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32.ここが私のベストポジション

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 たっぷり寝たお陰か、翌朝は早くに目が覚めた。
 ぷああと大あくびする私の横で、ヴィクターものっそりと起き上がる。どうやら寝起きが悪いようで、いつもの三割増で悪人顔になっていた。怖。

「ぱぇぱぁ、ぱぁぱぁ~」

(ヴィクター、笑顔笑顔)

「やかましい」

 怒られた。この男はエスパーなのか?

 ヴィクターが手早く身支度を整えている間に、私もなんとなく毛づくろいをやってみる。
 えぇと、確か猫とかハムスターとかは自分で自分の毛を舐めてたはずだけど……それはちょっと抵抗があるので。仕方なく、手櫛でもふもふと頭の毛を膨らませてみた。こっ、これは……!

「ぱうぅ~」

(アフロ~)

「…………」

 ヴィクターが眉をひそめて私を見下ろした。
 ややあって無言で手を伸ばし、せっかく膨らませた毛を丁寧に撫でつける。あ、駄目でした?

 そのまま肩に載せてもらって食堂に向かえば、入口でロッテンマイヤーさんが待ち構えていた。

「おはようございます、旦那様。シーナ様」

「ぱえっ」

 いつも通り朝から完璧な立ち姿だ。
 髪型はアホ毛一本出さずにきっちりとお団子にまとめ、ドレスには皺ひとつ見えない。

 ぱたぱたしっぽを振る私にも、ロッテンマイヤーさんはいかめしい表情を崩さず堅苦しく頭を下げる。

「シーナ様。本日より毎日、旦那様とご一緒に騎士団本部へ出勤されると伺いました」

「ぱえぱえ」

「昼食は本部の食堂にて取られるので、お弁当のご用意は必要ないとの事でしたが……。せめて甘いおやつだけでもお持ちになりませんか?」

「ぱえぱえぱえっ」

(お持ちになります!)

 勢いよく頷く私を見て、ロッテンマイヤーさんは満足気に微笑んだ。「では、そのように」と腕まくりして厨房に入っていく。

 私たちが朝食を終えるころに、ロッテンマイヤーさんが可愛らしくラッピングされた紙袋を持って戻ってきた。
 ファンシーな水玉リボンの袋を、ヴィクターは微妙な顔をして受け取る。

「シーナ様のベッドは、すでに馬車へ運び込んでおります。それでは行ってらっしゃいまし、旦那様。シーナ様」

「ああ」

「ぱぇぱぇ~」

 ロッテンマイヤーさんにしっぽを一振りして、私たちは馬車へと乗り込んだ。
 即座に巣箱に入れられそうになったので、全力で拒否してヴィクターの隣に腰掛ける。私は赤ちゃんじゃないのだから、常にベッドの中でなんて生活したくない。

 ふんぞり返って座っていると、馬車が動き出した途端に座席から転がり落ちた。

「…………」

 ヴィクターが面倒くさそうに私を拾い上げる。し、失敬失敬。
 ぱうぅと照れ笑いしている間に、馬車が道の角を曲がった。またも私は吹っ飛び、鼻を強打した。

「…………」

 ヴィクターがイラッとした顔で私をつまみ上げ、荒々しく巣箱に放り込む。さすがに今度は私も文句を言わなかった。
 きっと赤くなったであろう鼻をしゅんしゅん撫でてから、ちらっとヴィクターを見上げる。

「ぽぇん」

(ごめん)

「……ふん」

 もふっとおでこを弾かれた。


 ◇


 ごくり。

 そんな音が聞こえてきそうなほど、目の前にいる集団は緊張感に満ち満ちていた。つられて私まで緊張し、ピンと背筋としっぽが伸びてしまう。

 いつも優しいカイルさんまで、唇を引き結んで怖い顔をしているし。うう、なんだか居心地悪いなぁ。
 しんと静寂が満ちる中で、ヴィクターの低い声だけが淡々と響く。

「……昨日の件もある。皆もわかっているとは思うが、近年とみに魔獣の行動が活性化し――」

『…………』

「いかに結界で護られているとはいえ、王都近くまで魔獣が出没するとは由々しき事態だ」

『…………』

「各自これまで以上に身を引き締め、警戒に当たるように。以上」

 ……あ、終わった?
 ほっとして、私は体から力を抜いた。ほらほら皆さん、終わりましたよ~。解散しないの?

 第三騎士団一日のお仕事は、まずは朝礼から始まるらしい。
 団員さんたちがずらりと整列した前に、団長であるヴィクターと副団長のカイルさんが立ち、連絡事項を伝えていくようだ。

「……あ、あのう。一つだけよろしいでしょうか、ヴィクター団長……?」

 恐る恐る、といった様子で一人の男が手を挙げた。「何だ」とヴィクターが冷たく尋ねる。

 壮年の騎士が、いかにも言いにくそうに口を開いた。

「……その、団長の、頭の上に……。ふわふわした、白い……うさぎ?のような、何かが」

「ぶふぅッ」

 カイルさんが勢いよく噴き出して、ヴィクターが彼に回し蹴りを放った。カイルさんが爆笑しながらひらりと避ける。

 ヴィクターは舌打ちすると、「これは、毛玉だ」と端的に吐き捨てた。壮年の騎士の目が丸くなる。

「はあ、け、毛玉。ですか……?」

「そうだ。いない物として扱って構わん」

「ぱぅえ~」

 いや構うよ。
 ちゃんと紹介してよ。

 しっぽでビシビシとヴィクターの頭を叩く。団員さんたちが一気にざわめいた。

「は、ははは……っ! 駄目、だ。お腹痛いっ」

 体を二つ折りにして、カイルさんが息も絶え絶えに笑い転げる。にじんだ涙をぬぐい、「彼女はね」と片目をつぶった。

「シーナちゃんって言って、ヴィクターの大切な女の子なんだよ。だから皆、お姫様を扱うように丁重に遇すること。彼女の正体がわかった者も、絶対に口外しては駄目だよ?」

「え……っ」
「正体って?」
「さあ……。でもあの団長に飼われるぐらいだ、何か特別なうさぎなんじゃないか?」
「なるほど、血統書付きか」

 カイルさんの言葉に、団員さんたちがひそひそと囁き合う。
 どうやらまだ誰も、私が月の聖獣だとは気づいていないみたい。シーナちゃんってもっと有名なのかと思ってたけど……。

 首をひねっていると、背伸びしたカイルさんが私に耳打ちする。

「君がヴィクターの頭の上にいるものだから、みんな直視できなかったんだよ。笑っていいのか突っ込んでいいのか、あんまりジロジロ見たらヴィクターに怒られるんじゃないか、とかね」

 なるほどー。

 私は納得して頷いた。
 きっとバレたら騒ぎになるだろうし、気づかれないに越したことはない。これから騎士団にいる時は、基本ヴィクターの頭の上で過ごすことにしようかな。眺めもいいことだしね!
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