29 / 43
ヤキモチ
一
しおりを挟む遠くで数人が動き回っている音を聞いた。なにかを話し合う声も。
だから早く起きたいのに、俺の目は一向に覚めない。体が言うことをきかない。
──維新、ごめんね。
もっと、ちゃんとそう言わなきゃなんだ。
あんなに苦しそうで、血もいっぱい出てた。
もしかしたら、病院に運ばれていって、もしかしたら、生死の境をさまよっているかもしれない。
どうしよう。このまま、一生、維新に会えなくなったら。
だって、俺。
俺……。
「まだなにも言ってねえじゃんかよ!」
そう叫んだ自分の声で目が覚めた。
こめかみに伝う涙を、天井を眺めながら拭った。
そこは見慣れない色をしていたけど、この部屋がどこなのか、俺はなんとなくわかっていた。
たぶん、農業部の寮だと思う。
ゆっくりと起き上がり、体にかかっていたタオルケットを掴む。
──維新が血を吐いた。
そのことを思い出し、俺はうなだれ、頭を抱えた。
すると、障子戸が鳴って、だれかが入ってくる気配もあった。
ジョーさんだろうか、奥芝さんだろうか。俺のいる布団のそばへ腰を下ろすような音もした。
「卓、目が覚めたんだな」
声を聞いて顔を上げると、ほっとした表情の維新がいた。
その口元は生々しく腫れ上がっている。けれども、俺が心配するような重傷を負っている感じはなく、ちょっぴり安心した。
「よかった。どこか痛いところはないか?」
「維新っ」
思わず抱きついていた。
痛いところはないかって、本当は俺のセリフなのに、その言葉もほっぽりだして。
「……卓」
「維新、維新っ」
なりふり構わず、維新の胴に巻きつけた腕をぎゅっとした。
俺を落ち着かせるかのように、維新は優しい手つきで、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。
涙が溢れて止まらない。
「血が、血が……維新の口からいっぱい出てた。だから、俺のせいで維新が死んだらどうしようって思った」
「口の中切っただけじゃあ、人は死なないだろ」
「でも、でも、いっぱい殴られてた」
「お前が思ってるほど大したことじゃない。ゴルフ部だって、ちゃんと鍛えてるんだ」
維新に肩を掴まれ、それをきっかけに俺は体を離した。
「でも、やっぱりごめん」
「……」
「俺……」
維新がすっと立ち上がった。俺に背を向け、ガシガシと頭を掻く。
手を下げても、イライラした感じでグーパーを繰り返していた。
やっぱり怒っていても仕方ないと思う。あんな目に遭ったんだ。
「一つ、どうしても訊きたいことがある」
維新の出した言葉で、俺は、いまのいままで忘れていたこうなった元凶を思い出した。
黒澤の顔が浮かぶ。
生徒会長の件を吹っかけられさえしなければ、こんなことにはなっていなかったんだ。
それでもって俺も、維新ないしメイジに正直に話していれば、もっと違った道に進めていたんだ。
「維新、あのさ──」
「なんで、またここに来たんだ」
低い、意図して感情を押さえたような維新の声。
「二度と行くなって言ったはずだろ?」
「なんだ、ヤキモチかよ。ガキが」
敷居をすべる障子戸からそんな声が割って入ってきた。大きな体を屈め、ジョーさんが鴨居をくぐる。
維新に視線をやってから鼻で笑うと、ジョーさんは俺の横に腰を下ろした。
「どうだ? 気分は」
「……まあ、フツーです」
そうかそうか、と微笑み、また当たり前のように、ジョーさんは俺の頭を撫でた。
いちいち避けるのも面倒で、されるがままになっていたら、維新に二の腕を掴まれた。
無理やり立たされ、部屋からも引きずり出される。
「維新、ちょっと待てって」
「松!」
俺に構わずずんずんと進む維新の肩を、背後から伸びてきた手が掴んだ。
腕を回して維新は振り払うと、足を止めることなく囲炉裏の部屋へ入った。
「どうもお邪魔しました」
「待て、松。やつらがまだその辺をウロウロしているかもしれない。この時間に出ていくのは危険だ。せめて卓は置いていけ」
「ここに残していくほうがよっぽど危険ですよ。大体、この寮の留守番を、なんで卓に頼んだんですか」
維新はようやく立ち止まり、しばしジョーさんと視線をかち合わせる。
二人に挟まれた俺は、どっちつかずでキョロキョロするしかない。維新の言うことにも一理あるし、ジョーさんの言いたいことに賛成もできる。
「卓に留守番を頼んだのは、たしかにうかつだった。それは素直に謝る。悪かったな、卓」
「……あ、いえ」
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
さがしもの
猫谷 一禾
BL
策士な風紀副委員長✕意地っ張り親衛隊員
(山岡 央歌)✕(森 里葉)
〖この気持ちに気づくまで〗のスピンオフ作品です
読んでいなくても大丈夫です。
家庭の事情でお金持ちに引き取られることになった少年時代。今までの環境と異なり困惑する日々……
そんな中で出会った彼……
切なさを目指して書きたいです。
予定ではR18要素は少ないです。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
平凡くんの憂鬱
慎
BL
浮気ばかりする恋人を振ってから俺の憂鬱は始まった…。
――――――‥
――…
もう、うんざりしていた。
俺は所謂、"平凡"ってヤツで、付き合っていた恋人はまるで王子様。向こうから告ってきたとは言え、外見上 釣り合わないとは思ってたけど…
こうも、
堂々と恋人の前で浮気ばかり繰り返されたら、いい加減 百年の恋も冷めるというもの-
『別れてください』
だから、俺から別れを切り出した。
それから、
俺の憂鬱な日常は始まった――…。
【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎
亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡
「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。
そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格!
更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。
これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。
友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき……
椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。
.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇
※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。
※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。
楽しんで頂けると幸いです(^^)
今後ともどうぞ宜しくお願いします♪
※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)
真冬の痛悔
白鳩 唯斗
BL
闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。
ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。
主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。
むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる