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辞令
一
しおりを挟む「たっくん、おかえりー」
きょうの授業も終わり、家へ帰ると、いつもは出迎えなんてしない藍おばさんがいそいそと玄関までやってきた。
……なんか嫌な予感がする。
ていうか、このあいだから、いつもと違うことが起こると、嫌な予感ばかりがする。
「ただいま……」
「たっくんにお客さまが来てるわよ」
着物の袖を口に当て、藍おばさんは「うふふ」と笑った。
「え、だれ?」
と訊きながら、俺はたたきへ視線を落とした。
大きな革靴がある。さっき磨いてきましたみたいにツヤツヤ黒々している。
「ほら、きのう病院に来てた背の高い子」
「……」
予感的中。はい、オワタ。
一体なんの用があって、わざわざウチまで来るのか。
俺は首を傾げつつ台所へ寄って、カバンをダイニングに置いた。玄関前の広い廊下を、奥の和室へと行く。
襖を、まず細く開けてみた。
あの人はこっちに背を向け、雪見障子を分けていた。腕を組み、業者さんに管理してもらっている純和風庭園を眺め出す。
俺は静かに襖を閉めた。
なにを言われるのか怖い。けれど、このままバックれても、もっと厄介になるだけだ。
深呼吸をして、もう一度襖を開ける。
だがしかし、視界は真っ白。どうしたんだと思い斜に見上げたら、眼鏡をかけた黒澤の顔が間近にあった。
「うわあっ!」
鴨居に手をかけ、じっと俺を見下ろしている。
「な、ななな、なんなんだよっ」
「なんなんだはこっちだ。なぜ、すぐ入ってこない」
「うるせ」
襖を全開にし、俺は畳へ上がった。ずんずん進んで、二十畳もある和室の真ん中にぽつんとある木の座卓の前に正座した。
黒澤は、俺が開け放った襖を閉めてから、真向かいに腰を下ろした。
その前には、茶托に乗った湯のみと、手のつけられてない羊羹がある。
「で、なんですか? ウチにまで来て」
「体の調子はどうだ」
「この通りぴんぴん。今週いっぱいは体育休むけど」
「そうか。まあ、そんなときに悪い気もするが──」
と、黒澤は言って、座卓に置いていた一枚の紙をすっと差し出した。
四つ折りにされてある、それ。
向かいへ視線をやってから、俺は恐る恐る手にした。
開いて最初に目に入ったのは──。
「辞令? は? い、以下の者を、後夜祭に行なう演劇の主役に命ずる……って。はあ?」
その下には、俺の学年とクラス、フルネームが書いてある。
さらに目を下げると、マキさんの名前と黒澤の名前、ガッコの印鑑もあった。
「いや、どういうこと?」
「どういうことって、そういうことだ」
「いやいや、これだけじゃぜんぜん説明になってねえし」
座卓に肘をつき、黒澤が身を乗り出してきた。
「お前、中学のときに演劇部にいたんだってな」
ユーレイですけどね。
俺は吐き捨てるように言って、渡された紙を座卓へ戻した。
そこで、ジョーさんの言葉を思い出した。
部活に入っていない俺でも、これからなにかやることができるとかなんとか。
……そうか。このことだったのか。
それにしたって、選りに選って主役だ。
やりたくねえ。
でも、生徒会のことだから、こっちは首を縦に振るしかねえんだろうなあ。ここにも「命ずる」ってなってるしさあ。
「後夜祭で行う劇の主役と脇、端役、そして裏方は、生徒会が指名することになっている。つまり──」
「はいはい。お得意の強制ってやつですね。わかります」
俺がヤケクソで言った棒セリフに、黒澤はため息をついた。
前髪を掻き上げている。
つーか、なにそれ。ため息つきたいのはこっちなのに。
「但し、相棒役だけは主役が指名できることになっている」
「え?」
「それで、一番始めの仕事として、お前にその相棒役の人間を決めてもらいたい」
あれよあれよと話が進んでいることに顔をしかめつつ、俺は維新を思い浮かべた。
でも、さ……。
「いまここで?」
「できれば」
「……」
あいつには仕事がある。ゴルフ部もそうだし、武道と格闘と一緒に行う芋煮作りもある。
忙しくなりそうだと言っていた。
その上、劇までやらせるのは忍びない。
「後夜祭に行う演劇は、中でも重要なイベントの一つだ。お前がそれを滞りなく進められるためにも、相棒役の人選は、信頼の置けるやつにしたほうがいい」
「……そんなの、いねーし」
「ん? いやいや、いるだろう」
俺が俯くと、困惑したような声で黒澤は言った。
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