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そのころ勇者パーティは③

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 話はちっとばかし遡る。

「――後で、みんなに相談したいことがある」

 珍しく神妙な顔をして(いつもは割とふてぶてしい顔をしている)、エーリクが改まった様子でオレらに切り出してきた。
 細々とした準備を終えて、拠点である魔空挺に帰ってきたところである。明日にはとうとう、魔界と化した首都へ初めて足を踏み入れるつもりなので、きっとその話なのだろう。

 風呂に入ってさっぱりし、近くの町でテイクアウトしてきた夕飯をたらふく食ってから、エーリクの『相談』とやらが始まった。

「先日手に入れた、この【神竜王の息吹】の使い道についてだ」

 エーリクが慎重に口を開く。
 予想外の話題にオレは虚を衝かれ、ブランカとマリアも怪訝そうに顔を見合わせた。

「はあ? 使い道、って言われてもよ」

「決まってるじゃない。魔王を倒したと思って油断した直後に、あたしたちは即死レベルのとんでもない攻撃を受けることになるんでしょ?」

「防げるのは唯一【神竜王の息吹】のみ――……シンちゃんさんが、そうおっしゃってましたよね?」

 口々にそう言えば、エーリクが唇を引き結んで頷いた。

「そうだ。だが実は、俺はこれを別の目的に使いたいと思っているんだ」

「別の?……って、一体なんなんだよ?」

 怒ってるみたいに聞こえたかもしれねぇが、決して責めてるわけじゃない。
 エーリクの並外れた行動力と、シンちゃんの先を見通したお告げがあってこそ、オレらは一人も欠けることなく魔族どもの本拠地に到達できたんだ。そのエーリクの頼みとあらば、力になってやりたいと心から思う。

 ブランカとマリアも同じ気持ちなんだろう。
 特に抗議するでもなく、じっとエーリクの言葉を待っている。その目には、揺るぎない信頼があふれていた。

「勝手を言って、お前たちには本当にすまないと思っている。だが、ひとまず俺の話を聞くだけ聞いてほしい。――俺は【神竜王の息吹】を、幼馴染の……アリサの夢を叶えるために使ってやりたいんだ」

 そうしてエーリクは、驚くオレらに向かって静かな口調で語り出す。
 息をひそめてその内容に聞き入って、オレはじっと考え込んだ。いやオレは考えるのは苦手なんだけど、エーリクがこんなに真剣なんだから。友達として、一緒に悩んでやらなきゃいけないと思う。

「……なるほど。とりあえず、エーリク様の望みは理解いたしました」

 同じく黙り込んでいたマリアが、顔を上げてまっすぐにエーリクに向き合う。

「一つだけ、確認させてください。エーリク様は、アリサさんのためにわたくしたちに死ねとおっしゃっているのですか?」

「っ。お、おいマリア!」

 エーリクがそんなこと言うわけねぇだろ!
 そう叫ぼうとしたのだが、ブランカから素早く後頭部を引っ叩かれた。お前は黙ってろ、と言いたいようだ。

「違う」

 エーリクは全く動揺した様子もなく、間髪入れずにマリアの問いを否定した。ま、当然だよな。

 マリア自身もこんな質問をしたものの、そんな可能性は毛ほどにも考えていなかったようだ。あっさり首肯すると、テーブルの上で丸くなっているシンちゃんに視線を移した。

「ならばシンちゃんさん、どうぞ教えてくださいませ。【神竜王の息吹】を使わずして、わたくしたちが勝利する方法はあるのですか?」

 シンちゃんは眠そうに顔を上げる。
 ぷあ、と大あくびしてから、ゆるゆると首を横に振った。

「さあ? 全っ然わかんね。だってオレ、未来なんか一度だって見通せたことねぇし。今までのはぜーんぶ、アリアリからの受け売りだも~ん」

「おっ、おいシンちゃん!?」

 目を剥くエーリクに、シンちゃんはぷくっと頬をふくらませる。

「相棒の話の持っていき方が悪いよ。アリアリのお陰でオレたちはここまで来れたんだから、アリアリに恩返しをするために使わせてくれって素直に頼めばいいじゃんか」

「違う! 俺はあいつに借りを返したいわけじゃない、そんなことは何も関係ない! 俺はただ、アリサへの独りよがりな感情だけで、みんなに無茶をいているだけだっ」

 あっけに取られるオレたちを、エーリクは目元を赤くして見回した。ちょっと待て、オレ全然話についていけてねぇ。
 今までずっと冒険の手助けをしてくれたのは、シンちゃんじゃなくてアリサちゃんだったってことか?

 あわあわと確かめようとしたら、先にブランカが口を開いた。

「聞きたいことは色々あるけど、まずは置いといて。……エーリク、アンタのことだから何か策があるんでしょう?【神竜王の息吹】は取っておきたい、でもあたしたちも死なせるつもりはない、なんて無茶苦茶を言う以上はね」

 エーリクは瞬きすると、我に返ったように身を引く。
 どうやら冷静さを取り戻したらしく、額に浮いた汗をぬぐって頷いた。

「ああ。策、というほどじゃないが、考えていることはある。……旅立つときにアリサがくれた、この攻略本によると」

 攻略本ってなんやねん?

