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第3章

冬温Ⅰ

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 最近の涼夏すずかは、自分の身体の事も考えずに、勝手な行動が多くなっている。
 今日だって、俺の忠告も聞かないで、あんな雨の中、捨て猫の所になんかに行ったりして!

 俺が迎えに行かなかったら、あの濡れネズミ男につられて、捨て猫を抱っこなんてしていたら、アウトだ!

 動物アレルギーなんだから、クシャミと鼻水と涙が止まらなくなって、敏感な皮膚がかぶれて、血が滲んでしまう。
 雨に濡れて、肺炎になって、肋骨が折れる可能性も有ったんだ。

 誰よりも虚弱体質のくせに、誰よりも心が優し過ぎて、小さい時から損ばかりして、入退院の繰り返し。

 もっとも、涼夏すずかが本当の意味で虚弱なのは、体質はもちろんだが、何よりもその心!

 これまで何度、崩壊した事か!
 その度に、俺がその尻拭いを繰り返して来た。

 涼夏すずかの持つガラス細工のような心を理解できる人間なんて、地球上に俺しかいない!

 俺は、小さな頃からずっと、涼夏すずかのそばで、涼夏すずかの事だけを見て来たのだから。

 涼夏すずかも、俺だけを見ていてくれたら、今まで味わったような辛い思いなんて経験しなくて済んだというのに......

 いつだって、涼夏すずかは、好奇心旺盛で、外の世界への興味を顕わにしている。
 普通の女の子と同じ丈夫な身体と心だったら、それで構わないし、俺も、従妹の涼夏すずか1人に、こんなにも執着しない。

 けど、他の女の子の平均が100としたら、残念ながら涼夏すずかは10%に満たない強度の持ち主。
 心も体も脆く危ういギリギリのところでやっと生きている人間なんだ。

 だから、俺が、ずっと涼夏すずかの近くにいて、もう二度と彼女の心が破綻しないように、守り続けなくては!

冬温とうあ様、失礼いたします。涼夏すずかが、お眠りになりました」

 家に戻って30分も経過しないうちに、侍女の立葉たてはが伝えた。
 雨で体が冷えたから、熱いシャワーを浴びて、すぐ床に就いたのだと察した。

涼夏すずかに何か変わった様子は?」

 涼夏すずかの目的が捨て猫を見に行く事だったとしても、結果的には、濡れネズミ男と出会ってしまっていた。

 しかも、涼夏すずかの持参していた傘を、持たせていた!

 そんな男、自分が好きで勝手に濡れていたんだから、放っておけば良いものを......

 またいつもの涼夏すずかのお節介気質が発動して、放っておけずに、傘を差し出したのだろう。
 一度は、濡れネズミ男がせっかく断ったというのに、それで諦める事無く、涼夏すずかの方から、無理矢理手渡していた。

 その時に、また何か心のスイッチが入ってなかったらいいが......

涼夏すずか様はいつになく上機嫌で、鼻歌まで歌ってました」

 立葉たてはの伝えた言葉が、重く響いた。

 涼夏すずかが鼻歌を歌っている時は、外の世界から、何か明るい気持ちを持ち帰った時。
 特に心が満たされている時の状態だ。

 嫌な予感はしていたが、涼夏すずかは明らかに、あの濡れネズミ男に好奇心を抱いている!

 いや、好奇心というより、好意に近いだろう。
 
 涼夏すずかは、そんな事を今まで何度も繰り返して来た。
 そして、その度に、涼夏すずかは相手との恋愛により背負いきれない重荷に悲鳴をあげて、元の生活に戻る事を切望し続けた。
 涼夏すずかの好奇心旺盛なその心は、今回も敢えて、いばらの道を辿ろうとしているのだろうか?

 俺は、涼夏すずかに自由な選択をさせ、また打ちひしがれる彼女を目にする事しか出来ないのか?


立葉たては、あの濡れネズミ男の素性を調べて教えてくれ」


「かしこまりました」

 涼夏すずかが眠っているうちに、まずは情報収集だ!

 相手がどのような人物か、前もって見極めておかねば。
 その情報次第では、再度会う事が無いように、涼夏すずかの心をリセットさせる必要が有るかも知れない。

 これまでは、相手がよほどの悪人でもない限り、それを避け、涼夏すずかの想いを成就させていた。
 成就......というのは語弊が有るかも知れない。

 ある程度の接近までは可能だ。
 ただ、それ以上は、お互いが望んだところで、不可侵の範疇となる。
 涼夏すずかはもちろん大丈夫だが、男側が無理が有るだろう。

 それを許容出来る相手ならば、もしかすると、交際が続くのかも知れないが、そんな前例は皆無だ。

冬温とうあ様、お待たせしました。さきほどの男の情報です」

 それほど待たされてない......

 まだ20分も経過していないというのに。
 大抵、30分もしないうちに、調べ上げて来る事が多いが、立葉たてはは、一体、どういう情報網を持っているんだ?

「ありがとう、そこに置いてくれ」

 レポート用紙2枚分か。
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