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have a bad
上には上がある
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でも、同じ笑顔で返すことが、俺はできなかった。目を上げ、サイズが消えたドアを見つめる。
サイズは、ちゃんと覚えてくれていたんだ。言葉のわからない俺に、なにかいいものを考えておくと言ったことを。
ルキレナさんから受け取った端末に水滴が落ちる。
泣かないと、なんとなく決めていたものが、とうとう外れた。我慢してたぶん、ちょっとやそっとじゃ止められなかった。
そんな俺の頭を、ルキレナさんが撫でてくれる。
少し、落ち着きを取り戻せた。手の甲で涙を拭い、鼻をすすりながらルキレナさんへ頭を下げた。
「そっちの端末は、身分証も兼ねてると思うから」
「……うん」
「いいの、作ってもらったわね。でも、本当にいいのは、こういうのに頼らないで話せるようになることだから。字の読み書きもできるようにならないとだし」
俺は涙を飲んで、頷いた。耳にある機械を改めて触る。
こういうものを作るのには、どのくらいの時間と労力を使うんだろう……。サイズは、頭もいいらしいから、ちゃちゃっと作れてしまうんだろうか。
こんなもん朝飯前さ、って感じで。
「ルキレナさん、これって、できるのにどのくらい時間がかかるものなのかな」
「……そうね。環境にもよると思うけど、スノーなら五日もあれば作れるんじゃないかしら」
「五日……」
それが早いのか遅いのか、俺にはわからないけど、サイズはその間、決して暇じゃなかったはずだ。アルドにいたときも、ダーグーニーへ向かうまでも。
それなのに俺は、これまでの厚意も忘れてしまったかのように……。
「そういえば、スノーは? なんだか大きな声を出してたようだけど」
「あっちに……」
俺は、あのドアを指さした。
すると、ルキレナさんはため息混じりに笑う。
「あらあら。ケンカしたのね。で、スノーのほうが鼻を曲げちゃったってわけね」
「……俺が悪いんです。サイズはいろいろよくしてくれたのに、それをなかったことにするようなひどいこと言っちゃったから」
萎れるように俺は首を下げた。
「そんなの、アキが気にすることないわよ」
「でも……」
「あなた、まだ十六でしょ。本来なら、お家でぬくぬく過ごしてもいい年頃じゃない。お父さんやお母さんに甘える。学校へも行く。友だちといろんな遊びをする。それなのに、いま大変な状況で、命まで狙われたじゃない。絶対にしちゃいけないことまでさせられて……」
俺は顔を振り向けた。
「あなたの頭につけられた『あれ』、取ったの、わたしなの。いきさつも、スノーから聞いた」
サイズが取ってくれたんだとてっきり思っていたけど、そういえば、ルキレナさんは医者でもあるんだ。
頭へ手をやって、ヘコんでいる場所を探る。でも、その場所はわからなくなっていた。
しつこく触っていたら、ルキレナさんが俺の手を取った。もう気にしなくていいのと、頭から離していく。
「……うん」
握った手を膝に乗せると自然とため息がこぼれた。
「ねえ、アキ。あなたはまだ子どもなんだから、伝えたいことはなんでも口に出していいの。いえ、大声で叫びなさい。それをすべて受け止めて最善を尽くすのが、いまのあの子の役目なんだから。アキを保護した者として」
堅い表情だったルキレナさんは、それこそ、なんでも汲んでくれそうな力強い笑みを見せ、自分の胸を叩いた。
「もちろん、わたしはあの子の先生として、いつだって構えているわよ」
改めて思う。
俺は、『独り』じゃない。
俺がこうして生きていることが。だれかに安心を与えているなら……。
わがままを言うことさえ、よろこびと感じてもらえているなら、これ以上の幸せはないんだ。
「ま、スノーもたいがい子どもよね」
ルキレナさんは眉尻を下げ、肩をすくめた。
「子どもというより、ガキね。まだまだ青いガキんちょ」
「……ガキんちょ」
「以前に比べたらいくらか改善されたけど、まず人のことなんて考えない。自己中心的で傲慢。ほんと、なにを教えるのにも骨を折らされたわ。たしかに、頭の回転も、呑み込みも早くて、一般の同年代の子に比べたら優秀だったわね。それゆえに、自分の力を過信してもいた。そういった言動の加減も教えなきゃだったから、とくに大変だったわ。現に──」
と、ルキレナさんは、あのドアを指さした。
「自分の思い通りにいかないからって、あそこにこもっちゃってる」
「それは……俺も悪いから」
「だとしても、一人前の大人なら、自分本位にものが運ばなくなったって、余裕で対処できるくらいの懐の深さがなくちゃ。ことに、力のある人間は」
俺の前からサイズがいなくなってすごく戸惑ったし、悲しかったけど、いまは擁護してあげたい気分だ。
見た目からして、ルキレナさんはおっとりした感じの人かと思っていたのは、とんでもなかった。結構、ずけずけ言う人なんだと、言葉の吐き出しが止まらない口を、俺はあ然と見つめた。
けど、すぐに気づいた。
ああなるには、遠慮し合わなくてもいい強い絆が、そこにはあるからなんだ。
「──というわけなの。だから、本人にはその気はないんでしょうけど、人を下に見てるって感じかしら。あの容姿に秀才で運動能力も高くてお金持ちなら、やっぱり周りは放っとかないわよね。そのぶん敵も多いわよ。だからって……あ、いけない」
口元を押さえてルキレナさんは立ち上がると大股で歩き出した。あのドアを開け放ち、大声を飛ばす。
「ちょっといい加減にしなさいよ。スノー、早く出て来なさい。料理が冷めるし、アキが困ってるでしょう」
「……」
うん。──やっぱり豪快だ。
思わずくすくすした。
少しして、サイズが姿を現した。ルキレナさんとも目を合わせず、眉間にしわを寄せたまま、こっちへ来る。
サイズがソファーへ座る前、ごめんと、俺から謝った。
サイズは頭を掻き毟り、自嘲気味にぽつりと言う。
「……俺、最低だな」
その頭を、ルキレナさんが小突いた。
「わかってるなら、すぐに謝りなさいよ。必死こいて見つけたんでしょ。全力で大事にしなさい。あと、自分の力に慢心しないの。いつも言ってるじゃない」
「……」
「スノー。返事をしなさい」
「……はい。すみませんでした」
「よろしい。ほら、アキも食べて」
かろうじて「うん」と答えられたものの、見るからにしゅんとなっているサイズが気になって、目の前に出された料理に、俺はすぐに手をつけられなかった。
サイズは、ちゃんと覚えてくれていたんだ。言葉のわからない俺に、なにかいいものを考えておくと言ったことを。
ルキレナさんから受け取った端末に水滴が落ちる。
泣かないと、なんとなく決めていたものが、とうとう外れた。我慢してたぶん、ちょっとやそっとじゃ止められなかった。
そんな俺の頭を、ルキレナさんが撫でてくれる。
少し、落ち着きを取り戻せた。手の甲で涙を拭い、鼻をすすりながらルキレナさんへ頭を下げた。
「そっちの端末は、身分証も兼ねてると思うから」
「……うん」
「いいの、作ってもらったわね。でも、本当にいいのは、こういうのに頼らないで話せるようになることだから。字の読み書きもできるようにならないとだし」
俺は涙を飲んで、頷いた。耳にある機械を改めて触る。
こういうものを作るのには、どのくらいの時間と労力を使うんだろう……。サイズは、頭もいいらしいから、ちゃちゃっと作れてしまうんだろうか。
こんなもん朝飯前さ、って感じで。
「ルキレナさん、これって、できるのにどのくらい時間がかかるものなのかな」
「……そうね。環境にもよると思うけど、スノーなら五日もあれば作れるんじゃないかしら」
「五日……」
それが早いのか遅いのか、俺にはわからないけど、サイズはその間、決して暇じゃなかったはずだ。アルドにいたときも、ダーグーニーへ向かうまでも。
それなのに俺は、これまでの厚意も忘れてしまったかのように……。
「そういえば、スノーは? なんだか大きな声を出してたようだけど」
「あっちに……」
俺は、あのドアを指さした。
すると、ルキレナさんはため息混じりに笑う。
「あらあら。ケンカしたのね。で、スノーのほうが鼻を曲げちゃったってわけね」
「……俺が悪いんです。サイズはいろいろよくしてくれたのに、それをなかったことにするようなひどいこと言っちゃったから」
萎れるように俺は首を下げた。
