上 下
4 / 38

4.神竜さんは困っているようだ!

しおりを挟む
「いやオレはね? 過去に魔王を倒し魔界へと封じた、崇高なる神竜の一族の末裔でね? 未来の世界で再び魔王が攻めてきた時に備えて、ここで長きにわたる眠りについてたってわけで」

「知っている。そして俺こそが魔王を倒す勇者だ。というわけで、お前の力を俺に貸せ」

「なんでだよ! まだ魔王来てないじゃーん!?」

 わあわあ言い争う一人と一匹を、私はエーリクのぶん投げた大岩に寄りかかって見物していた。ふあ、と口からあくびが漏れる。

「アリサ、疲れたか? 今すぐ帰ろう」

「ねえ待ってまだ話し合いの途中だよねぇ!?」

 神竜さんが小さな翼をぱたぱたさせて抗議した。私は苦笑して彼に歩み寄り、綺麗な鱗をそっとつつく。

「ごめんなさい。確かに魔族が攻めてくるまであと数年あるけど、エーリクにはそれまでに強くなってほしいの。だから神竜さん、どうかエーリクと一緒に戦ってくれませんか?」

 真摯に頼み込めば、神竜さんは戸惑ったように翼をはためかせるのを止めた。
 じいっと私を見上げ、くるんと宙を一回転する。

「まあ……あと数年程度なら、早起きしすぎたってわけでもないから構わないけどさ。でも娘さん、キミは一体何者なの? オレのことや魔族のこと、そしてこれから起こることまで、やけに詳しく知ってるみたいだけど」

「ああ、それは――」

「待て、アリサ。それはまた今度ゆっくり説明すればいい」

 エーリクが待ったをかけて、私の手を引いた。じっと顔を覗き込み、額を合わせて熱がないか確認する。

「大丈夫そうだな。それでも無理はするな、帰りも背負ってやる」

「え~っ、大丈夫だってば」

 ちょっとだけ言い合い、結局歩けるところまでは自分で歩くということで落ち着いた。幼児じゃないんだから当然です。

「……なんか、オレに対する態度と違いすぎる気がするんですけど」

 黙って眺めていた神竜さんが、ぷっくりと頬をふくらませた。可愛い。ほっぺがピンク色になっている。

「神竜さんは、よかったら私の肩に乗りませんか? たてがみをふわふわしたいなぁ」

「おおっ、お目が高い! オレ様の極上たてがみは、触り心地もばっちぐー」

「重みでアリサがつぶれたらどうする。お前はここだ」

 エーリクが問答無用で神竜さんを自分の首に巻きつけた。くっ、さっきからそれ羨ましいんですけど!

「つぶっ!? なんだよ、オレそんなに太ってないもんー!」

「私だってそこまで弱っちくないしー!」

 ブーイングもなんのその。
 エーリクはすたすたと歩き出し、私も慌てて後を追った。

 神竜さんは大人しくエーリクの首周りにとどまりながらも、目だけ動かして興味深そうに森の中を観察している。木漏れ日がキラキラと道を照らし、神竜さんはほうっと息をついた。

「う~む、美しき世界かな。久しぶりに起きたけど、いいもんだよなー。あまりに寝すぎたせいで、自分の名前すら忘れちまったぜあっはっは」

「それ、全然笑い事ではないような……?」

 げんなりと突っ込む私に、エーリクも眉をひそめて頷いた。

「ああ、呼び名がないのは不便だ。アリサ。お前はこいつの名を知っているのか?」

「うーん……。一応、デフォルトの名前があるにはあるんだけど」

 私はついつい言葉を濁してしまう。

 というのも、この神竜さんの初期設定の名前は『ハクリュウ』というのだ。あまりに見た目そのまますぎて、私は全然気に入っていなかった。

「だから私は、毎回オリジナルの名前に変えてたんだけどね。神竜から取って『シンちゃん』にしてたの」

「えっオレやだよ、そんなガキくさい名前。もっと格好いいのが」

「シンちゃんだな。決定」

 決定されてしまった。ごめんよシンちゃん。

 やーだー!と騒ぐ彼をなだめながら、先を急ぐ。お昼ごはんの時間はとうに過ぎてしまっているから、家族も私たちを心配しているかもしれない。

「どうしよう、エーリク。村に着いたら、シンちゃんにはどこかに隠れていてもらう?」

「大丈夫だぜ娘さん! オレは完璧に透明にもなれるからよ!」

 シンちゃんがえっへんと胸を張る。おおっ、そうなんだ。ゲームにはなかった豆知識だね!

