30 / 77
せめて
三
しおりを挟むはっきり言って、奥芝さんのことを笑っていられるほど、俺も器用じゃない。それは、自分が一番よくわかっている。
だからさ、そんな固まらなくてもいいじゃんと思っちゃうわけよ。藍おばさん。
「たっくん。これ、お守りなの?」
いまは真夜中の台所。
和室の押入れを昼間から掻き回し、ようやく探し当てたのは、おばさんがむかし使っていた裁縫道具だ。それを拝借して、維新にあげるお守りを、俺は手作りしようと思った。
道具箱の下にはちょうどよく生地もあった。それもいただく。
藍おばさんは和裁も洋裁も得意だ。いつもはミシンを使っているけど、裁縫道具もあることを俺は知っていた。
学生のときに使っていたやつだと思う。クラスと名前が箱に書いてあった。
「ねえ、たっくん。お守りなのになんで黒の生地使うのよ」
「黒しかなかったから。もう返せよ!」
久しぶりに手作りというものをし、苦労して形にしたそれを、おばさんから奪い返す。
何度も投げ出しそうになって、どうにかここまでこぎつけられたものなんだから。
「それに、採寸するか、せめて裁断する線を書くかしないから、形もぐちゃぐちゃじゃない」
「そんなスキル、俺にあるわけないじゃん」
「スキルの問題じゃないわよ。もの作りの基本よ。ほんと、お勉強以外はなんにもできないわねえ」
そう言い残すと、おばさんは台所を出ていった。
……う、うるさい。
勉強だけでもできるんだからよしだよ。人間、ベンキョーだよ、ベンキョー。勉強が一番大事!
俺はぶつぶつ言いながら、無駄にデカいダイニングへ散らかしたものを片づける。
またため息がこぼれた。
本当は痛いほどわかっている。風見原に来てから、とくに思い知らされる場面が多い。
勉強だけできたって、人はなんの役にも立たない。運動も食事も、自分の手でなにか作り上げることも、それなりに数こなさなきゃ、ここではやっていけない。
やっぱり俺、ここに来るべきじゃなかったのかも。
一人でいると、ついそう思ってしまう。でも、維新にそんなことを言ったらがっかりするだろうし、せっかく一緒になれたのだからいまさら離れ離れになりたくない。
……まずは芋の皮むきでもやってみるか。
ダイニングの片づけも終わり、俺が椅子を立ち上がると、おばさんが台所へまた顔を出した。
「はい、これ」
と、おばさんが差し出したのは、神社でよく見かけるあれ。てかてかな紫の生地に、「御守」という文字が金色の糸で入れられてある。
「すげっ。しかもヒモまである」
この長さだと首にもかけられる。お守り袋が小さめで、俺の理想の「お守りさん」している。
「……それ、いま作ったの?」
「そうよ。こんなの朝飯前よ」
藍おばさんは腰に手を当て胸を張ると、寝間着の帯をぽんと叩いた。
「あげるわよ、これ。けど、くれぐれも自分が──」
おばさんの言葉も半分に、俺はお守りを受け取るといそいそと自分の部屋へ帰った。
袋の中へ入れるためにしたためた紙を小さく折って押し込む。すると、ぺこぺこだったお守りに厚みが出て一段とそれらしくなった。
思わず机に突っ伏し、ふふふと笑う。
あしたが楽しみになってきた。さて、これを手にした維新はどんな顔をして喜ぶだろう。
その様を見逃さないように、いつも以上に瞠らなくては。
俺はお守り袋の中を確かめ、もう少しなじむように指でのした。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
とある隠密の受難
nionea
BL
普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。
銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密
果たして隠密は無事貞操を守れるのか。
頑張れ隠密。
負けるな隠密。
読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。
※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる