上 下
40 / 101

38.一歩、遅かったです

しおりを挟む
「ぱえぇ~っ」

(到着!)

 遠回りしたものの、私たちはようやく祭壇の間にたどり着いた。
 頭上にはステンドグラスが神々しく輝いていて、私はほうっと感嘆のため息を漏らしてしまう。本当に綺麗だなぁ、何時間だって眺めていられそう。

「さあ、どうぞ。シーナ・ルー様」

 キースさんがうやうやしく長椅子をすすめてくれた。
 ヴィクターの肩から降りて、長椅子に背中を預けて深く座り込む。や、これからまた天上世界に呼んでもらう気満々だからね。突然気を失って、転んだりしないよう気をつけないと。

 慎重にポジションを確認し、立ったまま私を見守るヴィクターとキースさんに頷きかけた。深呼吸してから、ぎゅっと目を閉じる。

(ルーナさん。シーナです、会いに来ました。お願いします、どうか私を天上世界に……)


 ――は、あ、い~


 速攻で間延びした返事が聞こえた。早っ!?

 慌てて目を開くと、そこはもう祭壇の間ではなかった。私もしっかり人間に戻ってる。
 目の前に広がるのは眩しいほどの光、そして一面の花畑。足元には大量のたんぽぽの綿毛――ではなく、いつものシーナちゃん軍団が出迎えてくれている。
 シーナちゃんたちはぱえぱえ鳴きながら、我先にと私の足に飛びついてきた。

「ぱえ~っ」
「ぽえぇ~っ」

「は、はいはいっ。抱っこかな?」

 とはいっても、全員いっぺんには無理だ。
 左右の肩に一匹ずつ、頭の上にも一匹載せてっと。残りはがさっと豪快にすくい上げ、腕いっぱいにもふもふシーナちゃんを抱え込む。

「ル、ルーナさん。こんにち」
「ぱぇあぁ~」
「えと、今日は、あの」
「ぷぇっぽぉ~」

 ごめん君たち可愛いけど黙ってて!?

 しかめっ面を作って「しぃーっ」と言い聞かせると、シーナちゃん軍団も「ぷぅーっ」と一斉に唱和した。伝わってんのかなコレ。

 首をひねりつつ、改めてルーナさんに向き直る。

「こんにちは。今日はその、経過報告と言うか、いろいろお願いしたいことがあって来たというか。あっ、というのもですね、私昨日人間に戻って、少しだけヴィクターたちと会話ができたんですけど」

 急き立てられるように、早口でまくし立ててしまう。

 天上世界に来るのはこれで三度目。けれどいつも滞在時間は短くて、私は内心すごく焦っていた。

「えと、それでずうずうしいお願いなんですけど、こっちの世界の文字も読めるようにしてもらえればなって。あっ! あとあと、人間に戻ったときに着てる服っ。あれってもう少し、地味な感じになりませんかね?」

 いや服の優先順位は低いだろ、と冷静な自分が突っ込みを入れるものの、頭の中は支離滅裂。
 鼻息荒く詰め寄る私に、ルーナさんはいつも通りおっとりと微笑んだ。

「嫌よぅ。だってわたくしってば長身美女なんだもの。ああいう短いドレスはね、シーナみたいに小柄な子の方がよく似合うのよ。着たくとも着られないわたくしの欲望を、シーナを着せ替え人形にすることによって昇華しているの」

「そ、そうなんですね。じゃあ代わりに文字を」

「次はねぇ、もっと軽やかで生地の薄いドレスにしてみようかしら。うふふ、背中はむき出しにして、色気をアピールしてみてもいいかもしれないわ」

「色気皆無だからやめて!? 悪化するぐらいなら今のドレスのままでいいですー!!」

 大絶叫する私に、シーナちゃんたちはあからさまに迷惑顔をする。
 さっきは抱っこしろとねだったくせに、今度は暴れて降ろせ降ろせと訴えた。はいはいっ。

 ぽふぽふとシーナちゃんたちを解き放ち、ルーナさんにすがりつく。

「絶対やめてくださいね!? 私は露出少なめが好きなんです!」

「わたくしは多めが好きなのよぅ。……ところで、シーナ。こうしている間にも刻々と時間が過ぎていくのだけど、いいのかしらぁ」

「よくない、よくないっ!」

 力いっぱいかぶりを振る私に、ルーナさんが「はい深呼吸~」と助言してくれる。すーはー、すーはー。

 よし、と己に言い聞かせ、話を戻す。

「それで、ルーナさん。異世界の文字をですね」

「そうだわ、シーナ。あなたつい最近、シーナ・ルーの眼を使うことに成功したんじゃなくって? 天上世界のシーナ・ルーたちが感じ取ったのか、飛び跳ねて大はしゃぎしていたわ」

 えっ!?

(シーナ・ルーの、眼……?)

 そういえば、そんな話もあったような。
 人としての目で見るのではなく、シーナ・ルーの眼を見開きなさい、とかなんとか。

(でも……)

 私、何か見たっけ?

 眉間にシワを寄せて考え込む私を見て、ルーナさんはくすりと笑った。ほっそりした腕を伸ばし、私の額を優しくくすぐる。

「ちゃんと見たはずよ。人の目には映らない、魔力の源。――そう、魔素の流れを」

「魔、素……?」

 そうだ。
 私ははっと目を見開いた。

「ルーナさんっ。一度だけですけど、ヴィクターの周りに真っ赤で透明な炎が見えたんです! それから魔獣には黒い炎……ううん、あれは、生きている魔獣にだけだった。死体には、何にも見えなくって」

「そうね。それこそが魔素よ。全ての魔獣に魔素は宿っているけれど、命が尽きれば魔素もまた跡形もなく消え去るわ」

 あれが魔素……。
 そして、魔素を映すシーナ・ルーの眼。

 茫然と立ち尽くす私を、ルーナさんはいつになく真剣な表情で見つめる。私の手を取り、両手できつく握り締めた。

「魔素を見るのよ、シーナ。意識を傾けて、シーナ・ルーの眼を自由自在に扱えるようになりなさいな。幸い練習相手ならば、あなたのすぐ側にいるでしょう?」

 練習相手……。
 それってヴィクターのこと?

 ためらいながら確かめると、ルーナさんは大きく頷いた。

「そうよ。けれどねシーナ、どうか約束してちょうだい。魔素のことは緋の王子にも、その仲間たちにも絶対にしゃべっては駄目。今の世の人間はね、魔素の存在そのものを知らないし、知る必要もないのだから」

「…………」

 なんて?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました

ひより のどか
ファンタジー
ただいま女神様に『行ってらっしゃ~い』と、突き落とされ空を落下中の幼女(2歳)です。お腹には可愛いピンクと水色の双子の赤ちゃんドラゴン抱えてます。どうしようと思っていたら妖精さんたちに助けてあげるから契約しようと誘われました。転生初日に一気に妖精さんと赤ちゃんドラゴンと家族になりました。これからまだまだ仲間を増やしてスローライフするぞー!もふもふとも仲良くなるぞー! 初めて小説書いてます。完全な見切り発進です。基本ほのぼのを目指してます。生暖かい目で見て貰えらると嬉しいです。 ※主人公、赤ちゃん言葉強めです。通訳役が少ない初めの数話ですが、少しルビを振りました。 ※なろう様と、ツギクル様でも投稿始めました。よろしくお願い致します。 ※カクヨム様と、ノベルアップ様とでも、投稿始めました。よろしくお願いしますm(_ _)m

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢
ファンタジー
 何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。  そう言われて、異世界に転生することになった。  でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。  どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。  だからわたしは旅に出た。  これは一人の幼女と小さな幻獣の、  世界なんて救わないつもりの放浪記。 〜〜〜  ご訪問ありがとうございます。    可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。    ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。  お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします! 23/01/08 表紙画像を変更しました

異世界のんびり料理屋経営

芽狐
ファンタジー
主人公は日本で料理屋を経営している35歳の新垣拓哉(あらかき たくや)。 ある日、体が思うように動かず今にも倒れそうになり、病院で検査した結果末期癌と診断される。 それなら最後の最後まで料理をお客様に提供しようと厨房に立つ。しかし体は限界を迎え死が訪れる・・・ 次の瞬間目の前には神様がおり「異世界に赴いてこちらの住人に地球の料理を食べさせてほしいのじゃよ」と言われる。 人間・エルフ・ドワーフ・竜人・獣人・妖精・精霊などなどあらゆる種族が訪れ食でみんなが幸せな顔になる物語です。 「面白ければ、お気に入り登録お願いします」

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...