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第二章
第23話 コイン集めの道は険しく。
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『王城医師ディアドラの肥えに肥えた舌を唸らせろ! ~秋の味覚よかかってこい。猫獣人だけど魚以外も大歓迎~』
「…………」
長蛇の列の隙間を抜けて近付くと、でかでかと墨書された看板が目に入った。……何、これ?
ロープで区切られた区画の中にはテーブルが設置されている。
その大きさに比して、テーブルの前にふんぞり返って座るのはディアドラただひとり。彼女の前には空っぽのお皿が山と積まれていた。
列の先頭にいた女の人が、緊張したように進み出る。
差し出された料理の皿を受け取り、ディアドラはもったいぶった仕草でナイフとフォークを手に取った。いつもよりお上品に口に運び、目を閉じてゆっくりと咀嚼する。
イアンが嬉しそうに指を鳴らした。
「おおおっ、料理審査かぁ! 姫さん、姐さんっ。料理は得意か? ちなみにオレぁ全くだ!」
「……右に同じく」
「わ、私も。これでも一応、お姫様なもので」
目を逸らしつつ答えると、イアンはあからさまにがっかりした。悔しげに地団駄を踏む。
「そうかぁ、せっかく楽勝の課題だったのにな。……仕方ねぇ、別の課題に移動するぞ」
……課題?
と、いうか。
「これって楽勝なの? いつも早食いのディアドラにしては、珍しく真剣に味わってるみたいだけど――」
言いかけたところで、ディアドラがカッと目を見開いた。手元に置いてあったベルを、チリンチリンと高らかに鳴らす。
「んまいっ! 合格、コイン一枚進呈だっ」
「やったぁっ! ありがとうございます!」
大喜びする女の人が去り、次の男の人がまたもディアドラの前に皿を置く。
「うちの屋台の看板商品、ソース焼き麺です」
「んまいっ! これもコイン一枚っ」
チリンチリン!
「我が家で三日三晩煮込んで作った、お味しみしみ根菜の煮物です」
「うんまいっ! 持ってけコイン一枚っ」
チリチリチリン!
イアンが思いっきり苦笑した。
「ほらな? 高級菓子だなんだって集めてる割に、アイツは基本何食わせてもうまいって言うんだよ」
なるほどね。
しみじみ納得している間にも、列はぞろぞろと進んでいく。
見ているこっちの方が胸焼けしてきそうだが、ディアドラは顔色ひとつ変えていなかった。むしろ嬉々とした様子で、次々と饗される料理を素晴らしいスピードで平らげていく。
「うちで収穫した梨です。心を込めて切りました」
「その辺の川で釣った魚です。こんがり丸焼きにしました」
「その辺の山で拾った栗です。ほっくり茹でました」
「んんんんまぁい! 全部まとめて合格だあぁっ」
チリチリリンリン!
「…………」
鳴りっぱなしのベルの音に、胸の奥からふつふつと不思議な感情が湧き上がってきた。ぎゅっとこぶしを握り締める。
――なんだか、私にだってできそうな気がしてきたわ。
やっちゃう? やっちゃう? 人生初のお料理デビュー。ちょっとメイベル、今すぐ包丁とまな板を用意してちょうだい!
「おやめなさいましリリアーナ殿下。いくらディアドラでも、血みどろ料理は不合格にするでしょうから」
「んだな。時間の無駄はやめて、次行こーぜ次」
二人から冷たく却下され、がしっと肩を引っ掴まれた。
強制退場させられつつも、諦めきれずに手を伸ばす。
「待ってお願いっ。隠された才能が開花する瞬間に立ち会えるのよ!?」
「おっ、見ろよ姐さん。今度はエリオットだぜ」
「あら本当。あたし達も行ってみましょうよ」
無視しないで!?
