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オーバードライブ
三
しおりを挟む神崎の一連の事件は本島さんが発端だと、橘さんは言った。
本島さんはいわゆるエリートで、さまざまなストレスから闇の世界に引きずり込まれた。警察が持っている情報を暴力団に流していたのだ。
その暴力団員の神崎と、課は違えど、同じ警視庁の刑事である橘さんが、同級生で友だちだと知って、本島さんは、いつか自分のことを告げ口されるんじゃないかと思った。だから、自分がした放火の現場に神崎をおびきだし、捕まえ、刑務所に放り込もうとした。神崎は覚せい剤での前科もあるし、万が一、取り調べで自分のことを話されても取り合わないだろうと、本島さんは踏んでいたらしい。
だが、神崎は予想に反して逃げた。
すべてを橘さんに知らせるために。本島さんの本当の姿を知ってもらいたいがために。
というのが、俺がざっと理解した事件の背景だ。
神崎が俺を連れ去ろうとしたのは、やっぱり、橘さんに訴えたいことがあったからだった。
正面から行ってもただ捕まるだけだと思って、ああいう手段に出たらしい。
巻き込まれた俺にしてみれば、顔をしかめるばかりだけど、警察を相手にする難しさは、ホテルでの本島さんとのやりとりでわかるような気もした。
本当は、この事件のもっとこまかいところまで知りたかった。でも俺は、東京の事件に深く関わっているわけじゃなかったし、まず、橘さんがあまり話したくないみたいだったから、もう触れるのはやめた。
神崎を捕まえた時点で、この事件はほぼ解決していたんだと橘さんは言っていた。本島さんがヤクザと密に関わっている証拠も揃っていたし、あとは神崎の証言をもらって、逮捕状を取るだけだった。本島さんもそれをわかっていたから、ああいう暴挙に出たんだ。
俺はかなり危ない目に遭った。警察のやり方に不満もある。
……が、橘さんに免じてここは目をつむることにする。
その代わり、橘さんにはいっぱいわがままを言おうと思った。
「完全に切り替えられてるのね、真中くん。あなたは、本当にしっかりしているわ」
感心しているようで、呆れているふうにも見える。そんな松宮さんは、なんともいえない眉の動きをさせて、カルテから目を離した。
俺は思う。
それは切り替えられたんじゃなくて、橘さんともっともっと前へ進もうとしているだけ。
まだ、いい友だちでいたいから。
それを言うと、松宮さんは微笑んで、そしてちょっと心配そうに俺の顔を覗いた。
「でも、あくまで真中くんは被害者なんだから、泣き寝入りすることだけはだめ。なにかあったらすぐに相談すること。わかった?」
俺は、とりあえず頷いた。
俺はいま松宮さんのクリニックにいる。医者に行くなんて、ほんとは嫌だったけど、今回ばかりは橘さんがマジだった。
本島さんから銃は向けられたものの、暴力を振るわれることはなかった。
あの「お触り」については、場所が場所だけに、橘さんには言えなかった。でも、白状させられて、前のこともあったから、こうして松宮さんの診察を受けなければならなくなったのだ。
俺としては、橘さん以外の人に触られてもなんの反応もしなかったムスコさんを褒めてあげたい気分だった。
しかし、橘さんはどちらかというと、銃を突きつけられたことに重きを置いていて、ムスコさんばかりを考えていた俺は、恥ずかしい気持ちになった。
もちろん、あの変態行為も許されるものじゃないし、怖かった。もしかしたら、そこは自分の出番だと、橘さんは考えているのかもしれない。
「警察もいろいろ大変ですよね」
俺は帰り支度を始めながら、松宮さんに言った。
「そうね。結局は身内の不祥事ってことでしょう。マスコミの格好のネタね」
「どこから嗅ぎつけたのか、俺の家まで押しかけてきて」
途端に、松宮さんは血相を変えた。
「本当に? しっかりしてるなんて、さっきは太鼓判押したけど、やっぱり無理は禁物よ」
「大丈夫ですよ。今度は専属の護衛がついてますから」
じつは、事件は解決したのに、俺はまだ自由の身となっていない。記者やらリポーターやらがいろんなところにいて、インタビューを迫られるから、前よりも身動きができない。
バイト先にも迷惑かけちゃってるし。そうなると、いよいよクビかなと覚悟もしなきゃならない。
職をなくしたら、橘さんのところに永久就職しようかと、本気でちょっと思っている。
「じゃあ、また橘くんのマンションにいるのね。ちょうどいいじゃない。いっそ、ずっと暮らしたら? そのつもりなんでしょう?」
俺は、その松宮さんの言葉に自然に頷きそうになって、目をむいた。
「は?」
「だから、将来的には橘くんと一緒に暮らすんでしょ? ってことを言ってるんだけど」
当然のことのように言い切られてしまった。
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