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嵐の前の静けさ

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 テントが張られてあったり、テーブルが剥き出しで並んであったりする。
 体育館側のフェンスの入口から俺はグラウンドへ入った。
 こことは反対の武道・格闘エリアと通じている出入口はフェンスも途切れ、左は樹海の林、右は中庭の延長線上にある木々に挟まれている。車も通れるほどの広さがあるから搬入口にもなっていた。
 その搬入口の近くに大きな鍋が置かれてある。オタマ代わりの柄杓は、寺でよく見るやつより数倍はデカい。
 あれで何人分を作るんだろう。
 そんなことも考えながら俺は鍋を遠巻きに、忙しなく動いている人たちを眺めた。
 その鍋のそばのテントで、維新は作業をしていた。
 ここからでは後ろ姿しか見えない。エプロンを着け、大きな背を丸め、芋煮に使う食材を準備しているらしかった。
 追われている感じもあるし、先輩らしき人にときおり指示されたりして、声をかけづらかった。
 しばし眺めてから、俺はきびすを返した。

「卓」

 フェンスから少し入ったところにメイジとつつみんが立っていた。
 俺は二人の元へと走る。

「どうしたんだよ。二人で行っていいって言ったのに」
「まあ、ほら」

 と、メイジはつつみんを見下ろした。
 つつみんは伏し目がちに言う。

「……ごめんね。僕が、卓くんの顔を見てからにしようって言ったんだ」
「なんでよ。俺は大丈夫だって」
「でも……。あ」

 つつみんが俺の肩を叩いて、後ろを指さした。
 振り返ってみると、エプロン姿の維新がこっちへ走ってくるところだった。
 俺も思わずそっちへ向かう。

「維新」
「卓」

 一日会わなかっただけだけなのに、感動の再会なシーンを、俺は勝手に思い描いていた。けれど、さすがにここでは抱きつかれない。
 近づいてきた維新のエプロンをつまんでやる。

「似合ってんじゃん」
「そんなことを言いに来たわけじゃないだろう」
「……維新だって、そんなこと言われに追いかけてきたんじゃないだろ」

 俺はつまんでいたエプロンを掴み直した。

「卓」
「さみしかったの。悟れよ」
「ああ」

 頭を撫でられた。それに釣られるように目を上げれば、維新は口元を緩めていた。

「悪かったって」

 その視線がふと下がった。なにか言いたげに俺と目を合わせる。

「なんだよ」
「お守りはどうした」
「え? ああ、あるよ」

 なんでそんなことを訊くのか。俺は小首を傾げながら袋を持って見せた。
 すると維新は、俺の手ごとお守り袋をすくい上げ、指で何回か撫でた。

「うん?」
「いや」

 手を離して維新は顔を上げた。遠くへ目をやり、わずかな笑みを浮かべる。

「このあとメイジと堤とどっか行くのか?」
「あ、うん。いや、メイジとつつみんはね。俺は疲れたからもう家へ帰る。あしたもあるし」
「あしたは朝からこっちの仕事あるけど、午後はなにもないから一緒に回ろう」
「え?」

 てっきり、維新はあしたも芋煮にかかりっきりだろうと思っていた。だから俺は劇のことしか考えてなかった。学祭をどう楽しもうかなんて、ぜんぜん頭になかった。

「朝から晩まで芋煮じゃないんだ」

 俺が言うと、維新は頭を下げて苦笑した。

「だから悪かったって」
「べつにそういう意味で言ったんじゃねーし」
「十二時に家へ迎えに行くから」
「……うん。わかった」

 維新も頷く。それから、はたとなにかに気づいて顔を動かした。
 俺はその目線を追い、どきっとなった。
 なんと、この場にいる全員がこっちへ注目していたのだ。しかも、みんながみんな、ぽかんとしている。
 俺は急にいたたまれなくなって、一目散にメイジとつつみんの横を過ぎ、グラウンドからも出た。
 校門のところで振り返ってみたけれど、二人の姿は見えなかった。
 どことなくほっとしつつ家路へ向かう。
 家の中にいても、いつもと違う外のざわめきが感じられて、なんだか落ち着かなかった。楽しげに動き回る人たちの足音が、ここまで聞こえてきそうだった。
 お風呂へ入る前、いつものように首からペンダントとお守りを外し、部屋の机に置く。
 お守りをもう一度手にして、さっきの維新の変な行動を思い出した。
 なにやらいとおしそうに撫でていた。

「もしかして──」

 お守りの中へ指を突っ込んでみる。でも、あのときはなんで入れられたんだろうと思うくらい狭い。
 仕方なく、引き出しからピンセットを取って、維新のために忍ばせた手紙をつまみ出す。
「好き」を九回書いて、十個目は「愛してる」にしていた。
 改めて見るとハズい。
 ハズい上に、その下に「俺も」がつけ足されてあった。



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