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第三章

第56話 二人っきりの。

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 自室のベッド脇の棚をあさり、隠しておいたプレゼントの箱を取り出した。両手で大切に抱え込んで、息を弾ませながら寒い廊下を駆け抜ける。

(ふふっ、なんだか不思議な気分だわ)

 いつもならもうとっくに夢の中にいる時間。

 本来ならば眠くてたまらないはずなのに、興奮のせいかちっとも眠気はやってこない。かじかんだ指先をはあっと温めて、待ち合わせ場所である精霊廟へと足を急がせる。

「――ガイウス陛下っ!」

 音を立てて重い扉を開け放つと、花畑の中に立ち尽くしていた人影が振り向いた。私を認めて、ふわりと優しく微笑む。

「きゃあっ、陛下!?」

 ――人型だ!

 しかも毛織のローブをはおっているものの、今日はフードは被っていない。獣型の時と同じ、金茶色の美しい髪がむき出しになっている。

 走ってきた勢いそのままに、体当りするように陛下に抱き着いた。陛下も笑いながら私を抱きとめてくれる。

 胸に顔を埋めていると、笑みを含んだ声が降ってきた。

「本当は獅子の姿の方が、君を暖められるしいいかと迷ったんだが……。その、構わなかっただろうか?」

「ええ、もちろん!……それに陛下、人型でも充分体温が高いわよ?」

 いたずらっぽく見上げると、途端に顔を真っ赤にしてしまう。くすくす笑いながら、湯気の出てきそうな熱い身体に頬を寄せる。

 真夜中の精霊廟は、灯火もないのになぜかぼんやりと明るかった。ステンドグラスを通して、月明かりが差し込んでいるのかしら――……

「リリアーナ。その、俺からの贈り物を受け取ってもらえるか?」

 恥ずかしそうな声音に、慌てて意識をこの場に戻す。笑顔で大きく頷いた。

「喜んで! 私からももちろん用意してあるわ」

 二人手を繋ぎ、いつもの階段に並んで腰掛ける。
 まずはガイウス陛下のプレゼントから。膝に置いて包みを開くと、雪のように真っ白なミトンが出てきた。

「……っ。凄い、これ手編みなのね……!」

 早速着けてみると、ふんわりしたやわらかな毛糸がなんとも良い手触りだ。へらりと笑み崩れて、ミトンを着けた手で頬を挟む。

「あったかいわ、とても」

「よかった……! 編み物など初めてだったから、気に入ってもらえるかと心配だったんだ」

 安堵したように息を吐く彼を見て、目をいっぱいに見開いた。愕然として、もう一度じっくりミトンを確認する。
 編み目は美しく揃っているし、ほつれたりよじれたりも一切していない。ほうっと感嘆の吐息をつく。

「……初めてだなんて到底思えないわ。陛下は手先が器用なのね」

「そうかな? 夢中だったものだから……。その、リリアーナ。実はまだあって」

 恥ずかしそうに目を伏せながら、背中に隠していた包みを差し出した。ええっ、まさかの二つ目!?

