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君がこの手に堕ちるまで。

手料理と1日目、夜。①

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もうすっかり陽が落ちるのが早くなって来て、部屋の中がすっかり暗くなってる事に気づいて時計を見上げた。

「もう5時か」

伸びをしてパソコンをつけたまま、ベランダに出て煙草を咥える。

もう仕事は一段落してたけど、下の道を覗き込んで息を吐いた。

遅いな…道に迷ってるんじゃないだろうな。

スマホを持って、颯太の連絡先なんて知らない事に気がついて呆れる。

だってどう考えてもおかしい。
連絡先も知らない程仲良くもない友達でもなんでもない他人が、俺の家に1日居座ったなんて。

「俺らしくないな、調子狂う」

冷蔵庫の中をチェックして、これじゃ何にも作れないと肩を落とす颯太に数枚のお札を握らせて、近くのスーパーまでの道を教えてやった。

お金なんていらないと遠慮するからまた一悶着あって、そしたら今度は一緒に行きませんかとか言い出して、何でもいいからさっさと行ってこいって家から叩き出したのは2時間前くらいだったか。

さっきまでは騒がしかった部屋がしんとして、1人には嫌ってほど慣れてるはずなのに、何となくちょっと物足りないと思ってる自分がいる。

俺の貸してやった水色のスウェット上下は俺が着るよりずっと若くて爽やかな颯太によく似合ってて、俺にはそぐわない色だったんだと初めて気がついた。

手土産に颯太にあげてもいいかなと思ったけど、サイズがかなり合ってなくてぶかぶかだったから嫌がるかも知れない。

もう一度下を見ると颯太がレジ袋を両手に下げてこっちを見上げてるのが見える。

軽く手招きすると嬉しそうに笑って、走ってマンションの中に入って来るのが見えた。

俺の家は4階だから、すぐにガチャっと鍵が開いて颯太が入って来る。

俺がベランダで煙草を吸ってるのを見てこっちに出て来ようとしてたけど、せっかくベランダで吸ってる意味がなくなるから手で来るなと合図して煙草を消した。

「遼介さん、嫌いな物とかあります?食べたい物聞くの忘れちゃったから電話したかったんですけど電話番号知らないし、適当に食材買って来ちゃったんですけど…」

ベランダの窓から家に入ると、颯太が犬みたいに尻尾を振りながら(実際に尻尾はないけど)ベラベラと話しかけてくる。

ひとしきり話してるのを頷きながら聞いてやると、やっと落ち着いたのか話が途切れたからこっちもやっと口を開いた。

「おかえり」

「た、ただいま……」

なんだか泣きそうな顔をするから、赤くなった鼻を摘んでやると驚いた顔をして飛び跳ねた。

「……俺、ただいまって、久しぶりに言いました」

「俺だって、おかえりなんて言わないぞ。1人長いし」

そんな事を話しつつ、それから颯太がバタバタとご飯を作ってくれる。

まぁこんな夜があったっていいか。
こんな事も今夜限りだ。
ご飯を食べたら流石にもう、ここを出て行くだろうから。





「お世辞はいらないですから、率直な感想言ってください。どうですか…?」

「おぅ。俺正直だから、本当の事言うぞ」

「……っ、めっちゃ緊張します」

「この肉じゃが、調味料の分量間違えてるだろうなぁ…味が濃い。俺を塩分過多で早死にさせる気だろ」

「はぁ?マジですか!?そんなはず…うぇ!?ほんとだ、塩辛い…!?」

「でも、こっちのオムライスはめちゃくちゃ美味い。初めて作ったわけじゃないな?卵の包み方が慣れてる感じするし。なんだそのギャップ。お前料理出来るのか出来ないのかはっきりしろ」

「す、すいません。料理は好きなんですけど、俺出来る料理に偏りがあって」

肉じゃがとオムライスってなんだかちょっとバランス悪いメニューだなって思ってたけど。

「いいとこ見せようとして煮物なんか作ったけど実はこれは初めてだったから失敗したんだと思います。俺、カレーとかオムライスとかハンバーグとか、そーゆーお子様ランチみたいなメニューが得意なんです」

ガッカリした顔をして煮物を口に運んで、首を傾げた。

「味見した時は、ここまで濃くなかったのにな…」

「煮詰め過ぎたんだろ、最初は薄味でいいんだよ。最初っからジャストな味付けしたら濃くなるんだろうさ」

颯太はしょんぼりしながらオムライスを食べて、そのおかずに煮物を口に運ぶ。

「…あーあ、リベンジ出来たら良いんですけどね」

「その肉じゃが、ちゃんと食うから鍋ごと置いていけよ」

「え?無理して食べなくてもいいですよ!」

「いいんだよ。それよりそれ食ったら食後のコーヒー淹れてくれないか?」

もう一回、お前の淹れてくれたコーヒーを飲んだら、もう終わりの時間だろ?

「はい。俺、デザート買って来たんです」

寂しそうに呟く颯太をやっぱり可愛いなと思ったし、出てけって言ったらどんな顔をするか想像するだけでこっちまで気が重くなった。



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