 首をひねるオレらは放置して、エーリクは取り出したノートをパラパラとめくっていく。

「ここだ。『魔王を倒せたとしても、決して油断してはダメ。謁見の間にいたはずのエーリクたちは、一瞬のうちに宇宙空間のような真っ暗な場所に移動させられてしまうの』……ちなみにこれは単に、戦闘の演出効果を高めるためではないかとアリサは予想しているが」

 演出効果って??

「俺は、そうは思わない。勇者とその仲間、そして伝説の神竜を即死させるほどの攻撃だ。普通に考えて魔王城だって相応のダメージを受けるはずだが、果たして魔王が自分の城を壊そうとするだろうか。気兼ねなく俺たちを殺せる場所へ招待するつもりなんじゃないのか?」

「そうね。とてつもない魔力を消費はするけど、対象を亜空間に引きずり込んでから攻撃する方が、ずっと現実的だとあたしも思うわ」

 ブランカが相槌を打つと、エーリクはほっとしたように頬をゆるめる。が、すぐに表情を引き締めて、厳しく全員を見回した。

「だから俺は考えた。魔王を倒し、そして魔王が復活する兆しが見えたその瞬間、俺たちはさりげなく謁見の間から出ていけばいいんじゃないか?」

『…………』

 オレたちは絶句した。
 まさかの勇者敵前逃亡宣言?

 何とも言えない顔をするオレらに構わず、エーリクは淡々と説明を続ける。

「なるべく謁見の間から離れたところで、まずマリアが高位結界を張る。そしてその内側にブランカが、マリアよりは劣るだろうが防御魔術を展開させるんだ」

「そんでもって、トリを飾るのがこのオレだ! 巨大な盾に【形状変化トランスフォーム】して、みんなの最後の砦になってやんぜ!」

 シンちゃんがくるんと宙返りして胸を張った。……えぇっと。

 頭が混乱して、オレは何も考えられなくなる。
 けれど頼りになる女性陣は、俺を置いて思考をフル回転させていたようだ。しばし経ってから、マリアが「なるほど」と大きく首肯した。

「悪くないと思います。少なくとも、試してみる価値はありますね。……ちなみにエーリク様は、どの段階でこの作戦を放棄されるおつもりですか?」

「無論、マリアの結界が突破された時点でだ」

 エーリクが迷いなく答える。

「ブランカの防御魔術と、シンちゃんの盾はあくまで保険に過ぎない。俺は即座に【神竜王の息吹】を発動できるよう構えておくから、マリアには結界に集中してほしい。……俺はアリサが大切だとは言ったが、みんなのことだって大切なんだ。絶対に、誰一人失うつもりはない」

 きっぱりと言い切ったエーリクに、オレはこっそり感動する。やっぱりこの年下のリーダーは、仲間思いのいいヤツだぜ!

「……あの。盛り上がってるところ悪いんだけど」

 ブランカが言いにくそうに手を挙げる。
 全員の視線が彼女に集中した。

「あたし、防御魔術なんて使えないけど? 何せ攻撃一辺倒の魔術師だから」

 おう、そうだった。
 ブランカにできるのは爆発させること、吹っ飛ばすこと、切り刻むことだけだよな!

 元気にそう言ったら、ブランカから思いっきり足を踏まれた。なんでだよ。

「いや、心配するなブランカ。攻略本によると、レベル50に到達した段階でお前は防御魔術を取得するらしい」

「レベル50? 何よそれ?」

「俺にもよくわからん」

 どうやらエーリクにも本当にわかっていないらしく、首をひねりながら攻略本(?)とやらを確認する。

「だがまあ、レベル上げはそれほど難しくないと思う。物々交換イベントで手に入れたこの【倍速の腕輪】、これを使えばなんと経験値が二倍手に入るらしい」

「経験値、って何ですか?」

「……さあ?」

 やっぱりわからんらしい。

 だがともかく、これでオレらの取るべき行動が決定した。

 まずはひたすらレベル上げ、つまりエーリクが言うには強くなるための修行をすること。
 ブランカが防御魔術を覚えるためでもあるし、最後のダンジョンに備える意味もある。鍛錬を重ねれば、マリアの結界もさらに強固になるはずだしな。

「修行場所は魔王城の城下町がいいと思う。ラストダンジョンらしく、出現する敵がかなり強いらしい」

「それも攻略本情報か?」

 エーリクをからかいつつ、オレはめらめらと闘志が湧いてくるのを感じていた。

 アリサちゃんを想うエーリクのためにも、オレは絶対に強くなってみせるぜ!
 わざわざ敵前逃亡しなくたって、マリアの結界に頼らなくたって、オレが圧倒的な強さで魔王を倒せば全部解決するかもしれないだろ?

「よおしッ! 明日からみっちり修行しような、みんな!!」

 張り切りまくるオレに苦笑しつつも、全員が手を振り上げて応えてくれた。
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