じたばた必死で暴れるも、華奢な私が怪力二人に敵うはずもなく。今度は食堂らしき店先に辿り着いた。
軒下に用意された長テーブルでは、エリオットを含め五人の男達が巨大なジョッキを傾けている。泡立った褐色の液体、あれは――
「……お酒?」
首をひねる私に、イアンが軽い調子で頷く。
「ああ。ここは酒場だし、どうやら飲み比べっぽいな。男達の前にコインが並べられてるだろ? 各々自分のコインを賭けて、勝ったヤツが総取りすんだな、きっと」
「賭け事ってこと? やあねぇ」
眉をひそめたメイベルは、早々に私を促した。
「次に参りましょう、殿下。このような低俗な見世物は――」
苦々しく言いかけたところで、おおっと観衆がどよめく。ぐいと唇を拭ったエリオットが、高らかにジョッキを突き上げたのだ。
エリオットは完全に据わった目で辺りを睥睨すると、おごそかに宣言した。
「……こ。こここ、降、参……です。きゅう」
『エリオットーーーーッ!!?』
そのまま倒れ伏してしまった彼に、メイベルと二人して大絶叫する。……いえ、今なんだか他の声も聞こえたような……?
思考停止したのは一瞬で、すぐさま観衆を押しのけてエリオットに駆け寄った。テーブルの片隅に置いてあった水差しから、エリオットの口にガバガバと水を注ぎ込む。
「しっかりエリオット! 傷は浅いわ!」
「がぼぼぼぼぼ」
「リリアーナ殿下! もっと、もっとです! 水でアルコールを薄めなければっ」
「ぼががががが」
お代わりを持ってきてくれたメイベルと共に、懸命に彼を介抱する。「いやいやちょっ、待て待て待て!?」何やら焦った声が背後から聞こえたが、こちらとしてはそれどころではない。
さらに水を追加しようとしたところで、ぱしっと腕を掴まれた。
「はいはい、そこまでな姫さん。おーい生きてるかエリオットー?」
イアンが笑いながらエリオットを抱き起こす。
びしょ濡れになったエリオットが、うっすらと目を開けた。虚ろな瞳で私達を順繰りに見る。
「夢を、見ていました……。川で、溺れる夢を……。苦し、かった」
唇を震わせる彼に、涙ながらに縋りついた。ぽかぽかと激しく胸を叩く。
「それはきっと、東方の国で伝えられている『三途の川』というものよ! なんて無茶をしたの……! あなた、死ぬところだったのよエリオット……っ」
「全くっ。リリアーナ殿下とあたしがいなかったらどうなっていたことかっ」
荒っぽく吐き捨てているものの、メイベルだって涙声だ。目元を擦りながら、無事の生還を喜び合う私達であった。
「…………」
長蛇の列の隙間を抜けて近付くと、でかでかと墨書された看板が目に入った。……何、これ?
ロープで区切られた区画の中にはテーブルが設置されている。
その大きさに比して、テーブルの前にふんぞり返って座るのはディアドラただひとり。彼女の前には空っぽのお皿が山と積まれていた。
列の先頭にいた女の人が、緊張したように進み出る。
差し出された料理の皿を受け取り、ディアドラはもったいぶった仕草でナイフとフォークを手に取った。いつもよりお上品に口に運び、目を閉じてゆっくりと咀嚼する。
イアンが嬉しそうに指を鳴らした。
「おおおっ、料理審査かぁ! 姫さん、姐さんっ。料理は得意か? ちなみにオレぁ全くだ!」
「……右に同じく」
「わ、私も。これでも一応、お姫様なもので」
目を逸らしつつ答えると、イアンはあからさまにがっかりした。悔しげに地団駄を踏む。
「そうかぁ、せっかく楽勝の課題だったのにな。……仕方ねぇ、別の課題に移動するぞ」
……課題?
と、いうか。
「これって楽勝なの? いつも早食いのディアドラにしては、珍しく真剣に味わってるみたいだけど――」
言いかけたところで、ディアドラがカッと目を見開いた。手元に置いてあったベルを、チリンチリンと高らかに鳴らす。
「んまいっ! 合格、コイン一枚進呈だっ」
「やったぁっ! ありがとうございます!」
大喜びする女の人が去り、次の男の人がまたもディアドラの前に皿を置く。
「うちの屋台の看板商品、ソース焼き麺です」
「んまいっ! これもコイン一枚っ」
チリンチリン!
「我が家で三日三晩煮込んで作った、お味しみしみ根菜の煮物です」
「うんまいっ! 持ってけコイン一枚っ」
チリチリチリン!
イアンが思いっきり苦笑した。
「ほらな? 高級菓子だなんだって集めてる割に、アイツは基本何食わせてもうまいって言うんだよ」
なるほどね。
しみじみ納得している間にも、列はぞろぞろと進んでいく。
見ているこっちの方が胸焼けしてきそうだが、ディアドラは顔色ひとつ変えていなかった。むしろ嬉々とした様子で、次々と饗される料理を素晴らしいスピードで平らげていく。
「うちで収穫した梨です。心を込めて切りました」
「その辺の川で釣った魚です。こんがり丸焼きにしました」
「その辺の山で拾った栗です。ほっくり茹でました」
「んんんんまぁい! 全部まとめて合格だあぁっ」
チリチリリンリン!
「…………」
鳴りっぱなしのベルの音に、胸の奥からふつふつと不思議な感情が湧き上がってきた。ぎゅっとこぶしを握り締める。
――なんだか、私にだってできそうな気がしてきたわ。
やっちゃう? やっちゃう? 人生初のお料理デビュー。ちょっとメイベル、今すぐ包丁とまな板を用意してちょうだい!
「おやめなさいましリリアーナ殿下。いくらディアドラでも、血みどろ料理は不合格にするでしょうから」
「んだな。時間の無駄はやめて、次行こーぜ次」
二人から冷たく却下され、がしっと肩を引っ掴まれた。
強制退場させられつつも、諦めきれずに手を伸ばす。
「待ってお願いっ。隠された才能が開花する瞬間に立ち会えるのよ!?」
「おっ、見ろよ姐さん。今度はエリオットだぜ」
「あら本当。あたし達も行ってみましょうよ」
無視しないで!?
じたばた必死で暴れるも、華奢な私が怪力二人に敵うはずもなく。今度は食堂らしき店先に辿り着いた。
軒下に用意された長テーブルでは、エリオットを含め五人の男達が巨大なジョッキを傾けている。泡立った褐色の液体、あれは――
「……お酒?」
首をひねる私に、イアンが軽い調子で頷く。
「ああ。ここは酒場だし、どうやら飲み比べっぽいな。男達の前にコインが並べられてるだろ? 各々自分のコインを賭けて、勝ったヤツが総取りすんだな、きっと」
「賭け事ってこと? やあねぇ」
眉をひそめたメイベルは、早々に私を促した。
「次に参りましょう、殿下。このような低俗な見世物は――」
苦々しく言いかけたところで、おおっと観衆がどよめく。ぐいと唇を拭ったエリオットが、高らかにジョッキを突き上げたのだ。
エリオットは完全に据わった目で辺りを睥睨すると、おごそかに宣言した。
「……こ。こここ、降、参……です。きゅう」
『エリオットーーーーッ!!?』
そのまま倒れ伏してしまった彼に、メイベルと二人して大絶叫する。……いえ、今なんだか他の声も聞こえたような……?
思考停止したのは一瞬で、すぐさま観衆を押しのけてエリオットに駆け寄った。テーブルの片隅に置いてあった水差しから、エリオットの口にガバガバと水を注ぎ込む。
「しっかりエリオット! 傷は浅いわ!」
「がぼぼぼぼぼ」
「リリアーナ殿下! もっと、もっとです! 水でアルコールを薄めなければっ」
「ぼががががが」
お代わりを持ってきてくれたメイベルと共に、懸命に彼を介抱する。「いやいやちょっ、待て待て待て!?」何やら焦った声が背後から聞こえたが、こちらとしてはそれどころではない。
さらに水を追加しようとしたところで、ぱしっと腕を掴まれた。
「はいはい、そこまでな姫さん。おーい生きてるかエリオットー?」
イアンが笑いながらエリオットを抱き起こす。
びしょ濡れになったエリオットが、うっすらと目を開けた。虚ろな瞳で私達を順繰りに見る。
「夢を、見ていました……。川で、溺れる夢を……。苦し、かった」
唇を震わせる彼に、涙ながらに縋りついた。ぽかぽかと激しく胸を叩く。
「それはきっと、東方の国で伝えられている『三途の川』というものよ! なんて無茶をしたの……! あなた、死ぬところだったのよエリオット……っ」
「全くっ。リリアーナ殿下とあたしがいなかったらどうなっていたことかっ」
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