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宿題

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 新学期が始まって最初の休日。晴れ晴れとした気持ちのいい朝に、ぼくは鼻歌まじりで洗濯物を干していた。
 桜前線はすぐそこまで迫っている。さらに押し上げるような陽気に、きょうもなりそうだ。
 勇気くんは朝から野球の練習を頑張っているんだろうなと想像する。それとも練習試合かな。
 我が家の物干し場は、庭とガレージ上の二カ所にある。庭はシーツなどの大物、ガレージ上のベランダは服類などの小物と決まっている。でも、天気によってだいぶ左右されるから、結局は臨機応変にとなっている。
 手前と奥に二台ずつ、計四台の車がゆうに停められるガレージ。その上は増築した住居部分で、二階は広いリビング、三階には一清さんと広美さんの部屋がある。
 ぼくのいるベランダは中二階に当たる。ちょっとした部屋が作れそうなほど広いベランダで、ウッドデッキにテーブルセットなんかも置いてある。
 ぼくはクロックスをつっかけ、洗濯物を片手に歩き回った。
 あともう少しで終了。──となったとき、大声が飛んできた。絶対に隣近所まで響いただろうバカでかい声だ。

「とぉーむ!」

 リビングとつながっているドアを開け、お兄ちゃんが顔を覗かせた。
 ひどい慌てようだ。歯磨きしながらだし。

「なに?」
「お前、きょうヒマだろ」

 歯ブラシを動かしながら近づいてきた。
 ちょっと身を引いて、ぼくは顔をしかめた。

「ていうか、汚いよ」
「掃除頼む」
「え?」
「俺の部屋掃除しといて」

 なんでぼくが、と言おうとしたら、どこからともなく一清さんの声がした。お兄ちゃんを呼んでいる。

「またなにしたの」
「なんもしてねえよ。とにかく、兄貴が部屋を掃除しろってしつこいから、頼む」
「出かけるの?」
「約束したの忘れてて」

 お兄ちゃんは本当に困っている様子で眉尻を下げ、ぼくに手まで合わせた。

「なっ、頼む」
「ぼくはいいけど、お兄ちゃんがしなきゃ意味ないって、一清さんは怒ると思うよ」
「そこはうまく言うから」
「うまく?」
「いや、俺はするっつったんだけど、どうしても自分がやりたいって人夢が……とかなんとか」
「えー……なにそれ」

 下唇を突き出してみせる。

「いますぐ出かけなきゃなんねえんだよ。な?」
「うーん……」
「今度、埋め合わせすっから」
「……ほんとに?」
「おう。まじまじ」

 それからお兄ちゃんは、「押し入れは絶対に開けんなよ」と釘を刺して、ベランダをあとにした。
 お願いしてるのはどっちなのかな。ぼくは洗濯カゴを抱えて螺旋状の階段を下りた。
 洗面所の戸を開ける前、ちらっと台所へ目をやったら、これからデートにでも行くような格好の一清さんが腕組みをして立っていた。
 剣呑さがありありと出ている。あの感じからすると、お兄ちゃんの「うまく言う」は、逆の方向へ作用したらしい。さて、どうしてやるかと一清さんは思案しているようにも見えた。
 まあ、目に見えた結果ではあるけれども。
 一清さんは見つけなかったことにして、ぼくはくるっと向きを変えた。そそくさと洗面所にこもる。
 しかし、すぐに戸が開いた。

「人夢」
「あ、一清さん。ぼくね──」

 と言いかけて、やめた。絶対に一清さんにはかなわないし、元はといえばお兄ちゃんが悪い。一清さんも全部わかった上でぼくに声をかけてきたんだと思う。

「とっても急いでたみたいだったから」
「いつも悪いな」
「もう慣れっこだよ。一清さんも出かけるんでしょ。ぼくのことはいいから」

 一清さんは短いため息をついてから洗面所を出た。その背中へ向かい、行ってらっしゃいとぼくは手を振った。




 階段下の納戸から掃除機を出し、ぼくは二階へ向かった。

「おじゃましまーす」

 と、一応は口にして、お兄ちゃんの部屋のドアを開ける。
 初めて入るわけじゃないけど、やっぱり人の部屋は緊張する。
 お兄さんたちがきれい好きだから、お兄ちゃんも普段からきちんとしている。ただ、掃除機をかけるのを面倒くさがって、一清さんに尻を叩かれてから渋々やるって感じだ。
 ぼくは布団用の掃除機も持ってきて、まずは寝具周りをきれいにした。よほど急いでいたのか、パジャマ代わりのスウェットの上下がベッドに投げてある。それをクローゼットに突っ込み、テレビや本棚のホコリを払ってから掃除機をかけた。
 デスクの上が散らかっているけど、ここは変に手をつけると怒られる。下手にきれいにされるとなにがどこへ行ったのかわからなくなって困るらしい。
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