14 / 21
春の夜のできごと
八
しおりを挟む
お兄ちゃんの声が歪みそうになる。
内容が内容だし、しかもこんなところで、無理して話さなくていいよと思う。その一方で、お兄ちゃんたちの過去は、どんなささいなことだって知っておきたい。
ぼくは口を真一文字に結んだ。つまづきそうになってもどんどんと言葉を吐き出し続ける横顔をちらっと見上げた。
「病名は教えてくれたけど、そうなるまでの詳しいことまでは話してくれなかった。それで悟った。やっぱ俺を産んだせいだったんだって。だから兄貴は、俺に冷たかったって」
お兄ちゃんが喋るスピードを上げる。まるで綱渡りだった。
「でさ、そのときばっかは、なんでか兄貴が車で迎えに来て、俺、車ん中で問いただすようなことしたんだよ。したら兄貴は、お前が気にすることじゃないって言いやがった。どうせなにも知らないんだから、このまま知らずにいろって突き放されたようで、俺は兄貴の車から飛び出してた。……そんで、どっかの公園の、トンネルみたいな遊具ん中にこもった。そこで、いつの間にか寝たらしくてさ、目が覚めたら病院のベッドにいた。それから、肺炎……で、一週間入院した」
「それ、一清さんたち、とっても心配したよね」
「……」
「肺炎て──」
咲子さんが最後に罹った病気だ。
とうとう、お兄ちゃんは黙り込んでしまった。キテるところまでキテるのもわかったから、ぼくはそれ以上なにも言えなかった。
それにしても、なぜ、いまここでだったのだろう。一清さんが来るまでの繋ぎに思いつくような話題でもない。
現にお兄ちゃんは、大勢が行き交う場で、らしからぬ涙と闘っている。こういう話をしてしまったら、感極まるのを抑えられないとわかっていたから、いままでほとんど口にしてこなかったんだ。
「ったく。なんなんだよ、きょう」
お兄ちゃんがベンチから立ち上がった。舌打ちもする。
「……悪かったな。変な話して」
ぼくは首を横に振った。
背を向けてしまったお兄ちゃんには、それが見えてなかったと気づいて、慌てて声にもした。
「ぜんぜん変な話じゃない。むしろ、ぼくに話してくれてありがとう」
「まじで動揺がひでえ。少し、頭冷やしてくる」
お兄ちゃんはぶっきらぼうに言うと、髪を掻き乱し、振り返らずに歩き出そうとする。その腕へ向かい、ぼくは手を伸ばした。
「ま、待って……っ」
しかし、すでにお兄ちゃんと距離ができていて、空を掻くようにしながら、ぼくはベンチへのめった。
それでも、シャツの裾の裾を、なんとか掴む。
「もうすぐ一清さん来るからっ」
「てか、そうまでして引き止めなくても、すぐ戻ってくる」
お兄ちゃんがようやく振り返った。
「う、うるさいな。必死にもなるよ。一清さんが来たときにお兄ちゃんがいなかったら、ぼくにとばっちりがくるんだよ」
手を離し、ぼくは体を起こした。睨むようにして見上げると、すぐさまお兄ちゃんは背を向けた。
やけに真剣な声で、ぼくの名前を呼ぶ。
「……なに?」
「さっきの話……」
「うん」
「ただむかし話をしたかったわけじゃねえんだ。いまんなって、それでわかったことがあるってのを、お前に伝えたかったんだ」
お兄ちゃんは、いつもの強いまなざしを、つき下ろしてくる。
「あのときの兄貴の気持ち……。どんなに説明されたって、黙ってることが俺のためだなんて、ぜんぜん理解できなかった」
「……」
「けどさ。いまならわかるんだ。お前が──」
お兄ちゃんから、しばし目を離せなかったぼくだけど、なにかがおかしいことに気づいた。話の途中でも構わず口を尖らす。
「あ? なんだ」
「泣いてないじゃん」
お兄ちゃんの目は、なんら変わりない。潤んでもないし、ましてや赤くもない。まつ毛だって乾ききっている。
「泣いてるフリ? それとも、テイ? ぼくはすごく心配したのに!」
「俺? なにがだよ。つうか、こんなとこで泣くとかあるかよ。お前じゃあるまいし」
ぼくだって! 中学生になってからは、大勢の前では泣いてない!
