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28.急転直下!

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 額を合わせた男たちが、難しい顔でうんうんとうなっている。
 それを横目に、私はカイルさんが持ってきてくれた昼食(時間的にはおやつ?)にかぶりつく。

 ザクッ。

(おいしっ)

 香ばしく焼けたパンに、シャキシャキのレタスと皮目のパリッとしたチキンが挟んである。茶色のソースは甘辛く、日本人の私の舌にもよく合った。後はマヨネーズがかかってれば完璧じゃない!?

 ザクザク、ザクザク。
 食感が小気味良い。無心になって味わって、あっという間に完食してしまった。

「ぷあぁ~」

 大満足でお腹をさする。
 カイルさんは団員用の食堂だって言ってたけど、日本だったら行列店かと思うほどに美味しかった。ヴィクターにくっついてれば、これから毎日食べ放題ってことかな?

 期待を込めてヴィクターを見上げるが、彼は相変わらず眉根を寄せて考え込んでいた。その視線は、さっき私が文字を書いた紙に釘づけだ。

 ややあって、ヴィクターが重く長いため息をつく。

「……駄目だ。さっぱりわからん」

「オレも同じく。キースは?」

 降参、と言うように両手を上げたカイルさんが、キースさんに尋ねる。キースさんもまた、険しい眼差しをテーブルの紙に注いでいた。

「……三種類の、文字が書かれているように見えます」

 うめくようにして低く呟く。はい、正解です。さすがだなぁキースさん。

 ひらがな、カタカナ、漢字。
 あえて全てを書いてみたのだ。ルーナさんの自動翻訳魔法があると仮定して、どの文字にも翻訳機能が働くのか、試す必要があると思ったから。

(だけど……)

 この様子だと、全滅だったみたい。残念すぎる結果に私は肩を落とす。

(次にルーナさんと会ったときに、文字も翻訳してもらえるようにお願いしなきゃ)

 上目遣いにキースさんを見ると、キースさんはまだ低くうなっていた。私の書いた紙をためつすがめつ眺め、手でそうっと慎重に持ち上げる。

「おかしい……。このような言語、わたしは一度たりとも見たことがありません。世界中の言語が理解できる、などと大言壮語を吐くつもりはありませんが、これは本当に目にしたことすらないのです……」

「うぅん、それは確かに変だね。知識欲があふれまくって、知らないことには猪突猛進で突撃していくキースにしては」

「そうだな。寝食も忘れて書に没頭する変人にしては」

 散々な言われようだが、キースさんは聞こえていないかのように文字を指でなぞっている。子供が書いたみたいなへろへろ字になっちゃったから、そんな真剣に見られると恥ずかしいんだけどな。

 しばらくして、ようやくキースさんは紙をテーブルに戻した。

「シーナ・ルー様。これは、この世界に存在する言語なのですか?」

 食いつくようにして聞いてくる。
 その迫力に気圧けおされながらも、私はなんとか「ぱぅえ~」とかぶりを振った。

「えっ、違うの!? じ、じゃあ神の世界の言葉とか!?」

 驚くカイルさんに、もう一度静かに首を横に振る。伝わるかな? お願い、どうか伝わって。

 祈りが通じたのか、ヴィクターがすうっと目を細めた。

「シーナ。お前はもしや、この世界の人間ではないのか?」

「! ぱえっ! ぱえぱえぱえっ!!」

 勢い込んで頷くと、ヴィクター以外の二人はぎょっと目をいた。
 ヴィクターだけは特に顔色を変えることもなく、息を詰める私に淡々と質問を重ねる。

「人間に戻った時、俺と普通に会話ができていたな。文字だけが無理なのか?」

「ぱえっ」

「……面倒だな。おい、キース。お前、別の世界についての知識はないのか」

 投げやりに尋ねられ、フリーズしていたキースさんがぶるぶるっと首を横に振った。

「さ、さすがにあるわけないでしょうっ。……確かに古来より、この世には独立した全くの別世界が複数存在する、という説もあるにはあります。が、その説を証明できた者など、これまで一人たりとも」

「でもさ、キース。シーナちゃんが嘘をつくと思う? ただでさえ会話ができなくて大変な状況なのに、そんな余裕あるはずないでしょ。だよね、シーナちゃん?」

 カイルさんがせわしなく口を挟み、私も慌てて「ぱえ~」と同意する。それでキースさんも黙ってしまったが、私は困り果てて長い耳を垂らした。

(どうしよう。これ以上は……)

 シーナちゃんのままでは、無理だ。
 なんとかもう一度人間に戻って、直接カイルさんとキースさんに話さなければ。
 また死にかけてしまうから、ヴィクターは駄目……だけど、仲間はずれにしたら拗ねちゃうかな?

 ぱうううと悩みながら、もう一度羽根ペンを抱え込む。はっとしてキースさんが新しい紙をくれたので、私は深呼吸して紙の上に立つ。

(まる、と、半分……)

 それから、三日月。

 うんしょ、うんしょと下手くそな絵を描き連ねていけば、キースさんがぽんと手を打った。

「月ですか?」

「ぱえっ!」

 よかった、わかってもらえたみたい。
 それじゃあ次は……。

 丸を描いて、その下に棒を付け足す。さらに追加で、短い棒を四本。ちょんちょん、ちょんちょん。

「……もしかして、人間?」

「! ぱえぱえっ!」

 自信がなさそうに発言するカイルさんに、私は飛び跳ねて賛辞を送った。棒人間のイラストを見下ろして、キースさんの目が明るくなる。

「そうかっ。シーナ・ルー様が人間に戻られるためには、月が必要なのですね!?」

「ぱえっぽおぉ~!」

 そうそう、その通り!

 わっと二人の歓声が弾けた。
 ヴィクターは皮肉げに唇を歪め、肩をすくめる。

「ならば、早速次の月夜に――」

「――失礼します! ヴィクター団長っ!!」

 突然、部屋の扉が音を立てて開け放たれた。
 ヴィクターたちとは色の違う騎士服を着た男が、転がるようにして駆け込んでくる。ヴィクターがすぐさま前に出た。

「どうした」

「ま、魔獣が出ましたっ」

 蒼白の男……まだ、少年と言ってもいいぐらいの年に見える。震えながら、彼はごくりと唾を飲み込んだ。

「西の街道を出てすぐのところです! け、警備隊が防いでるけど、かなり凶悪なヤツだって。第三に至急の応援要請が来たそうですっ」
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