re-

もりひろ

文字の大きさ
上 下
5 / 40
unfair

赤と黒と忠誠心と

しおりを挟む
 まるで、俺より緊張してたみたいだ。実際のところ、俺は助けてもらうばかりで、向こうのほうが大変だったのかもしれないけれど。

「ところでアキさん。お腹は空いてませんか?」
「……腹?」

 撫でてみたら、現金にも、ぐうと鳴った。
 サイズが声を立てて笑う。
 ものすごく恥ずかしい。

「食堂に行きましょう。食事を用意しています」

 サイズは立ち上がり、取り外していた剣を腰へ戻すと、天井へ向かい手を伸ばした。
 俺は背伸びをしても届かないそこで、なにかを摘まむ。なんだろうと、俺が首を傾げているうちに、サイズは腕を引いた。
 その瞬間、床から天井へ、闇がさかのぼっていく。サイズの手のひらには、ぼうっとした灯りが立っていた。

「うわあ、きれい。……ていうか、熱くねえの?」

 サイズの手の中にある灯りは、小さな炎のように見える。喋るときに出た俺の息にでさえ、揺らぐ。
 思わず、声をひそめた。

「熱くないですよ。これは、自然の炎から熱だけを取り除いた、非常時に使用する簡易照明装置です。ビショップの負担にならないように、いまは必要最低限の動力しか使ってないので、備え付けの電気は落としています」
「なんかよくわかんないけど、すげえ」
「アキさん。手を出してください」

 サイズが大きな手を傾けた。炎が滑り落ちてきて、俺の手のひらに乗る。
 熱くないと聞いても、やっぱり身構えてしまう。だけど、本当に熱くなかった。
 不思議だ。
 天井にあったときは、あんなに鮮明に部屋全体を照らしていたのに、手に乗っているそれは、自らで調整しているかのように、ほのかな明かりしか発してない。せいぜい、持っている者の周りがぼんやり明るいだけで、俺は慌てて、先に行ったサイズを追った。




 食堂の扉はすでに開いていた。
 前ばかり気にしていた俺は、入り口のところで、なにかが足に当たり、初めて下を見た。
 じろりと、二つのゴールドが向く。
 灯りを近づけると、あの豹が横たわってるのがわかった。
 よく見ると、その毛の色は、黒だけじゃなく赤もあった。耳の先には、平らな蒼い石が埋め込まれてある。

「あ、ごめんっ」

 蹴ってしまった気もして、俺は腰をかがめ、豹をさすろうと思った。しかし、噛みつかれそうになり、とっさに手を引っ込めた。

「あの、俺、アキっていうんだ。よろしく。えっと……」

 サイズの仲間なら、これからもお世話になるかもしれないと思って、一応の自己紹介をした。なぜか、この豹には、言葉が通じるんじゃないかとも思った。
 だけど、興味がなさそうに、そっぽを向かれた。ゴールドアイが閉じられる。

「アキさん。灯りを」
「うん」

 伸びてきたサイズの手へ、灯りを返した。それが、さっきの部屋と同じく天井へ移され、とたんに食堂は明るくなった。
 ここにもなにかの機械がある。そう広くもないスペースに、長方形のテーブルが一つとスツールが四つほど。火を起こしたりするキッチンはなかった。

「インヘルノ──」

 サイズが、床に寝ている豹へ、なにかを言った。
 顔を上げ、それに答えるように一声鳴いたあと、黒豹は再び瞳を閉じた。

「アキさん。彼は、インヘルノといいまして、僕の相棒でもあります。さあ、こちらへどうぞ」

 サイズが勧めてくれたスツールに腰かける。
 食べ物は、なにが出てくるのか、もしかしたらサイズが作ってくれたのか、俺はわくわくしながら、もう一度、インヘルノという黒豹を見た。

「人じゃなくても、言葉が通じる気がしたんだけど」
「インヘルノですか? 喋れますよ。但し、あなたの言葉はわからないんです」
「俺の言葉……。やっぱり俺、みんなとは違う言葉喋るんだ」

 わかってはいた。しかし、改めて言われると、疎外された感じになる。

「あなたの故郷の言葉です」
「どうしよう。勉強するべきかな」
「まあ、それはおいおい考えましょう。僕は、できれば、ずっと聞いていたいくらいですが」

 至って真面目な顔で、サイズは言った。
 なんだろう。ものすごくむず痒くなるセリフだ。
 もぞもぞしていたら、サイズが、どうかしましたかと尋ねてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

【完結】キミの記憶が戻るまで

ゆあ
BL
付き合って2年、新店オープンの準備が終われば一緒に住もうって約束していた彼が、階段から転落したと連絡を受けた 慌てて戻って来て、病院に駆け付けたものの、彼から言われたのは「あの、どなた様ですか?」という他人行儀な言葉で… しかも、彼の恋人は自分ではない知らない可愛い人だと言われてしまい… ※side-朝陽とside-琥太郎はどちらから読んで頂いても大丈夫です。 朝陽-1→琥太郎-1→朝陽-2 朝陽-1→2→3 など、お好きに読んでください。 おすすめは相互に読む方です

愛を知ってしまった君は

梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。 実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。 離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。 妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。 二人の行きつく先はーーーー。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...