「そんなの、アキが気にすることないわよ」
「でも……」
「あなた、まだ十六でしょ。本来なら、お家でぬくぬく過ごしてもいい年頃じゃない。お父さんやお母さんに甘える。学校へも行く。友だちといろんな遊びをする。それなのに、いま大変な状況で、命まで狙われたじゃない。絶対にしちゃいけないことまでさせられて……」
俺は顔を振り向けた。
「あなたの頭につけられた『あれ』、取ったの、わたしなの。いきさつも、スノーから聞いた」
サイズが取ってくれたんだとてっきり思っていたけど、そういえば、ルキレナさんは医者でもあるんだ。
頭へ手をやって、ヘコんでいる場所を探る。でも、その場所はわからなくなっていた。
しつこく触っていたら、ルキレナさんが俺の手を取った。もう気にしなくていいのと、頭から離していく。
「……うん」
握った手を膝に乗せると自然とため息がこぼれた。
「ねえ、アキ。あなたはまだ子どもなんだから、伝えたいことはなんでも口に出していいの。いえ、大声で叫びなさい。それをすべて受け止めて最善を尽くすのが、いまのあの子の役目なんだから。アキを保護した者として」
堅い表情だったルキレナさんは、それこそ、なんでも汲んでくれそうな力強い笑みを見せ、自分の胸を叩いた。
「もちろん、わたしはあの子の先生として、いつだって構えているわよ」
改めて思う。
俺は、『独り』じゃない。
俺がこうして生きていることが。だれかに安心を与えているなら……。
わがままを言うことさえ、よろこびと感じてもらえているなら、これ以上の幸せはないんだ。
「ま、スノーもたいがい子どもよね」
ルキレナさんは眉尻を下げ、肩をすくめた。
「子どもというより、ガキね。まだまだ青いガキんちょ」
「……ガキんちょ」
「以前に比べたらいくらか改善されたけど、まず人のことなんて考えない。自己中心的で傲慢。ほんと、なにを教えるのにも骨を折らされたわ。たしかに、頭の回転も、呑み込みも早くて、一般の同年代の子に比べたら優秀だったわね。それゆえに、自分の力を過信してもいた。そういった言動の加減も教えなきゃだったから、とくに大変だったわ。現に──」
と、ルキレナさんは、あのドアを指さした。
「自分の思い通りにいかないからって、あそこにこもっちゃってる」
「それは……俺も悪いから」
「だとしても、一人前の大人なら、自分本位にものが運ばなくなったって、余裕で対処できるくらいの懐の深さがなくちゃ。ことに、力のある人間は」
俺の前からサイズがいなくなってすごく戸惑ったし、悲しかったけど、いまは擁護してあげたい気分だ。
見た目からして、ルキレナさんはおっとりした感じの人かと思っていたのは、とんでもなかった。結構、ずけずけ言う人なんだと、言葉の吐き出しが止まらない口を、俺はあ然と見つめた。
けど、すぐに気づいた。
ああなるには、遠慮し合わなくてもいい強い絆が、そこにはあるからなんだ。
「──というわけなの。だから、本人にはその気はないんでしょうけど、人を下に見てるって感じかしら。あの容姿に秀才で運動能力も高くてお金持ちなら、やっぱり周りは放っとかないわよね。そのぶん敵も多いわよ。だからって……あ、いけない」
口元を押さえてルキレナさんは立ち上がると大股で歩き出した。あのドアを開け放ち、大声を飛ばす。
「ちょっといい加減にしなさいよ。スノー、早く出て来なさい。料理が冷めるし、アキが困ってるでしょう」
「……」
うん。──やっぱり豪快だ。
思わずくすくすした。
少しして、サイズが姿を現した。ルキレナさんとも目を合わせず、眉間にしわを寄せたまま、こっちへ来る。
サイズがソファーへ座る前、ごめんと、俺から謝った。
サイズは頭を掻き毟り、自嘲気味にぽつりと言う。
「……俺、最低だな」
その頭を、ルキレナさんが小突いた。
「わかってるなら、すぐに謝りなさいよ。必死こいて見つけたんでしょ。全力で大事にしなさい。あと、自分の力に慢心しないの。いつも言ってるじゃない」
「……」
「スノー。返事をしなさい」
「……はい。すみませんでした」
「よろしい。ほら、アキも食べて」
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