そうベンチから立ち上がったとき、一清さんの声がした。
それにいち早く反応したお兄ちゃんを、すかさずぼくは捕まえた。腕を掴んでぎゅっと抱え込む。慌てたお兄ちゃんに肩を押されても食らいついてやった。
桜のボーレイだの、いかにも泣いているようなフリだの。ぼくをまた翻弄した仕返しだ。
やがてぼくらの前にやってきた一清さんは、不審げな顔をする。
あくまでハプニングだったと、お兄ちゃんは念押しにいくと思ったから、先手を打たせてもらった。ぼくが含みを持たせて目を上げると、一清さんはなにかを感じ取ってくれたようだ。
それに、お兄ちゃんには前科もいっぱいある。
お酒が入っているせいか、いつもより笑みの割合が多い一清さんが、お兄ちゃんの首根っこを掴んだ。
しめしめ。
ぼくはさっさとお兄ちゃんを差し出し、小さく拳を振り上げた。
内容が内容だし、しかもこんなところで、無理して話さなくていいよと思う。その一方で、お兄ちゃんたちの過去は、どんなささいなことだって知っておきたい。
ぼくは口を真一文字に結んだ。つまづきそうになってもどんどんと言葉を吐き出し続ける横顔をちらっと見上げた。
「病名は教えてくれたけど、そうなるまでの詳しいことまでは話してくれなかった。それで悟った。やっぱ俺を産んだせいだったんだって。だから兄貴は、俺に冷たかったって」
お兄ちゃんが喋るスピードを上げる。まるで綱渡りだった。
「でさ、そのときばっかは、なんでか兄貴が車で迎えに来て、俺、車ん中で問いただすようなことしたんだよ。したら兄貴は、お前が気にすることじゃないって言いやがった。どうせなにも知らないんだから、このまま知らずにいろって突き放されたようで、俺は兄貴の車から飛び出してた。……そんで、どっかの公園の、トンネルみたいな遊具ん中にこもった。そこで、いつの間にか寝たらしくてさ、目が覚めたら病院のベッドにいた。それから、肺炎……で、一週間入院した」
「それ、一清さんたち、とっても心配したよね」
「……」
「肺炎て──」
咲子さんが最後に罹った病気だ。
とうとう、お兄ちゃんは黙り込んでしまった。キテるところまでキテるのもわかったから、ぼくはそれ以上なにも言えなかった。
それにしても、なぜ、いまここでだったのだろう。一清さんが来るまでの繋ぎに思いつくような話題でもない。
現にお兄ちゃんは、大勢が行き交う場で、らしからぬ涙と闘っている。こういう話をしてしまったら、感極まるのを抑えられないとわかっていたから、いままでほとんど口にしてこなかったんだ。
「ったく。なんなんだよ、きょう」
お兄ちゃんがベンチから立ち上がった。舌打ちもする。
「……悪かったな。変な話して」
ぼくは首を横に振った。
背を向けてしまったお兄ちゃんには、それが見えてなかったと気づいて、慌てて声にもした。
「ぜんぜん変な話じゃない。むしろ、ぼくに話してくれてありがとう」
「まじで動揺がひでえ。少し、頭冷やしてくる」
お兄ちゃんはぶっきらぼうに言うと、髪を掻き乱し、振り返らずに歩き出そうとする。その腕へ向かい、ぼくは手を伸ばした。
「ま、待って……っ」
しかし、すでにお兄ちゃんと距離ができていて、空を掻くようにしながら、ぼくはベンチへのめった。
それでも、シャツの裾の裾を、なんとか掴む。
「もうすぐ一清さん来るからっ」
「てか、そうまでして引き止めなくても、すぐ戻ってくる」
お兄ちゃんがようやく振り返った。
「う、うるさいな。必死にもなるよ。一清さんが来たときにお兄ちゃんがいなかったら、ぼくにとばっちりがくるんだよ」
手を離し、ぼくは体を起こした。睨むようにして見上げると、すぐさまお兄ちゃんは背を向けた。
やけに真剣な声で、ぼくの名前を呼ぶ。
「……なに?」
「さっきの話……」
「うん」
「ただむかし話をしたかったわけじゃねえんだ。いまんなって、それでわかったことがあるってのを、お前に伝えたかったんだ」
お兄ちゃんは、いつもの強いまなざしを、つき下ろしてくる。
「あのときの兄貴の気持ち……。どんなに説明されたって、黙ってることが俺のためだなんて、ぜんぜん理解できなかった」
「……」
「けどさ。いまならわかるんだ。お前が──」
お兄ちゃんから、しばし目を離せなかったぼくだけど、なにかがおかしいことに気づいた。話の途中でも構わず口を尖らす。
「あ? なんだ」
「泣いてないじゃん」
お兄ちゃんの目は、なんら変わりない。潤んでもないし、ましてや赤くもない。まつ毛だって乾ききっている。
「泣いてるフリ? それとも、テイ? ぼくはすごく心配したのに!」
「俺? なにがだよ。つうか、こんなとこで泣くとかあるかよ。お前じゃあるまいし」
ぼくだって! 中学生になってからは、大勢の前では泣いてない!
そうベンチから立ち上がったとき、一清さんの声がした。
それにいち早く反応したお兄ちゃんを、すかさずぼくは捕まえた。腕を掴んでぎゅっと抱え込む。慌てたお兄ちゃんに肩を押されても食らいついてやった。
桜のボーレイだの、いかにも泣いているようなフリだの。ぼくをまた翻弄した仕返しだ。
やがてぼくらの前にやってきた一清さんは、不審げな顔をする。
あくまでハプニングだったと、お兄ちゃんは念押しにいくと思ったから、先手を打たせてもらった。ぼくが含みを持たせて目を上げると、一清さんはなにかを感じ取ってくれたようだ。
それに、お兄ちゃんには前科もいっぱいある。
お酒が入っているせいか、いつもより笑みの割合が多い一清さんが、お兄ちゃんの首根っこを掴んだ。
しめしめ。
ぼくはさっさとお兄ちゃんを差し出し、小さく拳を振り上げた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。
小犬の気持ち
はづき惣
BL
ある日の放課後、平凡な高校生の白井那月(しらいなつき)が、美形で人気者の九条龍臣(くじょうたつおみ)に呼び止められ、訳も分からないままに、話がすれ違い、どうにもならなくなる話。話の流れ的に那月はほぼ話しません。その後からは少し話します。今は結構話す様になりました。誤字脱字ごめんなさい。
新緑の少年
東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。
家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。
警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。
悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。
日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。
少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。
少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。
ハッピーエンドの物語。
恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる
琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。
落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。
異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。
そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
「短冊に秘めた願い事」
悠里
BL
何年も片思いしてきた幼馴染が、昨日可愛い女の子に告白されて、七夕の今日、多分、初デート中。
落ち込みながら空を見上げて、彦星と織姫をちょっと想像。
……いいなあ、一年に一日でも、好きな人と、恋人になれるなら。
残りの日はずっと、その一日を楽しみに生きるのに。
なんて思っていたら、片思いの相手が突然訪ねてきた。
あれ? デート中じゃないの?
高校生同士の可愛い七夕🎋話です(*'ω'*)♡
本編は4ページで完結。
その後、おまけの番外編があります♡
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる