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アクアリウム
二
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でも、お兄ちゃんとはできなかった。話す時間もあまりなかったし、なんでお前とって拒否されるような気もして、ぼくからは言い出せなかった。
「勇気くんにね、お願いがあるんだけど……」
「ん、なに?」
「勇気くんの待ち受け、ぼくもほしい」
ああと頷いて、勇気くんはすぐさまメールに添付して送ってくれた。それを待ち受けにするスキルはまだないから、帰ったら格闘しよう。そう思っていたら、「設定しようか」と勇気くんが言ってくれた。でも、伸ばしかけた手を引っ込める。
「あ、いや。自分でしたほうがいいか」
「ううん。お願いします」
ぼくのほうから差し出した。おしぼりで丁寧に手を拭いて、勇気くんは受け取ると、ちゃちゃっとやってくれた。
常々、お揃いのものがほしいと思っていた。携帯を持ったらストラップをそうしようかと考えていたけど、外に見えるものだから勇気くんは嫌がるかと思った。待ち受けなら、覗き込まれない限りバレないし、それにこの写真もほしかった。
平野神社で撮ったツーショット。ぼくと勇気くんが初めて二人きりで行った思い出の地だ。
嬉しくて、最初は笑顔で見ていたけど、ぼくの頭にふと光明の二文字が浮かんだ。
……光明学園。勇気くんが受験するらしい高校だ。私立の全寮制男子校でめちゃくちゃ偏差値が高い。
そう、ぼくらは来週から、最上級生になるんだ。
「人夢。どうした、食べねえの?」
なんとなくぼんやりしていたぼくは我に返って、急いで箸を持つ。
それからは、たわいのない話をしながら、お弁当を食べた。
最後の一口を放り込んで、勇気くんはごちそうさまでしたと、ぼくに手を合わせた。頭まで下げる。
「……っとさ、おれ、人夢に報告したいことがあったんだ」
「うん、なに?」
「驚かないで聞いてほしいんだけど……」
勇気くんはなにやら口ごもって、坊主頭を撫でた。食事中には取っていたキャップをかぶり直す。
いつものはきはきとしている彼らしくなく、ぼくは一抹の不安を覚えた。なにか嫌な報告なんだろうか。
「あ、つっても、おれのことじゃないんだ」
ぼくはますます混乱するしかなくて、箸を置いた。
「え、なに?」
「健とさ、リエがつき合うことにしたって」
「うん。健ちゃんと久野さんが──」
そこまで言って、ぼくは息を呑んだ。
ものすごく驚いたとき、本当に声が出なくなるんだと、改めてわかった。
それにしても、健ちゃんと久野さんが……。
「ま、そういうリアクションになるよな。おれも寝耳に水だったし。なんか、失恋した者同士、気が合ったんだって」
「しつ……れん?」
「うん。失恋」
ぼくは目をしばたたきながら、とある場面を思い出していた。
だれかにふられて泣きじゃくる久野さんを、勇気くんが胸を貸してなぐさめていたところ。そうして二人が寄り添う姿をぼくは目にし、勇気くんと久野さんはやっぱり「フウフ」の関係なんだと誤解した。
「ねえ、勇気くん。その失恋……だれにとかって訊いても大丈夫なのかな」
「ああ、うん。健はわかんねえんだけど、リエはあの人だよ」
「あの人?」
「そう。おれがあの人っつったら、あの人だよ」
「……もしかしてお兄ちゃん?」
勇気くんは目を閉じ、大きく頷いた。
ぼくはまた息を呑んだ。
てっきり久野さんがお兄ちゃんを好きだというのは、きゃあきゃあいうだけのファンの一種だと思っていた。おおっぴらにもしていたし。
でも、久野さんは本気だったんだ。
だとしたら、ぼくは悪いことをした。どうせ本気じゃないんだろうと疎ましくも思っていた。
ぼくの首は自然と下がっていく。
「人夢?」
「ぼく、久野さんが本気でお兄ちゃんを好きだなんて、これっぽっちも思ってなかった……」
「だからって、なんでお前がそんなふうになるの」
「もうちょっとなんとかしてあげられたのかなって。いろいろ聞かれてたし」
「なんともなんないっしょ。あの人だし。三回もコクってるし」
ぼくは顔を上げた。
「三回?」
「そう。しぶといだろ? おれ、最後は尊敬の念まで抱いたよ。あいつに」
たしかに、あのお兄ちゃんに三回も告白するなんて、強靭な精神力の持ち主だ。もしかすると、ぼくの久野さんを見る目が新学期から変わるかもしれない。
それとは逆に、なんと言ってお兄ちゃんは三回も断ったんだろう。
彼女がいる、好きな人がいる、とかだったら、久野さんもすぐに諦めたと思うんだ。まだどこか余地があったから、三回もアタックしたんだと思う。
そこまで考えて、あっと思い出した。
