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アリアとハーラ

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 舞台はありがちな、中世ヨーロッパをモチーフとした架空の国。城詰めの一団の長である騎士と、その直属の部下である若い騎士が、一人の女性を巡って対立し、果てには悲劇なことになる。そんなお話。
 劇に出てくるキャラは六人。
 俺のやるヒロインのアリアと、維新の若い騎士ハーラ、藤堂さんの騎士団長カザーミがメインキャラだ。そのほかに、アリアの兄でカザーミの同僚の第二団長、ハーラの親友である騎士、カザーミの上司が出てくる。
 裏切りが裏切りを生む、悲恋の物語。
 俺は藤堂さんの婚約者だけど、維新と出会い恋に落ちる。二人は、逢瀬を重ねる中で駆け落ちを決意。それを兄貴に聞かれ、藤堂さんにリークされ、追われることになる。
 見つかったあとは、維新と藤堂さんが決闘みたいなことになって、俺は維新を庇って死ぬ。そんで、維新が俺を追って自害する。
 この、こってこってのドロドロ劇を、男子高生が演じて、男子高生が観るんだ。
 笑いなんて一切ない。
 男子高生らしく、爽やかなスポ根ものとかにすればいいのに、なぜこんなことになった。大先輩方。
 とくに困るのが、維新と俺のシーンが愛の囁きのオンパレードだってこと。
 俺はまだいい。維新の台詞に頷くか、うれしいの一言ですませればいいから。ま、一回くらいは特別サービスで、「わたくしも愛しております」とか言ってもいいかと思うけど。
 その砂糖を吐くような台詞を、維新は大真面目に言わなければならない。ハーラが維新じゃなかったらを想像すると、ホラーを観るよりもぞっとする。
 この劇は、後夜祭の目玉の一つというから、正直、もっと大がかりなものになるのかと思っていた。だけど、人数的にもこじんまりとしている。
 そのぶん、一人一人の台詞が長い。
 長いくせに、台本があれなことになっているから、やっぱり大がかりかなとも思う。手書きの台本がべつにいるし。
 昼休み、中庭でのランチを早々にすませ、維新と俺は台本を照らし合わせていた。
 きょうは初めての集まりだから、顔合わせだけかもしれないけど、できる限りの補足はしておく。台本にはすでにたくさんの付箋がついた。
 そんな俺たちの作業を気の毒そうに見ていたメイジが、どこか愉快そうにもして、茶茶を入れてくる。
 俺のところから維新の台本を取り上げた。

「それにしても、この劇が終わったら、とんでもキザ野郎になるな。維新は」
「ならない」

 維新がちらっとメイジを見た。
 病み上がりだから維新はまだマスク姿。また熱が出そうだとこぼしながらメモっている。

「だってここ。見てみ、ウケるから」
「メイジ」

 俺の制止の声も、台本を奪い返すべく出した手も避け、メイジは続ける。

「あなたを一目見たその日から、ボクの心は、真綿で締められるように残酷に、そして、その美しいまなざしに自ら飛び込んだ罪の炎に苛まれている」
「……」
「しかもこれ。卓とのこのシーンは全編虫食い。てことは、維新が自分の言葉で愛を語らうってことだろ」

 維新の手が止まった。
 俺はいよいよ本気を出して台本を取り返すと、丸めて、それでメイジの頭を小突いた。

「それはまじで言っちゃだめだって」
「あ、でも、卓の台本には残ってるか」
「俺のにもねえの。だからもう、しっ」

 俺は人差し指を口に当て、眉間にしわを寄せた。
 まじか。メイジが笑いを噛み殺しながら言ったとき、シャーペンの芯が折れる音がした。
 なおも強く、維新はシャーペンを握っている。

「大丈夫だって、維新。台本は藤堂さんのもあるし、そのほかにもあるじゃん。どれか一つくらいは、このシーンの台詞が残ってるよ」
「あーあ。ほんとめんどくせえ劇だな、おい」
「それは俺らが一番叫びたいところだから! もう、メイジは黙ってて」

 メイジは肩をすくめると、ゴロンと芝生に寝転がった。
 維新に向かって、俺は手を合わせる。

「ほんとごめん。変なことに巻きこんで」
「卓」

 マスクを下げ、首を横に振りながら、維新は強い口調で言う。

「まだそんなことを言うのか。これも思い出の一つだろ。大変なことこそ、いつまでも記憶に残る。ここでの二人の思い出として」
「うん」

 無意識に見つめ合っていたら、横で寝転がっていたメイジが、俺たちのあいだへ手のひらを入れた。

「はいはい。劇はまだ始まってませんよー。お二人さん」

 同時にはっとなる。
 維新はマスクを戻し、俺は丸めた台本を直して、メモに再びシャーペンを走らせた。



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