 大喜びする私を見て、エーリクも頬をゆるめた。

「なら俺の家で一緒に暮らしても問題なさそうだな。シンちゃん、俺は母と二人暮らしだ。母が一緒の時は姿を隠していてくれ」

「……お、おうわかったぜ」

 シンちゃんが目を白黒させながら頷いた。
 それからそっと横を向き、「お前もちゃん付けで呼ぶんかい」とブツクサ言っていた。うん、それ私も思ったけど、まあいいんじゃない?

 でもそっか、これからシンちゃんがエーリクと暮らすとなると――

「ねえエーリク、シンちゃんの毎日のごはんはどうするの? こっそり用意するなら、私も手伝うけど」

 どうやらそこまで考えていなかったらしく、エーリクが瞬きする。
 肩でくつろぐシンちゃんを、くいくいとつついた。

「お前は何を食うんだ、シンちゃん」

「オレ? 別になんでも食うよー! 竜は食わなくても死にはしないけど、久しぶりに起きたからには腹いっぱい食べたーい!」

「わかった、任せろ。虫を山ほど取ってきてやる」

「いやオレ爬虫類じゃねぇし!? もっと普通のもん寄越せや~!!」

 虫は栄養豊富なんだぞ、ならお前が食えや、などと二人は息の合った掛け合いをする。うんうん、どうやら早速仲良くなってるみたい。ファンとしては嬉しい限りだ。

 なんて大騒ぎしていたら、気づけばもう森の出口だった。行きと違って、自分の足で歩き通せたのが嬉しい。

「えへへ、もうお腹ペコペコ。うちでお昼ごはん食べたら、すぐにまたエーリクの家にお邪魔するからね?」

「わかった」

 エーリクと私の家は目と鼻の先。
 いったん別れて家のドアを開ければ、中はしんと静まり返っていた。お父さんは仕事として、お母さんも出掛けてるのかな?

 テーブルには、置き手紙と昼食らしきパンが用意されていた。手紙には、「エーリク君と遊んでるのよね? もう時間だから、お母さんは手仕事の会に行ってきまーす!」とある。

(……ああ、そういえば今日って言ってたっけ)

 手仕事の会――それは村長の家に村の奥様方が集合し、編み物や縫い物をする会である。

 ……てのはもちろん建前で、実際は単なるおしゃべり会。お菓子や軽食を持ち寄って、ピーチクパーチクと噂話に花を咲かせるのだ。

「なら、エーリクのお母さんも今いないってことだよね」

 一人で食べるのはさみしいし、お昼ごはんはエーリクの家で一緒に食べようっと。
 勝手に一人決めしてミルクをカップに注ぎ、パンのお皿と一緒にお盆に載せる。こぼさないよう注意しつつお隣へと移動した。

「お邪魔しますっ! エーリク、シンちゃん、一緒にごは――……んん!?」

 思わずお盆を取り落としそうになる。

 家の中は異様な雰囲気に満ちていた。
 エーリク、シンちゃん――それからエーリクと同じ暗赤色の髪の女性が、二人と一匹で輪になって立ち尽くしている。シンちゃんは空中で停止し、金色の目をまんまるに見開いていた。

(……え、うそ)

 エーリクの――お母さん!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

《完結》転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~

芽生 (メイ)
ファンタジー
ガタガタと揺れる馬車の中、天海ハルは目を覚ます。 案ずるメイドに頭の中の記憶を頼りに会話を続けるハルだが 思うのはただ一つ 「これが異世界転生ならば詰んでいるのでは?」 そう、ハルが転生したエレノア・コールマンは既に断罪後だったのだ。 エレノアが向かう先は正道院、膨大な魔力があるにもかかわらず 攻撃魔法は封じられたエレノアが使えるのは生活魔法のみ。 そんなエレノアだが、正道院に来てあることに気付く。 自給自足で野菜やハーブ、畑を耕し、限られた人々と接する これは異世界におけるスローライフが出来る? 希望を抱き始めたエレノアに突然現れたのはふわふわもふもふの狐。 だが、メイドが言うにはこれは神の使い、聖女の証? もふもふと共に過ごすエレノアのお菓子作りと異世界スローライフ! ※場所が正道院で女性中心のお話です ※小説家になろう! カクヨムにも掲載中

処理中です...