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むし喰い
一
しおりを挟む重厚な扉を開くと、正面に大きな絵画がある。
サンマロ湾に浮かぶモンサンミシェル。いつか行ってみたいと、俺が思っている一つでもある。その風景画がでんと飾ってある。
白亜の建物のエントランスは、和と洋で違いはあれど、じいちゃんちの玄関に近い広さがある。
そのモンサンミシェルを挟むようにして、左右に、二階へと通じるカーブの階段がある。
風見館の一階は、この広いエントランスと応接室、二つの会議室、執事のおっさんの待機室、奥には食堂もある。二階は、会長と副会長の執務室のほかに、会計室、書記室、資料室がある。
役員寮は離れにあって、高級旅館ばりの建物だと俺は聞いている。表からは見えないようにと背の高い木々で覆い、傍目にはどこにあるのか、本当に存在しているのかもわからない。でも、こっちの洋館には主に仕事部屋しかないから、どっかには存在しているはずだ。
俺は階段を上がり、副会長室と表札のあるドアの前に立った。
よくよく思い出すと、ここへ来るときは、なにかしらの怒りで突進状態で、こんなふうに改まって立つのは初めてかもしれない。つい三日前も、維新の風邪のことで文句を言いに乗り込んだばかりだ。
それらしく、俺はノックをしてみる。
だが、返事はない。
もう一度、さっきより強めにノックした。
……シーン。
「なに。呼んどきながら留守って、ありえねえんだけど」
ぶつぶつ言いながらドアを開ける。おじゃましますと口の動きだけで断ってから踏み入った。
ネームプレートの乗る執務机に、古そうな本が二冊、裏にして置いてあった。
その向かいへ目を動かし、俺は、「わっ」と声を出した。
あくまで執務室なのに、それって必要なのかと思ってしまうほどの応接セット。詰めれば五人はかけられるソファーで、部屋の主が制服のまんま、でんと寝ていた。
ネクタイが解け、ワイシャツのボタンは上から何個か外れている。
……だから、人を呼んどきながら寝てるとかってありえねえんだけど。つか、あのデコに「人参マン」とか書いてやろうか。それか、この寝顔を写メって、掲示板にでも貼ったらどうだろう?
どうせならヨダレでも垂らしてくんねーかな。寝てても顔は崩れないとか、出来杉くんだろ。てか、指、腕、足長すぎ。
まじでイタズラ書きしてやろうかと思い、顛末を想像し……うむ、きょうのところは勘弁してやる。
俺は窓のほうへ移動し、外の景色を眺めた。
風見館の庭が俯瞰でよく見える。そこの通りも見えるし、じいちゃんのガーデンも眺められる。
「……」
きょう、なんで呼ばれたかは、さすがの俺でも想像できる。いよいよ本番に向けて、始動するんだ。……俺だけ女装劇が。
もうね、フリが長すぎるから、半分忘れかけてたけど、これからなんだよな。
プールを出たとき、「はあやれやれ、めでたしめでたし」って思ってたのは、とんでもなかった。
やりたくねえ……。
風見祭は第三日曜だから、あと二週間ちょっとしかない。どうなるのかと、不安しかなかった。
そこへ、ドアの開く音がして、マキさんが顔を覗かせた。
きょうは、赤ベースのチェックシャツに茶系のテーパード。無地だけどネクタイもきっちりしめている。
「あれま。中野?」
「はい。呼ばれてました」
「ほう。それはご苦労さまで。というかクロは? いない?」
右にあるソファーを俺が指すと、マキさんは首を伸ばし、開けたドアから顔を覗かせた。中へと進み、俺にちらっと視線をよこす。
「がっつり寝てるね」
「そうなんです。なんか起こすと睨まれそうだし、どうしよっかなと迷ってたとこでした」
「しっかたねえなー」
マキさんは苦笑顔になると、ソファーのそばに立った。大きく息を吸い込み、手にした資料を口元へ添え、声を飛ばした。
「クロクロはらぐろまっくろくろすけさーん。はよ起きんかい!」
……なにいまの。
俺は目をぱちぱちさせた。
つか、マキさんて、知れば知るほど面白い人だなって思うし、なんかかわいい。
「くそお。起きん」
ところが、肝心のくろすけサンが無反応。
マキさんの眉毛がぴくっと動く。
「……お疲れですかね?」
「そうね。変態だからね」
「ヘンタイ?」
「そ。ここを守るためなら自分はどう思われてもいいっていう変態。変人の最上級」
あー……。そういう意味での変態か。
馬鹿にするような言い草だけれど、マキさんの表情はにわかに陰る。
ただ、俺からしたら、その言葉の真意も、マキさんがそんな顔をする意味も理解できない。
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