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つがれ
一
しおりを挟む松宮さんから渡された地図をよくよく見ると、その場所は、田んぼに囲まれたところにあることがわかった。
警察署近くの停留所からバスに乗る。
橘さんがいるらしい場所の近くで降りて、そこまでは歩いて行った。
ここら辺は何度か通ったことはある。街と街のつなぎの区間みたいなところだ。
田んぼが広がっていて、前に住んでいたアパート近辺も静かだったけど、ここはのんびりとした雰囲気がある。
遠くに住宅の群れが見える。しかし、ここら辺は、家がポツンポツンとしかない。そして、大抵木々に覆われている。
橘さんがいるらしいところを発見した。ここも、平屋の家を覆うかのように大きな木が伸びていて、幹のそばには車庫もある。
あまり新しい感じはしない白い家だった。
ちょっと中へ進むと、庭に橘さんの姿があった。
スーツ姿の男の人と話をしている。五十代くらいか。その人がまず俺の存在に気づいて、その目の動きで橘さんも振り返った。
「佑」
橘さんは目を見開いて、それでも、やっぱり来たねって感じの表情をした。
もしかしたら、俺がそっちへ行くと、松宮さんが連絡したのかもしれない。
俺は思わず立ち止まって、わざと暗い顔をしてみせた。
橘さんは、スーツの男の人に軽く頭を下げると、こっちへ駆け寄ってきた。
「ごめん。佑」
「……なんで謝んの? ていうか、どういうこと? なんなんだよ、ここ」
「うーん。早い話が、新しい愛の巣候補って感じかな」
「は?」
橘さんは、きょとんとなるしかない俺と、自分の胸、背後の平屋を順に指さした。
「ここ、借りようかなって」
「借りる? 住むの?」
「そう。いや、まだ正式なサインはしてないよ」
「待って。ほんとにわからない。意味が」
「だからさ、俺ときみでここに住もうよってこと」
俺は目をしばたたいて、橘さんの後ろにある白い家を視界に入れた。
そこへ、あの男の人が、ちょっと申し訳なさそうにして、あいだに入ってきた。
心の中で首を傾げつつ、とりあえずは会釈する。
橘さんは、その人に俺のことをルームシェアの相手だと紹介した。そして俺には、不動産屋のなんとかさんだと言った。けど、この耳に、その名前は入ってこなかった。
だって、橘さんは東京に住むための家を探してるんだと思っていたのに、こんなところの、しかも一軒家を借りようとしている。
平屋だけど、庭もあるし車庫もある。
ちょっと古っぽいけど、白いから、今どきふうな外観だ。
家一軒を借りるって、どのくらいのお金がかかるのか、俺には想像つかない。それに、そこまでの経済力もない。
俺は相当な困惑に陥った。
いや、その前に東京はどうなった?
「──佑?」
橘さんに肩をトントンされ、我に返った。
あの男の人の姿もなく、橘さんに訊くと、次の約束があるということで会社に戻った、と言った。
「佑。もしかしてきょう、エリカに会った?」
「エリカ? あ、そうだ。俺、その人のこと訊こうと思って、警察署に行ったんだ。そしたら、あんた帰ったって言うし」
「会ってないの?」
「エリカさん? うん、会ってない。てか、そのエリカさんて、俺と同じくらいの背で、黒髪のボーイッシュな人だよね?」
「そうそう」
「だったら、あんたの家から出てくるの見かけただけ」
それから俺は、エリカさんが家に置いていった書類と手紙を、勝手に見たことは一応謝った。
でも、俺にだって、あれはどういうことかと咎める権利はあると思う。
「妹なんだよ」
「え?」
「江梨香。その書類、ほんとはポストに入れとけって俺は言ったんだけどね。きみに挨拶したいとか言い出してさ。もし、変な心配させたならごめん」
「変な心配って、東京のアパートのこと?」
「それね、妹の部屋を探してたんだ。ほら、俺は東京に住んでたことあるし」
「ねえ、ちょっと待って」
橘さんは埼玉の人だ。もちろん、妹さんも埼玉の人ってことになる。それがなぜ、わざわざこっちで会うことにしているんだろう。
橘さんが実家に行けば話は簡単に済む。向こうのほうが東京に近いんだし。橘さんの休みが不規則だからというのもあるかもしれないけど、休みがないわけでもない。
「俺、じつはもう一つきみに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「な、なに?」
「あのマンション、ほんとは妹と住んでたんだ。最初は」
橘さんが言うには、妹さんは、東京に本社のある会社の、こっちの営業所に勤めているらしい。警視庁から橘さんに異動の話が来たときに、どうせならと、妹さんのいるここを真っ先に選んだんだそう。その妹さんが、九月から東京の本社勤めになるために、部屋を探すのを手伝っていたらしい。
……全身の力が抜けた。
一度は、なにあいつと思ってしまった江梨香さんに、心中で手を合わせる。
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