62 / 77
嵐の前の静けさ
六
しおりを挟む
テントが張られてあったり、テーブルが剥き出しで並んであったりする。
体育館側のフェンスの入口から俺はグラウンドへ入った。
こことは反対の武道・格闘エリアと通じている出入口はフェンスも途切れ、左は樹海の林、右は中庭の延長線上にある木々に挟まれている。車も通れるほどの広さがあるから搬入口にもなっていた。
その搬入口の近くに大きな鍋が置かれてある。オタマ代わりの柄杓は、寺でよく見るやつより数倍はデカい。
あれで何人分を作るんだろう。
そんなことも考えながら俺は鍋を遠巻きに、忙しなく動いている人たちを眺めた。
その鍋のそばのテントで、維新は作業をしていた。
ここからでは後ろ姿しか見えない。エプロンを着け、大きな背を丸め、芋煮に使う食材を準備しているらしかった。
追われている感じもあるし、先輩らしき人にときおり指示されたりして、声をかけづらかった。
しばし眺めてから、俺はきびすを返した。
「卓」
フェンスから少し入ったところにメイジとつつみんが立っていた。
俺は二人の元へと走る。
「どうしたんだよ。二人で行っていいって言ったのに」
「まあ、ほら」
と、メイジはつつみんを見下ろした。
つつみんは伏し目がちに言う。
「……ごめんね。僕が、卓くんの顔を見てからにしようって言ったんだ」
「なんでよ。俺は大丈夫だって」
「でも……。あ」
つつみんが俺の肩を叩いて、後ろを指さした。
振り返ってみると、エプロン姿の維新がこっちへ走ってくるところだった。
俺も思わずそっちへ向かう。
「維新」
「卓」
一日会わなかっただけだけなのに、感動の再会なシーンを、俺は勝手に思い描いていた。けれど、さすがにここでは抱きつかれない。
近づいてきた維新のエプロンをつまんでやる。
「似合ってんじゃん」
「そんなことを言いに来たわけじゃないだろう」
「……維新だって、そんなこと言われに追いかけてきたんじゃないだろ」
俺はつまんでいたエプロンを掴み直した。
「卓」
「さみしかったの。悟れよ」
「ああ」
頭を撫でられた。それに釣られるように目を上げれば、維新は口元を緩めていた。
「悪かったって」
その視線がふと下がった。なにか言いたげに俺と目を合わせる。
「なんだよ」
「お守りはどうした」
「え? ああ、あるよ」
なんでそんなことを訊くのか。俺は小首を傾げながら袋を持って見せた。
すると維新は、俺の手ごとお守り袋をすくい上げ、指で何回か撫でた。
「うん?」
「いや」
手を離して維新は顔を上げた。遠くへ目をやり、わずかな笑みを浮かべる。
「このあとメイジと堤とどっか行くのか?」
「あ、うん。いや、メイジとつつみんはね。俺は疲れたからもう家へ帰る。あしたもあるし」
「あしたは朝からこっちの仕事あるけど、午後はなにもないから一緒に回ろう」
「え?」
てっきり、維新はあしたも芋煮にかかりっきりだろうと思っていた。だから俺は劇のことしか考えてなかった。学祭をどう楽しもうかなんて、ぜんぜん頭になかった。
「朝から晩まで芋煮じゃないんだ」
俺が言うと、維新は頭を下げて苦笑した。
「だから悪かったって」
「べつにそういう意味で言ったんじゃねーし」
「十二時に家へ迎えに行くから」
「……うん。わかった」
維新も頷く。それから、はたとなにかに気づいて顔を動かした。
俺はその目線を追い、どきっとなった。
なんと、この場にいる全員がこっちへ注目していたのだ。しかも、みんながみんな、ぽかんとしている。
俺は急にいたたまれなくなって、一目散にメイジとつつみんの横を過ぎ、グラウンドからも出た。
校門のところで振り返ってみたけれど、二人の姿は見えなかった。
どことなくほっとしつつ家路へ向かう。
家の中にいても、いつもと違う外のざわめきが感じられて、なんだか落ち着かなかった。楽しげに動き回る人たちの足音が、ここまで聞こえてきそうだった。
お風呂へ入る前、いつものように首からペンダントとお守りを外し、部屋の机に置く。
お守りをもう一度手にして、さっきの維新の変な行動を思い出した。
なにやらいとおしそうに撫でていた。
「もしかして──」
お守りの中へ指を突っ込んでみる。でも、あのときはなんで入れられたんだろうと思うくらい狭い。
仕方なく、引き出しからピンセットを取って、維新のために忍ばせた手紙をつまみ出す。
「好き」を九回書いて、十個目は「愛してる」にしていた。
改めて見るとハズい。
ハズい上に、その下に「俺も」がつけ足されてあった。
体育館側のフェンスの入口から俺はグラウンドへ入った。
こことは反対の武道・格闘エリアと通じている出入口はフェンスも途切れ、左は樹海の林、右は中庭の延長線上にある木々に挟まれている。車も通れるほどの広さがあるから搬入口にもなっていた。
その搬入口の近くに大きな鍋が置かれてある。オタマ代わりの柄杓は、寺でよく見るやつより数倍はデカい。
あれで何人分を作るんだろう。
そんなことも考えながら俺は鍋を遠巻きに、忙しなく動いている人たちを眺めた。
その鍋のそばのテントで、維新は作業をしていた。
ここからでは後ろ姿しか見えない。エプロンを着け、大きな背を丸め、芋煮に使う食材を準備しているらしかった。
追われている感じもあるし、先輩らしき人にときおり指示されたりして、声をかけづらかった。
しばし眺めてから、俺はきびすを返した。
「卓」
フェンスから少し入ったところにメイジとつつみんが立っていた。
俺は二人の元へと走る。
「どうしたんだよ。二人で行っていいって言ったのに」
「まあ、ほら」
と、メイジはつつみんを見下ろした。
つつみんは伏し目がちに言う。
「……ごめんね。僕が、卓くんの顔を見てからにしようって言ったんだ」
「なんでよ。俺は大丈夫だって」
「でも……。あ」
つつみんが俺の肩を叩いて、後ろを指さした。
振り返ってみると、エプロン姿の維新がこっちへ走ってくるところだった。
俺も思わずそっちへ向かう。
「維新」
「卓」
一日会わなかっただけだけなのに、感動の再会なシーンを、俺は勝手に思い描いていた。けれど、さすがにここでは抱きつかれない。
近づいてきた維新のエプロンをつまんでやる。
「似合ってんじゃん」
「そんなことを言いに来たわけじゃないだろう」
「……維新だって、そんなこと言われに追いかけてきたんじゃないだろ」
俺はつまんでいたエプロンを掴み直した。
「卓」
「さみしかったの。悟れよ」
「ああ」
頭を撫でられた。それに釣られるように目を上げれば、維新は口元を緩めていた。
「悪かったって」
その視線がふと下がった。なにか言いたげに俺と目を合わせる。
「なんだよ」
「お守りはどうした」
「え? ああ、あるよ」
なんでそんなことを訊くのか。俺は小首を傾げながら袋を持って見せた。
すると維新は、俺の手ごとお守り袋をすくい上げ、指で何回か撫でた。
「うん?」
「いや」
手を離して維新は顔を上げた。遠くへ目をやり、わずかな笑みを浮かべる。
「このあとメイジと堤とどっか行くのか?」
「あ、うん。いや、メイジとつつみんはね。俺は疲れたからもう家へ帰る。あしたもあるし」
「あしたは朝からこっちの仕事あるけど、午後はなにもないから一緒に回ろう」
「え?」
てっきり、維新はあしたも芋煮にかかりっきりだろうと思っていた。だから俺は劇のことしか考えてなかった。学祭をどう楽しもうかなんて、ぜんぜん頭になかった。
「朝から晩まで芋煮じゃないんだ」
俺が言うと、維新は頭を下げて苦笑した。
「だから悪かったって」
「べつにそういう意味で言ったんじゃねーし」
「十二時に家へ迎えに行くから」
「……うん。わかった」
維新も頷く。それから、はたとなにかに気づいて顔を動かした。
俺はその目線を追い、どきっとなった。
なんと、この場にいる全員がこっちへ注目していたのだ。しかも、みんながみんな、ぽかんとしている。
俺は急にいたたまれなくなって、一目散にメイジとつつみんの横を過ぎ、グラウンドからも出た。
校門のところで振り返ってみたけれど、二人の姿は見えなかった。
どことなくほっとしつつ家路へ向かう。
家の中にいても、いつもと違う外のざわめきが感じられて、なんだか落ち着かなかった。楽しげに動き回る人たちの足音が、ここまで聞こえてきそうだった。
お風呂へ入る前、いつものように首からペンダントとお守りを外し、部屋の机に置く。
お守りをもう一度手にして、さっきの維新の変な行動を思い出した。
なにやらいとおしそうに撫でていた。
「もしかして──」
お守りの中へ指を突っ込んでみる。でも、あのときはなんで入れられたんだろうと思うくらい狭い。
仕方なく、引き出しからピンセットを取って、維新のために忍ばせた手紙をつまみ出す。
「好き」を九回書いて、十個目は「愛してる」にしていた。
改めて見るとハズい。
ハズい上に、その下に「俺も」がつけ足されてあった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる