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嵐の前の静けさ
一
しおりを挟むとうとう風見祭前日がきた。日が落ちたころには前夜祭が行われる。
劇で一緒になった先輩の話だと、前夜祭には大食い大会とクイズ大会があるらしい。
ことあるごとに大食いって、このガッコ、どんだけなんだよ。
どうやらその大食い大会、農業部対一般らしく、ジョーさんか奥芝さんに勝つと部費がアップされるらしい。
で、クイズ大会のほうは生徒会との勝負で、黒澤とマキさんに勝つことができるとやはり部費がアップされるそうだ。
大食いに興味はないけど、黒澤とマキさんのほうは気になる。生徒会に勝てたらといえど、一応は個人戦らしいから、最終的には、会長と副会長の一騎打ちになるんじゃないかとみんなも言っていた。
そのあとは、夜通しで次の日の準備が進められる。
学食も他の部も、この夜だけは開放されて、自由に行き来ができるらしい。
本当にお祭り騒ぎになりそうだ。
あしたはいよいよ劇の本番だし、きょうが楽しみというのもあって、俺は朝早くに目が覚めてしまった。
でも、それもよかったかもしれない。
朝食を終えたタイミングで、メイジからメールがきた。
「朝一で、農業部が講堂で楽器の練習するらしいから見に行かないか」
なんでメイジがそんなことを把握しているのか疑問は残るけど、俺はすぐに「行く!」と返信した。
維新はきょう、朝から芋煮の手伝いでいない。
俺は劇のことですっかり忘れていたけど、維新はほかにも大切な仕事がある。稽古の合間も芋煮のミーティングに顔出ししていたらしく、俺は尊敬の念さえいだいた。
きょうの練習は午後から。四時まで通し稽古をして、あとは前夜祭のための時間。
その前夜祭は、七時から始まる。
心配された台風はまだまだ日本の南にいる。予報通り、あしたの上陸はなさそうだった。
携帯を畳んで、俺はまた開いた。バンドのリハ見学につつみんを誘うことにした。メイジと二人でというのも味気ないし、いつも三人で行動していたから、そのほうが落ち着く。
それに、勝手に誘ったからって、メイジも農業部のみんなも頭ごなしに嫌な顔をする人たちじゃない。
つつみんは最初、農業部のみなさんだなんて恐れ多いと遠慮していたけど、結局は了承してくれた。講堂で落ち合うことに決めて携帯を閉じた。
俺は身支度も早々にすませ、迎えにきたメイジとともに講堂へ向かった。つつみんを誘ったことを話したら、やっぱりメイジは笑顔で、わかったと頷いてくれた。
時刻は八時ちょっと前。
あしたの準備が本格的に始まるのは午後からだから、いつもの土曜のようにこの時間は閑散としている。
講堂の出入口で五分ほど待っていると、すまなそうに頭を下げながらつつみんが階段を上がってきた。
「遅くなってごめん!」
と叫んで、走ってくる。
そんなつつみんを出迎えるため、俺は出入口から離れた。
「こっちこそ朝早くからごめん」
「ううん。誘ってくれてありがとう。だけど、農業部のみなさんだなんて緊張するね。どうしよう」
つつみんは髪を直しながらはにかむ。それから俺の後ろへ目をやると、また頭を下げた。
「おはよう」
「おう。ども」
「あ、そうだ。つつみん。これは石岡明治っていって、ゴルフ部の……」
「堤平です。よろしく」
「ああ。つつみんの話は維新と卓から少し聞いてる。俺のことはメイジって呼んでくれていいから」
メイジがさらに口角を上げて言った。
それに頷いて、つつみんは俺にも視線をくれた。
「じつは……僕も三人のことは前から知ってたんだ」
「あ、そうなの」
「うん。なんか目立ってたし」
俺は小首を傾げた。……そんなに目立つようなことしてたかな。
「もっと言うと、松永くんと……メイジくんは、入学式の日から知ってたよ。二人ともやっぱり目立ってたから」
「え?」
俺は眉を寄せて、メイジを見上げた。
「目立ってたって……なんかしたのかよ」
「べつに。俺は、小さくなってたよ。な?」
なにかを含ませるように、メイジはつつみんに言った。
つつみんは、頷いていいものかどうなのか迷ってるようで、曖昧に返事をしていた。
メイジじゃないなら、その目立つようなことをしたのは、あと一人しかいない。
「まさか、維新?」
「ちげえって。そもそもなんもなかったの。それより早く入ろうぜ」
メイジが親指で後ろを指す。
そうだった、そうだったと、俺はつつみんの背中を押し、講堂の出入口を抜けた。
あの重い扉を開けても、きょうはなんの洗礼もなかった。あのときと違って、中は煌々と明るい。
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