貨1000枚(約1億円)は価値のある邸宅だ。
 それが、こんな醜聞でこれほど価値が下がるとは。

 リーナがどうやらローズお嬢様に引き取ってもらえたらしい。
 長男は諦め、爵位を返上し、地方へと戻らぬ旅に出た。


 ◆


 2年も横領が見つからなかったのは、貴族がそんなセコい犯罪するわけがない、というものあるが、そういった間違いや不正を見つけ、裁く立場にある人物であったからだ。
 (ローズが見つけたのは、水増しではなく、子爵の気まぐれな月毎の水増し分の差、である)

 子爵のセコいプライドで、セコい犯罪をし、セコい犯罪者となった。

 そういえばリーナのあの父親を見る目。
 あの時、リーナは父親を捨てたのだ。

 貴族院で言われた。
 こんな少ない金額の横領の罪で、爵位を返上した人は初めてだ、と。

 シュナイダー侯爵領で起きた前代未聞の犯罪だが、あまりにも小額の横領だったので、特に気にも止めていないようだ。

 本当に愚かだった。

 少し前まで仲のいい家族だった。

 現在、家族はバラバラとなった。
 怒りを通り越して呆れられている。
 最も愚かな夫であり、父親として。


 救いはリーナがローズ様に引き取られた事だ。




 拘置所で首を吊った子爵が発見されたのは、そのすぐ後だった。
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