「何かしら」

 わくわくと開けば、今度はミトンとお揃いらしきマフラーが出てきた。白いポンポンが可愛い~。

 大喜びで首に巻くと、陛下がまたもはにかんだ。

「実はもうひとつあって……」

「ええっ? わ、わぁい。何かしら」

 陛下の毛並みに似た、金茶色のもこもこした膝掛け。

「実はまだ……」

 ふわっふわの桃色の耳当て。

「そしてまだ……」

「待って待って待って!? さすがに多すぎない!?」

 一体どれだけ編んだのかと、全身全霊で突っ込んでしまう。
 陛下ははっと息を呑むと、しおたれたように俯いた。膝に置いた手をきつく握り締める。

「やはり、めい
「迷惑なんかじゃありませんっ! とっても嬉しいわ!」

 大急ぎで声を張り上げて、やわらかな髪に手を伸ばした。ぽんぽんと撫でて顔を覗き込む。

「嬉しいけど、無理をしたのじゃないかと心配になって。こんなにたくさん編むのは、随分時間がかかったんじゃないですか?」

「い、いや。それは……」

 ほんのりと頬を染めた陛下は、困ったように視線を泳がせた。背中に手を回し、最後の包みを私に差し出す。

 丁寧にリボンを解くと、今度は暖かそうな靴下が出てきた。――とうとうこらえきれずに噴き出してしまう。

「陛下ったら! 一体どれだけ私を暖めたいのっ?」

 お腹を押さえて笑い転げる私を見て、陛下も頬を上気させて笑い出した。追加とばかりにマフラーを私にぐるぐる巻きつけて、榛色の髪に指を絡ませる。

「セシルから、君が病弱だと散々聞かされていたものだから。……君との婚約話が持ち上がって……そのう。まだ打診すらしていない段階から、俺ひとり張り切って……」

 だんだんと声がか細くなる。

「毎晩こつこつと編み続けていたんだ。……一年がかりぐらいで」

「えええええっ!!?」

 一年がかりの夜なべの手編み!?
 しかもガイウス陛下は、ただでさえ仕事中毒で働いてばかりだというのに!

 一気に目つきが険しくなったであろう私から、陛下が怯えたように身体を離した。いたずらがバレた子どものように、ぺしゃりと凹んで上目遣いになる。

「……その。怒った、か?」

「ええ、ものすごく」

 きっぱりと頷き、「それはそれとして」と戦利品をまとめて抱き締める。

「プレゼントは喜んで頂きます。毎日使うし、大切にするわ。……でもね」

 いかめしく言葉を切って、陛下の頬に手を伸ばした。目をしばたたかせる彼に構わず、むにっと思いっきりつまんでやった。

「いひゃひゃひゃっ!?」

「無茶しすぎちゃ駄目。来年はこんなにたくさんいりませんからね? 夜はきちんと寝てください!」

 ぴしゃりと苦言を呈すると、陛下は長身の身体を縮めて「ハイ……」と消え入るように返事をした。うんうん、わかれば良いのです。睡眠は大事なんだから、ちゃんと私をお手本にするのよ?

 やっと満足して、今度は私からのプレゼントを取り出した。喜んでもらえるかと、今更ながらにドキドキしてくる。

 こほん、と空咳して、まずはクッキーの小箱を彼の手の平に載せた。緊張の面持ちで受け取った陛下が、ごくりと喉仏を上下させる。

「あ、開けてもいいだろうか?」

「どうぞ。……でもね、実はそっちはオマケなの。他の皆にあげたものと同じだから」

 舌を出して告げると、陛下は安堵したように息を吐いた。いそいそと小箱を開き、ぱあっと顔を輝かせる。

「クッキーか! 綺麗に焼けているな……! 君がこんなに料理上手だったなんて」

 ふふん。
 もっと褒めてくれてもいいのよ?

「セシルが君は不器用だと散々言っていたが、あれは妹可愛さでわざと貶していたのだな」

「…………」

 おのれセシル兄。
 次会ったときには、唐辛子入りの真っ赤に燃え盛るクッキーをくれてやるわ。

 笑顔で仕返し計画を練る私には気付かずに、陛下はあらゆる角度からクッキーを観察し続ける。そうして上機嫌で箱を閉じてしまった。えっ!?

「食べないのっ?」

「だって、食べたらなくなるだろう」

 心底不思議そうに小首を傾げられる。いや、それは自然の摂理よね!

 呆れ果てた私はクッキーの小箱を取り上げて、ガバリと豪快に開く。

「今食べてっ! 食べなかったら腐るだけです!」

「腐らせない! 毎日眺めて腐る寸前で食べる!」

「お腹を壊したらどうするの!」

 わあわあ言い合いつつ小箱を奪い合う。
 業を煮やした私はクッキーをつまみ、問答無用で陛下のお口に突っ込んだ。目をまんまるに見開いた陛下は、仕方なさそうにクッキーに歯を立てる。

 しばしもごもごと口を動かして、名残惜しそうに飲み込んだ。

「……美味しい」

「それは良かったわ。いつでも作ってあげるから、ちゃんと全部食べてね?」

「……うん」

 存外素直に返事をすると、再び幸せそうにクッキーに手を伸ばす陛下であった。
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