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せめて

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 はっきり言って、奥芝さんのことを笑っていられるほど、俺も器用じゃない。それは、自分が一番よくわかっている。
 だからさ、そんな固まらなくてもいいじゃんと思っちゃうわけよ。藍おばさん。

「たっくん。これ、お守りなの?」

 いまは真夜中の台所。
 和室の押入れを昼間から掻き回し、ようやく探し当てたのは、おばさんがむかし使っていた裁縫道具だ。それを拝借して、維新にあげるお守りを、俺は手作りしようと思った。
 道具箱の下にはちょうどよく生地もあった。それもいただく。
 藍おばさんは和裁も洋裁も得意だ。いつもはミシンを使っているけど、裁縫道具もあることを俺は知っていた。
 学生のときに使っていたやつだと思う。クラスと名前が箱に書いてあった。

「ねえ、たっくん。お守りなのになんで黒の生地使うのよ」
「黒しかなかったから。もう返せよ!」

 久しぶりに手作りというものをし、苦労して形にしたそれを、おばさんから奪い返す。
 何度も投げ出しそうになって、どうにかここまでこぎつけられたものなんだから。

「それに、採寸するか、せめて裁断する線を書くかしないから、形もぐちゃぐちゃじゃない」
「そんなスキル、俺にあるわけないじゃん」
「スキルの問題じゃないわよ。もの作りの基本よ。ほんと、お勉強以外はなんにもできないわねえ」

 そう言い残すと、おばさんは台所を出ていった。
 ……う、うるさい。
 勉強だけでもできるんだからよしだよ。人間、ベンキョーだよ、ベンキョー。勉強が一番大事!
 俺はぶつぶつ言いながら、無駄にデカいダイニングへ散らかしたものを片づける。
 またため息がこぼれた。
 本当は痛いほどわかっている。風見原に来てから、とくに思い知らされる場面が多い。
 勉強だけできたって、人はなんの役にも立たない。運動も食事も、自分の手でなにか作り上げることも、それなりに数こなさなきゃ、ここではやっていけない。
 やっぱり俺、ここに来るべきじゃなかったのかも。
 一人でいると、ついそう思ってしまう。でも、維新にそんなことを言ったらがっかりするだろうし、せっかく一緒になれたのだからいまさら離れ離れになりたくない。
 ……まずは芋の皮むきでもやってみるか。
 ダイニングの片づけも終わり、俺が椅子を立ち上がると、おばさんが台所へまた顔を出した。

「はい、これ」

 と、おばさんが差し出したのは、神社でよく見かけるあれ。てかてかな紫の生地に、「御守」という文字が金色の糸で入れられてある。

「すげっ。しかもヒモまである」

 この長さだと首にもかけられる。お守り袋が小さめで、俺の理想の「お守りさん」している。

「……それ、いま作ったの?」
「そうよ。こんなの朝飯前よ」

 藍おばさんは腰に手を当て胸を張ると、寝間着の帯をぽんと叩いた。

「あげるわよ、これ。けど、くれぐれも自分が──」

 おばさんの言葉も半分に、俺はお守りを受け取るといそいそと自分の部屋へ帰った。
 袋の中へ入れるためにしたためた紙を小さく折って押し込む。すると、ぺこぺこだったお守りに厚みが出て一段とそれらしくなった。
 思わず机に突っ伏し、ふふふと笑う。
 あしたが楽しみになってきた。さて、これを手にした維新はどんな顔をして喜ぶだろう。
 その様を見逃さないように、いつも以上に瞠らなくては。
 俺はお守り袋の中を確かめ、もう少しなじむように指でのした。



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