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37.二度目の聖堂!

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 月の聖堂へと向かう馬車の中、ヴィクターはどことなく不機嫌な様子で黙り込んでいた。
 座席に置かれた巣箱の中から彼を見上げ、私はへにゃりと耳を垂らす。

「ぱぇぱぁ?」

「…………」

 おずおずと名前を呼べば、ヴィクターは無言で手を伸ばし私の額を弾いた。あうちっ。

 さして強い力ではなかったものの、反動でコロンと後ろに倒れ込む。
 キースさんが慌てて私を助け起こそうとしたが、それより先にヴィクターが私をかすめ取った。

「……お前は」

 同じ目線の高さまで持ち上げ、低くうなる。
 何事かと身構える私を見据え、ヴィクターはたっぷり数十秒は間を置いた。そうして、重々しく口を開く。

「食い意地が張っている」

「…………」

 お、おう。
 一応、自覚はあるよ?

 目を点にする私とキースさんを見て、ヴィクターがますます怖い顔になる。「いいか」と私の鼻先に指を突きつけ、声を荒らげた。

「人からほいほい食い物を受け取るな。相手がカイルだからいいようなものの、これが悪意ある人間だったらどうするつもりだ。もう少し用心を覚えろ」

「ぱ、ぱうぅ……?」

 え、えええ?

 あんまりな言い草に唖然としてしまう。なんで私、いきなりお説教されてるの?
 というか見た目はこんなでも、私は子供じゃないんだから。ちゃんと人の区別はつけてるし、誰にでもしっぽを振ったりはしないってば。

 キースさんも同じことを思ったのか、あきれたように苦笑する。

「いやいやヴィクター殿下、シーナ・ルー様は幼子ではないのですから。それは杞憂というものですよ」

 そうだそうだ、もっと言ってやって!
 両手を振ってエールを送れば、キースさんはしたり顔で何度も頷いた。

「そう、シーナ・ルー様はれっきとした大人の女性。たとえ甘いお菓子で釣られようとも、目の前にお肉をぶら下げられようとも、そうやすやすと気を許したりなさる……はず、が……?」

 なぜかだんだん声が小さくなっていく。
 キースさんはじっと私を見下ろし、ややあってそっと目を逸らした。おおいっ!?

 とんだ濡れ衣にむっとしてしまう。
 ぱえぱえ叫んで抗議する私を、ヴィクターはそれはそれは冷たい眼差しで黙らせた。キースさんも庇ってはくれなかった。裏切り者~っ!


 ◇


 そんなこんなでむくれたまま、あっという間に月の聖堂に到着。
 馬車から降りたキースさんは、なぜか正面の門ではなく、建物の裏手へと私たちを誘導した。
 ヴィクターの肩の上、私は「ぱえ?」と首をひねる。途端にヴィクターが顔をしかめた。

「静かにしろ。朝の儀式の最中だ、神官共に見つかったら面倒な事になる」

 低い声で叱責される。……朝の儀式?

(えぇと、つまりは座禅とかそんな感じ? やっぱりルーナさん教にも修行が必要なんだねー)

 なんとなく納得したので、言われた通りしっかり口をつぐんでおく。
 キースさんは泥棒のごとく周囲を警戒し、ゴキブリのごとくカサカサと人気ひとけのない廊下を突き進んだ。その後ろをヴィクターが、かすかな足音すら立てずに従っていく。

 聖堂の正面玄関からならば、まっすぐ進めばすぐに祭壇の間に到着したはず。けれどキースさんは、階段を登ったり降りたりして遠回りをしているようだ。

「シーナ」

 不意にヴィクターが声を殺してささやいた。何なに?

 耳を立てる私に、「下を見てみろ」と窓の外に視線を向ける。そこは聖堂の建物に四方を囲まれた中庭だった。

 どうやら「朝の儀式」とやらはこの庭で行われるらしく、真っ白な式服を身に着けた神官さんたちがひしめき合っていた。みんな土で服が汚れるのも構わず、膝を折って祈りを捧げている。

 庭の中央には石造りの祭壇らしきものがあった。
 まるで劇場の舞台みたいに広い祭壇で、中央にはルーナさんをかたどった白亜の女神像がしつらえられている。数え切れないほどたくさんの燭台には、炎が神秘的に揺らめいて、無宗教な私ですら何だか敬虔な気持ちになってきた。

「……こうして我々は、朝な夕なに儀式を行います」

 眼下の光景に見入る私に、キースさんがひそめた声で説明してくれる。

「我らの真摯なる祈りは、月の女神ルーナ様のいらっしゃる天上世界へと届きます。そして下界に『奇跡キセキ』がもたらされるのです」

「人里に魔獣が立ち入れないのは、奇跡キセキによって張られた結界の力による。月の聖堂の何より重大な役目は、結界を維持し、その恩恵を国の末端にまで行き渡らせる事。……聖堂の神官共が大きな顔をしていられる理由でもある」

 熱心に耳を傾ける私を見て、ヴィクターも無愛想に補足してくれた。なるほどなるほどー。

(あの意地悪神官長さん、すっごく偉そうだったもんなぁ)

 けれど結界の維持が、大切で名誉ある仕事だというのは私でも理解できる。
 いくらヴィクターたちが強くたって、結界がなければ王都を守るのは至難の業だろう。熊モドキや狼型のような恐ろしい魔獣が、いつ襲ってきてもおかしくないということだから。

奇跡キセキは全ての神官が使えるわけではありません。早い者では修行を開始して数日、遅い者ならば数十年かかってやっと、という例もあります。けれど奇跡キセキが使える使えないに関わらず、我らはたゆむ事なく儀式に身を捧げ続けるのですよ」

 キースさんが満足気に締めくくった。

 音を立てないようぽふぽふと拍手しながらも、私は内心で首を傾げていた。奇跡。奇跡、ねぇ……?

(……それって、魔法とは別物なのかな?)

 ルーナさんはこれまで何度も、魔法を使って私を助けてくれた。その最たる例は、シーナちゃんに姿を変えてくれた変身魔法だ。

 魔法と奇跡キセキ

 呼び名が違うだけで、一緒のものなのかもしれないけれど。
 なんとなく胸に引っかかりを覚える私であった。
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