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もりひろ

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remain

装えない

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「そうだ。弟もいた」

 慌ててつけ加える。
 すると、なにかを思案するような間を持ってから、サイズはこっちを向いた。

「弟?」
「うん。……あれ? いたよね、弟。あれ?」

 俺の言葉を不審がるサイズの語調に、一気に不安になった。
 お父さんとお母さんがいたのはちゃんとわかっているのに、弟の存在は、気にした途端に曖昧になっていく。
 俺が首を傾げていると、サイズは呟くように、「そうですね」と言った。

「いたのかもしれません」

 でも、それははっきりと口にする。

「……かも? それって、サイズにもわからないってこと?」
「まあ──」

 また言葉を濁した。
 このアタマのもやと、サイズの煮え切らない言い方が相まって、ちょっといらっとなった。
 それとも、弟のことも、モデュウムバリへ行ってからじゃないと話せないんだろうか。
 もやもやする。冷水を浴びせられたような気分が、そのもやもやを増幅させた。

「なにか思い出したことがあるんですか」

 今度は心配そうに、サイズは訊いてきた。

「べつに。……なんで?」
「あなたはいま、自分に兄弟がいるのか訊くのではなく、いたと、最初からわかっているふうだった」
「あー……」

 と、俺は唸った。
 初めてジェノバユノスに会った、あの基地以前のことを思い出そうとすると、長いトンネルにでも迷い込んだみたいに途方もなくなる。それでも頑張って思い出そうとすれば、自分のこと、この場所やいま見えている景色さえ、あやふやになりかける。
 サイズも、ジェノバユノスもインヘルノもわからなくなりそうになるんだ。
 だから、周りから聞かされることを、「俺の過去だろうこと」として、俺は胸に刻もうと思った。
 だけども、両親の存在だけは、過去「だろう」ことじゃない。お父さんとお母さんがいたから、俺はこうして生を受けた。

「あ、そっか。……そういうことか」

 サイズを見上げた。

「たしかに変だよな、俺。お父さんやお母さんのこともぜんぜん思い出せないのに、自分に弟がいるって、どうしてわかんだよって感じだ。兄でもなく、妹でもなく」
「……」
「けど、なんでか、弟はいると思ってたんだよね。なんでだろう……。わけわかんね」

 目を下げて、また首を傾げていると、サイズが謝ってきた。
 額へ手をやり、頭を抱えるような仕草もしている。

「なんで謝んの。変なこと言い出したの、そもそも俺なんだし」

 サイズからの返事はなかった。 
 頭をもっと低くし、サイズは、額の手を後頭部まで持っていった。掻き上げた髪を撫でつけ、その毛先を掴むと、手を拳にした。
 なにをそんなに気にしているんだろう。
 もしかして、俺の過去を話すと言っておきながら、兄弟がいるのかいないのかがわからなかったことに、ショックを受けているんだろうか。
 けど、他人について、なにからなにまで知り得るなんて不可能だと、サイズならわかり切っていると思う。
 俺は、サイズを励ますようにその膝を叩いてから、耳をつまんで見せた。
 
「サイズ、これこれ。これ、ありがとう」

 ようやく頭を上げ、俺の耳へと、サイズは流し目を送った。

「あ、ああ。はい」
「すっごい助かってる。ほんと、ありがとう」

 とびっきりの笑みを向けたら、わずかではあったけれど、サイズも笑ってくれた。

「それはよかった」
「うん。……それとさ、いくらサイズだって、神さまじゃないんだから、知らないことの一つや二つあるっしょ」

 俺は両手を拳にし、ね、ね、と身を乗り出す。

「だから、そんなに落ち込まないで。俺はうれしかったよ。モデュウムバリへ着いてからでも、いろいろ話すって言ってくれて。さっきの、『弟がいる』発言のことはさ、ま、忘れてよ。いたとしてもいなかったとしても、いまはどうすることもできない。お父さんとお母さんのことだって。その辺は、ほら、諦めてるっつうか、自分の中でけりついてるから。じゃなかったら、俺、とうに沈んでる」
「……」
「なにを気にしてるのかわかんないけど、俺のことだったら、あんま気に病まないで。俺は大丈夫。……大丈夫だから」

 はい、この話はここでおしまい。
 サイズの言い分は聞かないつもりで、俺は手を叩いて、「ごちそうさま」の合図も響かせた。



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