お兄ちゃんは年上の女の人がタイプなんだった。胸が大きめの。
……久野さんには悪いけど、ちょっとだけ納得できた。
一人でうんうんと頷いていたぼくの前で、「そういえば」と勇気くんが呟いた。
「勇気くんにね、お願いがあるんだけど……」
「ん、なに?」
「勇気くんの待ち受け、ぼくもほしい」
ああと頷いて、勇気くんはすぐさまメールに添付して送ってくれた。それを待ち受けにするスキルはまだないから、帰ったら格闘しよう。そう思っていたら、「設定しようか」と勇気くんが言ってくれた。でも、伸ばしかけた手を引っ込める。
「あ、いや。自分でしたほうがいいか」
「ううん。お願いします」
ぼくのほうから差し出した。おしぼりで丁寧に手を拭いて、勇気くんは受け取ると、ちゃちゃっとやってくれた。
常々、お揃いのものがほしいと思っていた。携帯を持ったらストラップをそうしようかと考えていたけど、外に見えるものだから勇気くんは嫌がるかと思った。待ち受けなら、覗き込まれない限りバレないし、それにこの写真もほしかった。
平野神社で撮ったツーショット。ぼくと勇気くんが初めて二人きりで行った思い出の地だ。
嬉しくて、最初は笑顔で見ていたけど、ぼくの頭にふと光明の二文字が浮かんだ。
……光明学園。勇気くんが受験するらしい高校だ。私立の全寮制男子校でめちゃくちゃ偏差値が高い。
そう、ぼくらは来週から、最上級生になるんだ。
「人夢。どうした、食べねえの?」
なんとなくぼんやりしていたぼくは我に返って、急いで箸を持つ。
それからは、たわいのない話をしながら、お弁当を食べた。
最後の一口を放り込んで、勇気くんはごちそうさまでしたと、ぼくに手を合わせた。頭まで下げる。
「……っとさ、おれ、人夢に報告したいことがあったんだ」
「うん、なに?」
「驚かないで聞いてほしいんだけど……」
勇気くんはなにやら口ごもって、坊主頭を撫でた。食事中には取っていたキャップをかぶり直す。
いつものはきはきとしている彼らしくなく、ぼくは一抹の不安を覚えた。なにか嫌な報告なんだろうか。
「あ、つっても、おれのことじゃないんだ」
ぼくはますます混乱するしかなくて、箸を置いた。
「え、なに?」
「健とさ、リエがつき合うことにしたって」
「うん。健ちゃんと久野さんが──」
そこまで言って、ぼくは息を呑んだ。
ものすごく驚いたとき、本当に声が出なくなるんだと、改めてわかった。
それにしても、健ちゃんと久野さんが……。
「ま、そういうリアクションになるよな。おれも寝耳に水だったし。なんか、失恋した者同士、気が合ったんだって」
「しつ……れん?」
「うん。失恋」
ぼくは目をしばたたきながら、とある場面を思い出していた。
だれかにふられて泣きじゃくる久野さんを、勇気くんが胸を貸してなぐさめていたところ。そうして二人が寄り添う姿をぼくは目にし、勇気くんと久野さんはやっぱり「フウフ」の関係なんだと誤解した。
「ねえ、勇気くん。その失恋……だれにとかって訊いても大丈夫なのかな」
「ああ、うん。健はわかんねえんだけど、リエはあの人だよ」
「あの人?」
「そう。おれがあの人っつったら、あの人だよ」
「……もしかしてお兄ちゃん?」
勇気くんは目を閉じ、大きく頷いた。
ぼくはまた息を呑んだ。
てっきり久野さんがお兄ちゃんを好きだというのは、きゃあきゃあいうだけのファンの一種だと思っていた。おおっぴらにもしていたし。
でも、久野さんは本気だったんだ。
だとしたら、ぼくは悪いことをした。どうせ本気じゃないんだろうと疎ましくも思っていた。
ぼくの首は自然と下がっていく。
「人夢?」
「ぼく、久野さんが本気でお兄ちゃんを好きだなんて、これっぽっちも思ってなかった……」
「だからって、なんでお前がそんなふうになるの」
「もうちょっとなんとかしてあげられたのかなって。いろいろ聞かれてたし」
「なんともなんないっしょ。あの人だし。三回もコクってるし」
ぼくは顔を上げた。
「三回?」
「そう。しぶといだろ? おれ、最後は尊敬の念まで抱いたよ。あいつに」
たしかに、あのお兄ちゃんに三回も告白するなんて、強靭な精神力の持ち主だ。もしかすると、ぼくの久野さんを見る目が新学期から変わるかもしれない。
それとは逆に、なんと言ってお兄ちゃんは三回も断ったんだろう。
彼女がいる、好きな人がいる、とかだったら、久野さんもすぐに諦めたと思うんだ。まだどこか余地があったから、三回もアタックしたんだと思う。
そこまで考えて、あっと思い出した。
お兄ちゃんは年上の女の人がタイプなんだった。胸が大きめの。
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