47 / 77
アリアとハーラ
一
しおりを挟む舞台はありがちな、中世ヨーロッパをモチーフとした架空の国。城詰めの一団の長である騎士と、その直属の部下である若い騎士が、一人の女性を巡って対立し、果てには悲劇なことになる。そんなお話。
劇に出てくるキャラは六人。
俺のやるヒロインのアリアと、維新の若い騎士ハーラ、藤堂さんの騎士団長カザーミがメインキャラだ。そのほかに、アリアの兄でカザーミの同僚の第二団長、ハーラの親友である騎士、カザーミの上司が出てくる。
裏切りが裏切りを生む、悲恋の物語。
俺は藤堂さんの婚約者だけど、維新と出会い恋に落ちる。二人は、逢瀬を重ねる中で駆け落ちを決意。それを兄貴に聞かれ、藤堂さんにリークされ、追われることになる。
見つかったあとは、維新と藤堂さんが決闘みたいなことになって、俺は維新を庇って死ぬ。そんで、維新が俺を追って自害する。
この、こってこってのドロドロ劇を、男子高生が演じて、男子高生が観るんだ。
笑いなんて一切ない。
男子高生らしく、爽やかなスポ根ものとかにすればいいのに、なぜこんなことになった。大先輩方。
とくに困るのが、維新と俺のシーンが愛の囁きのオンパレードだってこと。
俺はまだいい。維新の台詞に頷くか、うれしいの一言ですませればいいから。ま、一回くらいは特別サービスで、「わたくしも愛しております」とか言ってもいいかと思うけど。
その砂糖を吐くような台詞を、維新は大真面目に言わなければならない。ハーラが維新じゃなかったらを想像すると、ホラーを観るよりもぞっとする。
この劇は、後夜祭の目玉の一つというから、正直、もっと大がかりなものになるのかと思っていた。だけど、人数的にもこじんまりとしている。
そのぶん、一人一人の台詞が長い。
長いくせに、台本があれなことになっているから、やっぱり大がかりかなとも思う。手書きの台本がべつにいるし。
昼休み、中庭でのランチを早々にすませ、維新と俺は台本を照らし合わせていた。
きょうは初めての集まりだから、顔合わせだけかもしれないけど、できる限りの補足はしておく。台本にはすでにたくさんの付箋がついた。
そんな俺たちの作業を気の毒そうに見ていたメイジが、どこか愉快そうにもして、茶茶を入れてくる。
俺のところから維新の台本を取り上げた。
「それにしても、この劇が終わったら、とんでもキザ野郎になるな。維新は」
「ならない」
維新がちらっとメイジを見た。
病み上がりだから維新はまだマスク姿。また熱が出そうだとこぼしながらメモっている。
「だってここ。見てみ、ウケるから」
「メイジ」
俺の制止の声も、台本を奪い返すべく出した手も避け、メイジは続ける。
「あなたを一目見たその日から、ボクの心は、真綿で締められるように残酷に、そして、その美しいまなざしに自ら飛び込んだ罪の炎に苛まれている」
「……」
「しかもこれ。卓とのこのシーンは全編虫食い。てことは、維新が自分の言葉で愛を語らうってことだろ」
維新の手が止まった。
俺はいよいよ本気を出して台本を取り返すと、丸めて、それでメイジの頭を小突いた。
「それはまじで言っちゃだめだって」
「あ、でも、卓の台本には残ってるか」
「俺のにもねえの。だからもう、しっ」
俺は人差し指を口に当て、眉間にしわを寄せた。
まじか。メイジが笑いを噛み殺しながら言ったとき、シャーペンの芯が折れる音がした。
なおも強く、維新はシャーペンを握っている。
「大丈夫だって、維新。台本は藤堂さんのもあるし、そのほかにもあるじゃん。どれか一つくらいは、このシーンの台詞が残ってるよ」
「あーあ。ほんとめんどくせえ劇だな、おい」
「それは俺らが一番叫びたいところだから! もう、メイジは黙ってて」
メイジは肩をすくめると、ゴロンと芝生に寝転がった。
維新に向かって、俺は手を合わせる。
「ほんとごめん。変なことに巻きこんで」
「卓」
マスクを下げ、首を横に振りながら、維新は強い口調で言う。
「まだそんなことを言うのか。これも思い出の一つだろ。大変なことこそ、いつまでも記憶に残る。ここでの二人の思い出として」
「うん」
無意識に見つめ合っていたら、横で寝転がっていたメイジが、俺たちのあいだへ手のひらを入れた。
「はいはい。劇はまだ始まってませんよー。お二人さん」
同時にはっとなる。
維新はマスクを戻し、俺は丸めた台本を直して、メモに再びシャーペンを走らせた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
とある隠密の受難
nionea
BL
普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。
銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密
果たして隠密は無事貞操を守れるのか。
頑張れ隠密。
負けるな隠密。
読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。
※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる