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思われ
一
しおりを挟む朝、食事が終わったあと、後片づけをして、俺がゴミをまとめていると、珍しくかちっとした格好の橘さんが現れた。
ワイシャツにネクタイ。ピンストライプのスラックスという姿。それとおなじ柄のジャケットを羽織っている。
やっぱり、こういう格好の橘さんもかっこいい。ついつい見とれてしまう。
この隙のない、できる男感が。
「あ、佑。ゴミは玄関に置いといて。俺が出してくるから」
「え。なんで」
「前に言ってたでしょ。うるさいおばさんに絡まれて困る、って」
「あー……」
橘さんのマンションは、意外と、幅広い年代の人が住んでいる。俺には、若者向けのいまどきなスタイリッシュな建物に見えていたけど、そのじつ築年数は結構たっている。
そして、ご近所付き合いが盛んなのも意外だった。示し合わせたように、おなじ時間に、おばさんたちが集積所でたむろしているのだ。
手前味噌かもしれないけど、橘さんはかなり顔がいい。おばさんたちは、橘さんが警察官であるのも知っているから、なおのこと、いろいろ噂している。
そんな人たちが、橘さんの家に居候している俺を見逃すわけがない。すかさず掴まえて、ああだこうだ聞き出そうとしてくる。
始めは俺自身のこと。そのうち、橘さんのプライベートや、本人には聞きにくい仕事のことをガンガン訊いてくるようになった。
どこの人? 結婚してるの? 彼女は? 警察ではどういう役職なの? どんな事件を扱ってるの? などなど。
「すいません。俺、ただの居候なんで、なにも知りません」
そう答えるしかなく、集積所から逃げるようにして、俺は部屋へと戻る。
かなり苦しい言いわけ。
でも、どんな事件を扱っているかは俺も知らないし、そこは訊かないのが暗黙のルールなんじゃないかと思う。
だから、いないときを見計らって下りていくのに、おばさんたちはどこからともなく現れ、徒党を組んでずけずけ訊いてくる。
ちょっと怖い気もしていた。
「佑。じゃあ、行ってくるね」
「うん。ゴミ、ごめん」
「いいよ」
ゴミを持った橘さんは、玄関の壁に袋をぶつけてまで、律儀に「行ってきますのチュー」をして、出かけていった。
じつはもう一人、俺には、なるべくなら顔を合わせたくない人がいる。
お隣さんだ。
そのお隣さんは、だいたい朝の七時過ぎに出かけて、夕方の五時すぎに帰ってくる。真面目そうな眼鏡をかけていて、いつもスーツ姿で出勤する、独り暮らしの男の人だ。
俺は、本島さんの一件以来、この「いかにも真面目そうな眼鏡の人」を敬遠するようになった。
笑顔で挨拶してくれて、いい人そうなんだけど、そのいい人そうというのが、裏がある感じがして怖い。
しかし、このお隣さんに関しては、橘さんには話していない。最近越してきたばかりの人だし、本島さんに重なるから怖いとは、さすがに言いにくかった。
昼間、俺は寝室を掃除しながら、橘さんの誕生日になにを贈ろうか考えていた。
そもそも、あの人の欲しいものってなんだろう。
掃除機の手を止め、うんうん唸ってみる。
冬なら、マフラーや手袋なんかの小物系を贈れるんだけど、いまは夏真っ盛りだ。
アクセサリーがいいかなと思えど、俺はあまり着けないから、なにを選んだらいいかわからない。
いっそ現金にしようか。俺なら、ヘタなプレゼントより、そっちのほうがいい。
ただ、そういうのは野暮というか、味気ない気もするから、結局は堂々巡りになる。
和室へ掃除機を移したとき、橘さんのノートパソコンが目に入って、俺はぽんと手を打った。
プレゼントのいいアイデアがないか、検索でもしてみよう。
午後になって、気合いの飲み物を用意して、ローデスクのクッションに腰を下ろす。
さてと、パソコンを立ち上げる。
俺としては、年上に贈り物をするというのが、最初の考えどこかもしれない。長く生きているぶん目が肥えているだろうから、それなりの物じゃないとカッコつかなそう。
これまでフリーターの経験しかなく、いまはニートの俺は予算に余裕もない。お手頃な値段で、橘さんがすごく喜んでくれて、いつも身につける物か、傍に置ける物がいい。
それを想像してみて、頬も緩む。
俺が一生懸命選んだプレゼントを、橘さんは毎日身につけてくれる。仕事のときも、家にいるときも。そして、それを横で眺めて、幸せを感じる俺。
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