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have a bad
サテライト・リリィ
しおりを挟む目が覚めて一番に感じたのは尋常じゃない頭の重さだった。枕に吸いついているんじゃないかと思えるくらいだ。
そして、記憶に焼きついてしまった、それこそ忘れてほしかった光景。巡らせながら闇を見つめていると頭の重みは薄らいできた。
あの体の不快感も、気持ち悪さもない。声もしない。
淡い灯りが点いた。
とてもこじんまりとした部屋だった。俺のいるベッドしか家具らしきものはない。壁も天井も木材で作られてあって、いままで見てきたところとはまるで違う雰囲気だった。
ドアにはノブがついてある。
俺は、後頭部へ手をやってからベッドを降りた。痛みはないけど、若干のへこみが指先に触れる。掻くようになぞっているうちに怖くなってきて、思わずノブを掴んだ。部屋の外へ出る。
目の前に広い空間が現れた。横に伸びる廊下は木の柵があり、そこから階下が望める。オレンジの照明に包まれた柔らかい佇まいが窺えた。
アルド基地やウェーバラのホテルにも驚いたけど、ここも違った意味で目が釘づけになった。
大きな部屋を二つくっつけたような階下の右奥に暖炉がある。その反対側のすみに、ドアのない、人一人くらいが通れる出入り口がある。形がまちまちな段を下りながら覗いたら、レンガ作りの台所があった。そこかしこにぶら下がっているお玉なんかは濃い色の木製だった。
暖炉の前は、手編みのもののような円形のラグが引いてある。その上でインヘルノが寝ていた。
俺に気づいて顔を上げる。
俺は人さし指を口に当て、インヘルノのそばにしゃがんだ。
優しく、ビロードの体を撫でる。
「……ありがとう。それにごめんね」
なんら跡は見えないけれど、あの首輪がつけられた辺りを、俺は何度も撫でた。
インヘルノは顔をまたラグに乗せて目を閉じた。
俺はひとしきりその毛の感触を確かめ、横へ視線を向けた。
赤のチェックのクロスがかかっている木目のテーブル。木の箱が置いてある。アルドのインペリアルフロアで見たイヤリングの箱だった。
さっき俺が立っていた二階の廊下の、ちょうど真下にソファーが置いてある。サイズがいた。眠っている。
フカフカで気持ちよさそうな、毛足の長いカバーで覆われた二人がけのソファーだ。サイズはゆっくりとした寝息を立てている。その大きな体に、パッチワーク柄の厚手の毛布がかかってあった。
俺は思わず声を立てて笑ってしまった。
サイズの傍らに膝をつく。上になっている左胸に、左耳を近づけてみた。
心臓はきちんと動いている。とくん、とくんと、規則正しい鼓動が聞こえる。暖かいこの部屋とともに俺を癒してくれる。
サイズが身動いだ。
衣擦れの音がして、俺の後頭部になにかが触れた。
俺は頭を起こす。
サイズは体をずらし、肘かけに軽く背をもたせかけた。片目だけつむったり、両目を強く閉じたりしている。
「ごめん。起こした」
ちょっと笑いながら俺は声をかけた。
「……いえ。大丈夫です」
サイズは自分の髪を気にしたあと、また俺の後頭部へ手をやった。
「体の調子はどうですか。……ここは痛みますか」
「ぜんぜん大丈夫。あ、ありがとう。取ってくれて」
「いや……。俺ではないんです」
大きく息を吐いて、サイズは俺から手を退けた。しっかりとはまだ目覚めてないのか、動きは緩慢で、どこか気怠そうだった。
しばらく無言になる。
そりゃあ疲れているよな。俺はそれに気づいて、サイズが落ち着くまで待つことにした。
その間、この不思議な部屋を、改めて見渡す。
ダーグーニーは、世界の中心だというから、ぜんぶがぜんぶ自動ドア完備の家なのかと思っていた。
高い天井へも顔を向け、俺が目を戻すと、サイズはソファーへ座り直すところだった。その腰に、剣は見当たらない。
「ところでサイズ。いまって、おはようの時間?」
「たぶん違うと思います。日が暮れて、少し経ったころじゃないかと」
「俺、どのくらい眠ってたのかな」
「そうですね──」
サイズは、テーブルに投げていた端末へと手を伸ばす。
ちょっと操作し、またテーブルへ置いた。
「十時間ちょっとですね」
「……結構眠ってたね」
俺は息をつくと、暖炉のほうへ目を向けた。
じっと、ぱちぱちと爆ぜる火を見ているうちに、サイズにそっくりなあいつを思い出した。余計な恐怖もよみがえってきた。
首元をさする。
俺の意志ではなかったにせよ、奪ったサイズの剣で、唯一の人を殺そうともした。
「……ごめん。俺、なんかいろいろ迷惑かけたよね」
視線を暖炉にやったままぽつりと言った。
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